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海の上のピアニスト

sea1900.exblog.jp

力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

2005年 11月 23日 ( 3 )




昨日、RIZAとの話に、RIZAの友人のフィリピン人夫婦の話が出た。

女性は38歳で、夫は10歳下で2人の小さい子供がいる。

RIZAが観ていると、とても仲がよいそうだ。

女性は、大使館の秘書、夫は普通のサラリーマン。

女性が10歳も年上という事で、親類の大反対があって、未だ未入籍らしい。

私は、この夫は楽だろうと思った。

RIZAが言う。

男が段々とダメに成ってきていて、最近では「働きたくない」と言い出している
そうだ。

おんぶに抱っこの生活を続けていると、男も怠惰になる物だ。

女性はドンドンと強く、輝くようになり、自信を持っていく。
経験から学んでいくのだ。

2人の温度差が気になる所。

このままでは、育っているのが女性だけになる。

”楽”と言う現実のツケは大きいと思った。


そういえば、私の友人宅でも、同様だ。
                ( 夫が9歳下)
依頼心を150%発揮して生きている夫は、現在、妾宅から戻らない。
でも、友人は離婚はしないそうだ。

愛情なんか無いのだけれど、手続きが億劫だからと言う。

これも、怠惰な事だろう。

だから、この夫婦も、おんぶに抱っこで、生きている事になる。

そういえば、RIZAの家庭でも、RIZAは夫をおんぶして、生きている。

結構多いんだな~。

RIZAの家では、夫は飲み終えたペットボトルを片付けた事がないそうだ。

RIZAは綺麗好きなので、昔は片付けたそうだが、一年前からキリがない
ので、やめたそうだ。
夫は相変わらず、片付けないので、台所はそのままになっていると言う。

しかし、その中で暮らすのは、私だったら苦痛だけだろう。

男は加齢と共に、頑固になる一方だから、直る見込みは無いと信じて、
私ならそんな夫は捨てるだろう。


しかし、RIZAのように淋しがりやだと、いつでも誰かがいないと暮らせ
ないと言う。

女性には多いのだろうけれど、私には解らない。
自分が疲れる相手と暮らす事が。


それだったら、1年分のペットボトル、捨てた方が良いと思う。
一つずつ、解決するしかないだろう。

私はRIZAにはっきりと、物事を話している。
RIZAは聡明で頭の回転が素早いので、話していて面白い。

RIZAは、私の話が下らなくないので、付き合っていると言う。



フィリピンという国は、貧富の差がかなりあって、日本では考えられない。

でも、ラテンの国は明るいので、楽しい。

RIZAとの会話には、笑いがつまっている。

深刻には成らないので、とても気楽でいられる。ここが良いところ!


去年、RIZAは”金閣寺”を観に行ったと携帯の写真を見せてくれた。

L氏は原作と「炎上」
先生は「炎上」
私は「炎上」を観てから、京都の「金閣寺」を観に行く。

と私が、流れるように言ったら、RIZAが笑い転げていた。

そして、私とRIZAは、右手と右手を合わせて、2,3回叩いた。
 (アメリカ風の意志疎通のジェスチャー)







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by sea1900 | 2005-11-23 10:30 | 男と女

炎の激しさ、白黒映像で追求   58年度作品<大覚寺境内>

「炎上」(1958年)は、私の映画人生の中で、一つのけじめともいえる
大切な作品である。映画作りとはこういうものか、ということが、この作品
でようやく少し掴めたような気がしたからだ。

原作はもちろん、三島由紀夫さんの「金閣寺」。当初、私は映画化に反対
だった。文学としては第一級の名作だが、絶対美の追求というテーマが
映画にするには観念的過ぎるし、三島さん独特の絢爛たる美文に引きず
られて、単調な視覚化になってしまうと思ったのである。
然し、三島さんが小説を書くために取材をされた制作ノートを読ませてもら
って、映画化の糸口を得た。

大学ノート4冊に鉛筆で、国宝を燃やした実在の若い僧侶の生い立ちや、
その家族のことや、それらを取り囲む暗い風土のことなどが、ビッシリと
書き込まれてあった。

これをベースにシナリオを書く事にした。
ある若者の青春の苦悩、コンプレックス,願望など、金閣寺を燃やすに至る
心情を客観的に描くことに作品のテーマを絞った。

シナリオが完成し、主演の若い僧侶に市川雷蔵君が決まり、着々と撮影準備
にかかっていたところ、思わぬところから「待った」がかかった。

金閣寺の老師が映画化をやめてほしいというのである。
会社を通じて、何度も交渉したがOKが出ないので、私は直接、老師に合う
ことにした。

晴れた日だったと思う。
池のほとりに金ぴかの金閣が陽光に輝いていた。
私が通されたのは、広い庫裡で、そこに老師と副司が待っていた。

「三島さんが書かれたのはあくまで小説であって、事実と相反していることが
多い。寺が燃えたのはわたしの罪だと思っているから、全国行脚をしたりも
した。そういう自分なりの事実を曲げられたくない。」と老師。

「では、本が出版された時、なぜ抗議しなかったのですか」と私が聞くと、
「小説として書かれるぶんには浸透力が弱いからいいが、映画は全国公開で
世間への影響も大きい。」と一歩も譲らない。

双方、粘りに粘った押し問答の末に、私が「題名を変えましょう」と咄嗟に
妥協案を出すと、老師は「それなら結構です」とアッサリ承諾した。

題名と共に、寺の名称も”驟閣寺(しゅうかくじ)”と変更した。
京都・大覚寺の大沢の池のほとりに驟閣の建物をロケ・セットで建てたが、
映像上の理由から、これを2層とした(本物の金閣は3層)。

内部は大映京都撮影所のセットである。
クライマックスで炎上する驟閣は、大覚寺に建てたものの3分の2くらいの
サイズで嵐山の河原に建て、燃やした。

小さなミニチュアで撮影すると、火力が弱くてリアリティーが出ないからである。
私は炎の色があかあかと出るとかえってつまらないと思い、会社の反対を押し
切ってモノクロで撮った。
白黒の美しさを追求したかった。

                        市川 崑     映画監督50人より
        
by sea1900 | 2005-11-23 02:53 | 映画

駅の通りにある居酒屋の前を通ると、一つの話を思い出す。
それは、友人の女性Tが話してくれた物語だった。

友人が中学生の時に、クラスに好きで好きで、たまらない男子
が出来たそうだ。
活気に溢れた友人は、夜に、丁寧な文字でラブレターを書いて
その思いを伝えようとした。
下書きもしたそうだから、本格的だったと思う。

そして、次の日に渡した。

ところが、一週間もたつと、熱い思いはどこかへ消えてなくなってしまった。
それどころか、むしろ、嫌いになっていた。

これは、恋に恋し、恋している自分に恋していたのだと思う。

気になったのは、当時の思い入れのあるラブレターで、Tは、
「もう、好きじゃなくなったから、手紙を返してよ!」と言った。

驚いた男子は「貰ったのは、僕だから、僕の物だ!一度、
人にあげたのだから、もう、僕の自由だ」と怒ったそうだ。


こんな事があってから、随分と経ち、男子は駅の通りで居酒屋をやっている。

Tは、大昔のこの話をいつ、きりだされるかと 、ハラハラしながら、店の
カウンターに座った。
結局、男子はその話題には、ついに触れなかったそうだ。
おそらく、忘れているのだろう。

私は、Tからこの話を聞いた時に、<Tらしい!>と思ったが、
実は、自分も同じ事をやっていた事に気づいた。

私も黙って入られないタイプで、Tに通じる所がある。

人にあげた物は、もう自分の物ではないけれど、複雑だなー
手紙って!



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by sea1900 | 2005-11-23 01:09 | 男と女