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海の上のピアニスト

sea1900.exblog.jp

力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

2005年 11月 19日 ( 3 )




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製作総指揮・監督: ラッセ・ハルストレム(ショコラ、サイダーハウス・ルール)
製作総指揮: アラン・ブロンクウィスト
原作: ピーター・ヘッジス
撮影: スヴェン・ニクヴィスト
出演: ジョニー・デップ/ジュリエット・ルイス/レオナルド・ディカプリオ

1999年


ジョニー・デップの作品の中で、一番好きなのが、この作品で、
「ギルバーロ・グレイブ」とは、主役の彼の名前だ。

父亡き後、過食症で、肥満街道まっしぐらのママは、何百kgもある
ような体型で、ベッドにいるしかない状態。
顔はきれいなのに、歩けない程の肥満体。

18歳の弟、アーニーは知的障害者で、ディカプリオは、今までの
出演作の中では最高にうまくて、感動した。
あのうまさは今日、どこへ消えたのだろうと、思ってしまう。




田舎の暮らしのなかで、家族のしがらみを考えざるをえない。
こんな家族なら、捨てて、自由になりたいと思っても、不思議ではない。
しかし、弱くて心優しいギルバートにとって、家族は大切な者。

家族と言う都合の良い言葉は、時として負担になる時も、確かにあるものだ。
田舎町アイオワ州のエンディーラで、父亡き後、夢もなく忙しく暮らす
ギルバートにとって、ベッキーとの出会いは、彼にとって旅立ちの
序章になった。

母親が亡くなった時に、ギルバートは、家に火をつけた。
それは、ものすごい肥満の母を、人の目にさらしたくないと言う思いやり
からだった。

そして、この日に旅立つギルバート。

監督は、癒し系の路線を走り、心に残る作品を作っている。
「ショコラ」や、「サイダーハウス・ルール」もすばらしかった。



私は、時々何の変哲もない地味な、この話を思い出す。

そして、青春の瑞々しい感覚に、心洗われる自分を発見出来る。


初めて見てから、何年も経つが、いつ見ても良い作品だと思う。
ジョニーや、ディカプリオが若かったのだと思うし、俳優はその人の履歴が
作品に残されるのだと思うと、うらやましい。

その時々の思いが、スクリーンに残されていく事は、意味のある事
なのだと思う。

全ての若い人は、金持ちでもなんでもない。

ただ、「可能性」と言う物に自分をチャレンジ出来る。
チャレンジした結果を問うのではない。
前に進む事だけが全てで、結果は後から付いてくるものだ。


ただ、心優しくあってほしい。

ギルバートの思いやりは、参考になった。



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by sea1900 | 2005-11-19 16:35 | 映画
Kyokoさんの記事にTBさせていただきます。(敬称は略させて頂きます。)



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何年か前に、NHKで『オノ・ヨーコ』を特集していました。
それで、驚いたのは、ヨーコの育った家庭で、
銀行家のお金持ちの家なのに、軽井沢の別荘にいる時も、
食事は一人きりで、淋しい物でした。


TVでは、今も残る、ロンドンにある、インディカ・ギャラリーの天井にある
虫眼鏡で見る『yes』の文字。その時に、ジョンが会いに来た時の、
会話などが、紹介されていました。
その時は、すでに、実家からは,勘当されています。


ジョンはヨーコを尊敬していたのでしょうね。

2人の間に産まれたショーンを、夏の間、軽井沢の保育園に入れたり
ジョンの子育ては、有意義だったと思います。
最後に、この番組では、大きくなったショーン君とヨーコが共に、
NYのセントラルパークを、黒いコートを着て散歩していました。

日本ならば、息子は母親と一緒に散歩する事は、20代ならば、
少ないでしょう。

ショーンは、「それは、可笑しいよ!」と語り、寒そうな冬の景色に
溶け込んで歩いていました。

激動の人生を送ったオノ・ヨーコは、静かに「平和」を語ります。


運命的な出会いが2人を結びつけて、世界中に「Love/Peace」を
広めた功績は、理屈ぬきに素晴らしい物。


2人は、CIAにマークされた事もあったのです。

数々の世界中からのバッシングに耐えたのも、彼女の強さならではの
物だったのでしょう。

ジョン亡き後に、ヨーコは「ジョンはやきもち焼きだった」といった事も
在りましたっけ!
仲良かったという事ですね。


オノ・ヨーコは世界を揺るがした女性だし、
世界的スケールで,生きる運命を背負った女性なのです。


本、是非読んでみたいと思います。





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by sea1900 | 2005-11-19 01:28 | 人間

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1987年に難病で亡くなった天才チェロ奏者、ジャクリーヌ・デュ・プレ。
彼女の実際の姉が妹について書いた映画で、どうして観たかと言うと、
私の好きなエミリー・ワトソンがジャクリーヌを演じていたからだ。

エミリーは一見可愛いのに、怪優で、変体のように不思議だ。

エミリーはチェロをマスターして、この映画に望んでいる。とはいっても
デュ・プレのような動きは出来なかったようだ。

チェロについては、昔、買った長谷川陽子の『ノルウェーの森』を久しぶりに
聞いて見たが、ピアノ曲よりも、どうして演奏する人が違うとこんなに
変わるのかと思うほどに、その音色が違う。
長谷川陽子の音には、実はがっかりで、泥臭くて、軽快感がなくて、
喜びを感じなかった。
チエロの音色の優しさや、包容力が感じられずに、ドスンとした重さが
気に成った。


今の所、やはりヨーヨーマが一番、自分には合う。
ヨーヨーマはデュ・プレのストラディヴァリウス『ダヴィドフ』を現在、
受け継いでいるが、2,3年前には、NYのタクシーの中に置き忘れて
いた事があった。
もしかしたら、天才と名の付く音楽家は、その名前から、離れて、
自分を確保したいのではないかと、私は意地悪く思ったものだ。

そう思うと、楽器という響きが重くのしかかる。


この映画の中の、音楽は良いし、エミリーと姉役のレイチェル・グリフィスの
対決が素晴らしい。
実力のある2人の女優のぶつかり合いは、2人の不満の集合のはけ口なのか?
ジャクリーヌは演奏旅行に疲れ、洗濯物を姉に送り付けたりして、これが、
実際の音楽家の実像かと思わせてくれた。

音楽だけでは、満たされない物を抱えて、ジャクリーヌは精神的に弱っていく。


*    *     *     *    *

1945年、オックスフォードに生まれる。
1967年、22歳でピアニストで、指揮者のユダヤ人、
           ダニエル・バレンボイムと結婚。
1971年、多発性脳脊髄硬化症と言う難病を発症。
1987年、42歳で死去。

後にヒラリー自身が兄ピエールとともに著書で明かしたところによると、当時のジャクリーヌは、自殺未遂を起こすほどの精神状態にあり、有名人としての生活から逃れたいこと、その道連れに義兄クリストファーを選び、男女関係をもちたいとの願望をもらすに至った。そのため、ヒラリーの同意のもとに、ただしあくまでジャクリーヌの神経が癒えるならとの前提のもとに、クリストファーとジャクリーヌの間で一度だけ性交渉が持たれたという。このエピソードはジャクリーヌの伝記映画においてもとり上げられ、遺憾なことに、普段はクラシック音楽を愛好しない人たちの間でも、世界的に有名なスキャンダルとなった。あまつさえ、映画が公開された翌年の1999年には、フィンジー夫妻の実子たちが、この相姦図をめぐって母ヒラリーの「同意」を激しく罵り、父クリストファーについては、自分のエゴを満足させたい時に、心を病んだ叔母を一度ならずもてあそんだ姦夫にすぎないと言い切った。(ウィキペディア)


どうしても、この話題がクローズアップされやすいと思うが、
私にとっては、どうでも良い事だ。

ジャクリーヌは、結婚にも恵まれずに、大きな孤独を抱えて生きて
いくしかなかった。
チェロとしか、会話が出来なかったのかも知れない。

音楽をあきらめて、平凡な生活を選んだ姉と、音楽家としての成功を
手に入れながらも幸福からは遠い存在のジャクリーヌ。

姉は実は、、妹の成功を羨ましいと思っていただろう。
ジャクリーヌが主役であるかのような、この作品において、姉は彼女と
同格の存在感を持っている。

昔の映画『ジュリア』の様に、一人の女性の物語ではなくて、あくまでも
すぐ隣で生きる運命の女性を描いている。
そして、お互いにその立場を羨ましく思う。

この点が、女性の浅ましさであって、軽い点だと思う。

『対比』する事で、自分の方が幸せだと思い込ませる手法?なのか。




姉が妹に、自分の夫を差し出す姿は、妹への最高のプレゼントなのだろう。
そういう意地を見せた姉も迫力があり、それが妹への『愛』からの物だったのか、
或いは、女としてのプライドからなのかは、わからない。

血縁という事を考えると、割り切れない物もあるはずだ。

幸せではなかったようなデュ・プレだが、本当に自分を解ってくれた人が
周りにいる事を幸せというのならば、彼女は、姉という存在に甘える事が
出来て、幸せだったのだろう。


彼女の死後、ジャクリーヌの本当の事実を暴露した姉には、
女性の怖さを見出せてしまった。

エミリー・ワトソンの真に迫る姿には、ジャクリーヌを観る事が出来るし、
脱帽という言葉しかなかった。



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by sea1900 | 2005-11-19 00:21 | 映画