1987年に難病で亡くなった天才チェロ奏者、ジャクリーヌ・デュ・プレ。
彼女の実際の姉が妹について書いた映画で、どうして観たかと言うと、
私の好きなエミリー・ワトソンがジャクリーヌを演じていたからだ。
エミリーは一見可愛いのに、怪優で、変体のように不思議だ。
エミリーはチェロをマスターして、この映画に望んでいる。とはいっても
デュ・プレのような動きは出来なかったようだ。
チェロについては、昔、買った長谷川陽子の『ノルウェーの森』を久しぶりに
聞いて見たが、ピアノ曲よりも、どうして演奏する人が違うとこんなに
変わるのかと思うほどに、その音色が違う。
長谷川陽子の音には、実はがっかりで、泥臭くて、軽快感がなくて、
喜びを感じなかった。
チエロの音色の優しさや、包容力が感じられずに、ドスンとした重さが
気に成った。
今の所、やはりヨーヨーマが一番、自分には合う。
ヨーヨーマはデュ・プレのストラディヴァリウス『ダヴィドフ』を現在、
受け継いでいるが、2,3年前には、NYのタクシーの中に置き忘れて
いた事があった。
もしかしたら、天才と名の付く音楽家は、その名前から、離れて、
自分を確保したいのではないかと、私は意地悪く思ったものだ。
そう思うと、楽器という響きが重くのしかかる。
この映画の中の、音楽は良いし、エミリーと姉役のレイチェル・グリフィスの
対決が素晴らしい。
実力のある2人の女優のぶつかり合いは、2人の不満の集合のはけ口なのか?
ジャクリーヌは演奏旅行に疲れ、洗濯物を姉に送り付けたりして、これが、
実際の音楽家の実像かと思わせてくれた。
音楽だけでは、満たされない物を抱えて、ジャクリーヌは精神的に弱っていく。
* * * * *
1945年、オックスフォードに生まれる。
1967年、22歳でピアニストで、指揮者のユダヤ人、
ダニエル・バレンボイムと結婚。
1971年、多発性脳脊髄硬化症と言う難病を発症。
1987年、42歳で死去。
後にヒラリー自身が兄ピエールとともに著書で明かしたところによると、当時のジャクリーヌは、自殺未遂を起こすほどの精神状態にあり、有名人としての生活から逃れたいこと、その道連れに義兄クリストファーを選び、男女関係をもちたいとの願望をもらすに至った。そのため、ヒラリーの同意のもとに、ただしあくまでジャクリーヌの神経が癒えるならとの前提のもとに、クリストファーとジャクリーヌの間で一度だけ性交渉が持たれたという。このエピソードはジャクリーヌの伝記映画においてもとり上げられ、遺憾なことに、普段はクラシック音楽を愛好しない人たちの間でも、世界的に有名なスキャンダルとなった。あまつさえ、映画が公開された翌年の1999年には、フィンジー夫妻の実子たちが、この相姦図をめぐって母ヒラリーの「同意」を激しく罵り、父クリストファーについては、自分のエゴを満足させたい時に、心を病んだ叔母を一度ならずもてあそんだ姦夫にすぎないと言い切った。(ウィキペディア)
どうしても、この話題がクローズアップされやすいと思うが、
私にとっては、どうでも良い事だ。
ジャクリーヌは、結婚にも恵まれずに、大きな孤独を抱えて生きて
いくしかなかった。
チェロとしか、会話が出来なかったのかも知れない。
音楽をあきらめて、平凡な生活を選んだ姉と、音楽家としての成功を
手に入れながらも幸福からは遠い存在のジャクリーヌ。
姉は実は、、妹の成功を羨ましいと思っていただろう。
ジャクリーヌが主役であるかのような、この作品において、姉は彼女と
同格の存在感を持っている。
昔の映画『ジュリア』の様に、一人の女性の物語ではなくて、あくまでも
すぐ隣で生きる運命の女性を描いている。
そして、お互いにその立場を羨ましく思う。
この点が、女性の浅ましさであって、軽い点だと思う。
『対比』する事で、自分の方が幸せだと思い込ませる手法?なのか。
姉が妹に、自分の夫を差し出す姿は、妹への最高のプレゼントなのだろう。
そういう意地を見せた姉も迫力があり、それが妹への『愛』からの物だったのか、
或いは、女としてのプライドからなのかは、わからない。
血縁という事を考えると、割り切れない物もあるはずだ。
幸せではなかったようなデュ・プレだが、本当に自分を解ってくれた人が
周りにいる事を幸せというのならば、彼女は、姉という存在に甘える事が
出来て、幸せだったのだろう。
彼女の死後、ジャクリーヌの本当の事実を暴露した姉には、
女性の怖さを見出せてしまった。
エミリー・ワトソンの真に迫る姿には、ジャクリーヌを観る事が出来るし、
脱帽という言葉しかなかった。
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