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海の上のピアニスト

sea1900.exblog.jp

力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

2005年 11月 12日 ( 4 )

一昨日、病院の帰りに、病院の診断書を警察に届けた。
こうして、この事故は人身事故に変わったのだが、
その際、別室で、詳しい調査書に書き込まれた。
担当の警察官が、最後に「この加害者に罰を与えたいですか?」
と私に問うのだ。
「エッ!罰って何ですか?」と私。

つまり、加害者に対して、私が罰したいかどうかって事なのだ。

私はつぶれたバンパーを取り替えてもらい、おそらくはなんとも無い
私の体の診断に罹った金額を返してもらえば、それで良いと思うし、
加害者も変な人間ではないので、加害者に罰を与えたいとは思わない。

こういう場合、この項目が、調査書に必要なのだろうか?


これこそ、冷静な判断ではなくなる可能性が高くは無いのだろうか?

おかしな項目に、ひたすら驚いた。


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by sea1900 | 2005-11-12 22:45 | 現在


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毎週木曜日には、「大奥~華の乱」を楽しみに観ている。
映画の大奥シリーズは、全部見ているし、「大奥」は面白い。

嫉妬と妬みという女性にある(友人は男の方が酷い!と言うが)
2大感情をピックUPして、肉をつけたような話が、身に迫るから
なのだろう。

現在の華の乱では、おでん役の小池栄子が感情をむき出しにして
眉を薄くしていて、見ていてメリハリがあり、楽しい。

この間、詳しく大奥について書こうと思い、相関図を書き出したら
代々の将軍の母親がわからなくなってしまい、側室はたくさんいるので
何か参考になる本でもない歌と思っていたら、偶然に書店で、「大奥」を
見つける事が出来、購入した。

昨日も、たどり着いたが,休館だった根津美術館の近くで、見られなかった
光琳の絵を、遠くに思い、せめて江戸時代に思いをはせようと(この辺は
かなり偶然)大奥を読んだ。


まずはお静の方から始まる。
そして、お万の方

私が興味あるのは、ドラマでも趣のある、知性と教養のある右衛門左
(うえもんのすけ)だ。

             ・・・・・・・・・つづく・・・・・・・・



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by sea1900 | 2005-11-12 08:40 | 男と女

KyokoさんにTB致します。

10年以上前に、県外の眼科の待合室で待っていると、
話好きなおじいさんがいて、戦争の話をしていた。

私は、こういう話が好きなので、聞いていると、この方はシベリアに
いたと言うではないか?

私の父はよく言っていたが、「南方に行った人も悲惨だったが、シベリアは
寒いからもっと、大変だったのだろう。」と。
南方では、私はパラオで、海の中にあるゼロ戦を見たり、無人島に今もある
日本軍の基地跡や、海に浮かぶ島とも言えないお粗末な小さな岩山の穴に
さび付いている銃を見ている。
昔の現実が、今の現実となって私には襲いかかる物だ。

おじいさんの話は続いた。

勿論、寒いけれど、痩せてくると砂糖をご飯に大量にかけて、食べさせられた
と言う。勿論、太らせる目的で。
この時代に、そんなに砂糖があった事に驚いた私。
この話は、それまでに聞いた事がなかったので、印象的な話だ。

戦争は悲惨だと言う。

そういえば、今年だったか私は映画「9000マイルの約束」を観たのだが、
シベリアの暮らしを垣間見て、寒さが身に堪えた。
この話は、実際のモデルがいるので、興味深かった。
シベリアからドイツまで、9000マイルの距離を家族に会いたい一心で
約3年係り逃げ切ったと言う話で、逃げる道中の苦労や、どこまでも
白しかない雪の世界が描かれている。


おじいさんと私の話は続いた。

私がぽんぽんと色々聞くので、「のんきだね~」とも言われたが、それは、
軽蔑の意味ではなくて、「幸せなんだね~」と言う意味だとも付け加えられた。

日本の歴史の中で、太平洋戦争は大きな意味を持つ。
私と話したおじいさんが、今もお元気に暮らされている事を望む。

戦争を実際に体験した語り部が、老齢で亡くなっても、戦争があった事は
消えないのだが、やはり、薄らぐ現実には、太刀打ちできないようだ。



色々と話した中で、「砂糖をかけられたご飯」この話がとても印象的だった。



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by sea1900 | 2005-11-12 04:03 | 過去
夜の7時から、内藤明美さんのリサイタルがあった。
内藤さんが歌う事を、<演奏>と言うが、如何して<演奏>と成るのかを
調べていた。
人間の声は、楽器とは違うのだから、<歌う>と言う表現には成らないの
だろうか?
よく解らない。

前半の曲に比べて、後半は力強かったと思う。

声楽家は、一つ一つの言葉を大切に表現して歌っている。
それは、まるで、言葉を生き返らせるように聞こえる。

昔、ある楽器に携わる人が「どんな楽器よりも、声は素晴らしい!」と私に
語ったが、成る程、本当に声は宝でもある。

ところで、私は、花をこういう時に上げるのが好きなのだが、ただ上げるとい
うのは、受け取る人の事を考えないと、非常に迷惑な話になる。

その日の衣装の色や、雰囲気に花が合わないと、主役を引き立たせる所か、
主役のイメージダウンにも繋がる物だ。

花はあくまでも、主役ではなくて、主役を引き立たせる為の物なのだ。

だから、私は花を上げる時には、細心の注意をするし、パッケージもセンスよく
してくれない花屋を選ぶような事はしない。
 
今夜の場合は、花を用意するのは、物理的に無理な事が大きいが、
付け足すとしたら内藤さんのイメージが沸かなかった事だろう。

まして、ワインなんか、イメージも無い物。

もしも、今日の内藤さんに相応しいとしたら、最後の赤いドレスに合う
白い薔薇の5,60本位の花束ではないだろうか?

それも、力強い雰囲気にして!
白い薔薇は、本数が多いと、迫力が出る物だ。
赤や黄色では、出ない迫力は、おそらく白というカラーから発散されている。


ところで、六つの中世の愛の歌から、思ったのは、中世には、イタリアの
カストラートなども出現したが、なぜ、イタリアは、歌が盛んだったのだろうか?

イタリアで、昔、オペレッタを見た事があったが、あの声の響きや声量は
どこから来るのだろうかと思う。

ドヴォルザークの「母が教え給いし歌」
きれいな伸びのある歌声が心に届いた。

内藤さんの最後の曲は、「島原の子守唄」で、日本語だが、声楽家が歌うと
悲惨な歌詞の内容が、きれいな旋律でまとめられてしまうのだと思った。


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by sea1900 | 2005-11-12 02:34 | 現在