ブログトップ

海の上のピアニスト

sea1900.exblog.jp

力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

d0063550_22404486.jpg
イタリア映画の良さは、永い歴史に負けない丁寧さだろうか?

そんな風な感想が出る「家の鍵」を、今朝見た。

15年間も生まれた息子に会わなかった若い父親ジャンニと、出生時に母を失い、伯母夫婦に育てられてきたパオロが初めて会って、ミュンヘンからベルリンの病院まで、そして、今度はノルウエィまでのドライブを通して、お互いの本当の姿をぶつける。

パオロを演じたアンドレア・ロッシ君の姿があまりにも自然だったのは、監督との一年間の暮らしから来たのだと思うが、手首を捻じ曲げて、背骨をくねらせて、まるで、生まれつきの姿のように見える。そして、めがね越しに三白眼で、上目使いをされると、本当に彼は障害を持って生きているのだと思い込んでしまった。

障害者と言うと、やはり健康体の人と比べて、ハンディキャップを持っている事になるが、そう思う事自体、勝手な判断なのかも知れない。

<障害>ではなくて、少し変わっているだけだと思いたい。

パオロの無垢な明るさに何度も救われるが、ノルウエィの道を走っている時に、いう事を聞かずに、クラクションを鳴らすパオロに、父は車を止めて泣いてしまう。
これからの2人の永い道のりを思うと、その道のりが単純な物では無い事に、涙したのだが、
「泣いてはいけない」と父を諭すのもパオロだった。

子供も成長すれば、親も成長するのだ。
決して、停滞しない関係だと思う。

かつて、障害児を授かった知人は、「この子にはこの子のスピードの成長がある。」と語っていた。しかし、その言葉を自然な言葉として吐き出せるまでには、幾度かの挫折を味わったと思える。迷い、悩み、子供の将来を悲観した事だって一度ではすまなかったと思う。

<障害者>は障害を持って生きているのではなくて、少し変わっているだけ、そして成長が少し遅いだけなのだと思う。

シャーロット・ランプリングの優しいまなざしに隠された苦悩は、娘への愛の裏返しだと思う。


ラストの宗教音楽が、「許し」のように聞こえたのは、私だけなのだろうか?
誰にも「許されたい時」があって、「許される時」があるのだと思う。


→イタリア映画の好きな方は、クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-11-20 22:40 | 映画
混声三部合唱曲 親しらず子しらず 
<クリックすると曲が聴けます。>
----------------------------------------

作曲者 岩河 三郎
作詞者 山本 和夫


コメント 児童文学者の山本和夫さん(1929-1996)の詩に、岩河三郎さん(1923-)が曲を付けた、合唱曲。
※ 親不知・子不知: 新潟県南西端・青海町、富山県との県境に近く、北アルプスが日本海に落ち込んでできた断崖。高さ300m~400mの急崖が約15kmにもわたって続く、北陸道最大の難所で、親子を顧みる余裕もないほどの険しさから、親不知・子不知(おやしらず・こしらず)の名がある。



荒磯(ありそ)の 岩陰(いわかげ)に
こけむした地蔵が
かすむ沖を じっと見つめている

子を呼ぶ母の 子を呼ぶ母の
叫びが聞こえぬか
母を呼ぶ子の 母を呼ぶ子の
すすり泣きが聞こえぬか

子を呼ぶ母の 子を呼ぶ母の
叫びが聞こえぬか
母を呼ぶ子の 母を呼ぶ子の
すすり泣きが聞こえぬか

旅に病む父親の元へと 心を急がせた母と子に
ほくめいの怒涛が グワッとツメを立て
次々に 次々に
二つの悲しき命を 奪い去ったという

怒涛は何を怒ったか その怒りをなにゆえに
かなしき母と子に向けたか

子を呼ぶ母の 子を呼ぶ母の
叫びが聞こえぬか
母を呼ぶ子の 母を呼ぶ子の
すすり泣きが聞こえぬか

かなしき人を さらに悲しみで
追い打ちするを人生というか

悲劇に向かって 悲劇に向かって
挑む者を 挑む者を
ああ 運命の神は憎むか

かもめは 鳴きつつ 飛び交い
海を潜り波を滑る かもめの歌のかなしさよ
じっと見つめる こけむした地蔵も
夕暮れる
親知らず子知らずの 沖もぼうぼう
夕暮れる

夕暮れる


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


こうして歌を聴くと、歌詞の意味が良くわかる。
最近招待された地元の合唱コンクールで中学3年生のクラスが歌った物だった。


出来は見事な3部合唱で、この日の大賞受賞となった。

歌詞の意味の解らない中学1年の秀才君は、「苔むした地蔵・・・・???可笑しい、ハハハ」
なんてのんきな事を言って笑っていたが、内容は実にシビアだ。

また、別の中3のクラスが歌った「消えた8月」も中1では歌いこなせない歌だった。


→合唱の好きな方は、クリックお願いします♪♪♪~
[PR]
# by sea1900 | 2006-11-19 22:13 | 現在
先週の講義だったと思う。
今受講しているアフリカについての講義の中で、リベリアについてこんな事を聞いた。


奴隷として売られた人達は、その後何年かしてお金を積んで市民となってリベリアに帰国した。
帰国というよりも、リベリアを買ったのだった。
そして、リベリアを買った金持ちのリベリア人が、現地に昔から住んでいるリベリア人を差別しているのだ。これをブラックアパルトヘイトと言うのだが、差別から生み出された人間が差別を作る方に回ってしまっている。


映画「ルワンダ・ホテル」では、1994年・ルワンダでのツチ族とフツ族の戦いを描いているが、これはベルギーが作り出した物で、リバイト・アンド・ルールと言われ、外来の人が現地住民を分割して戦わせて、アフリカの内戦状態を作っている例でもある。

思えば、『差別』とは、元々何の根拠の無く、悪意に満ちた作為の結果だと思う。

1993年・ソマリア内戦映画「ブラックホークダウン」は、16人のアメリカ兵が死んだ話だが、当時クリントン大統領は
「どこで飢え死にしても決して関わらない」と決めたのだった。
他国の内戦に送られ、他国の戦いに巻き込まれるアメリカ兵もたまったもんじゃない。

<ブラックホークダウン>と<ホテル・ルワンダ>


こうして、私はアフリカの歴史を知る事から始まり、地下資源が豊かな為に、その諸外国に利用され続けているアフリカの現状を知ると、その豊かさがアフリカ住民の豊かさに結びついていないし、ダイヤや金が奪い合いされているのが現状。

そして、それによる悲劇が後を絶たないのだ。
   
                   つづく・・・


→クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-11-17 22:48 | 人間
スプラッタ‐ムービー【splatter movie】
血みどろでショッキングな場面を主な見所とする映画。


テキサスで、1969年から1973年間に33人もの人を殺した男の話のビギニング版で、
これがR-15だなんて信じられなかった。

大人の私が見ても、耐えられないシーンがてんこ盛りで、残酷極まりない。
若い女性は絶対に見ない方がいいと思った。


一緒に見た友人は、アメリカの広さを良く知っていて、テキサスがどんなに広い所かを説明してくれた。
古い家、地下室、田舎の一軒屋、とくれば、これが他の世界と隔絶された不気味さを語っている。
アメリカの方が日本よりも猟奇殺人事件が多いと思うが、それだけではなくて、銃社会がそれに加担しているのも事実だ。
この映画に中で、レザー・フェイス(犯人)よりも怖いのは、実は保安官を殺して、自分が保安官に成りすましている異常者のホイト保安官で、彼の異常がクローズ・アップされている。
でも、考えれば、戦争の影響で異常に成ったともいえるだろう。

レザー・フェイスは彼の操り人形だ。
これもよくある構造だと思う。

この映画の魅力は、実話が原作だって事。
あくまで<きちがいに刃物>は最悪の事態を招いている。

どうして、私がこの映画を見たと言うと、原作が事実で、知っておいた方が良いと
思ったからだった。それでも、外科手術の様な場面には、何度も椅子からずれ落ちそうになった。

そして、チェーンソーが充電切れにでもならないかと思ったものだ。



→クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-11-15 23:38 | 映画
昨日、英文の校正を、ハーバード大学を卒業した知人に送った。もちろん、メールです。
そして、返事は「難しすぎて、私の仕事じゃない」だった。



そして同時に、イギリスに留学した事のある、米語ではなくて、英語の好きな友人に送った。

今日返事を見ると、「話の内容がぜんぜん解らない!」と書いてあった。

そして、更に別の友人は、辞書を片手に訳したそうだ。

皆さん、一つの目的に為に努力してくれて、ありがとう。
充実した時間を持てた事を、おかしな人に感謝すべきだろう。

ちなみに私は、雰囲気だけつかめた感じで、ちんぷんかんぷん!
とりあえず、簡単な訳はわかったかな?ただ、奥が深くて解りません。

とても、おかしな人が書いた文だから、小説のようなエッセイなのだけれど、これをイタリア人が読むと、どういう反応なのだろうかと思う。




→クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-11-14 01:10 | 現在
昨日、大学の洗面所で歯磨きをしていたら、ご年配の女性に声を掛けられた。
「今、何か講義をやってるんですか?」
私は自分が受けている講義の内容をざっと話すと、この方は、一般の学生で、国文を週に2日お勉強に来ていると言う。
お年は60歳で、書道の先生だそうだ。
<それで、国文を勉強してみたくなったんだな~>と思った。

しかしまあ、話す事、話す事。

年配者が学びたくて大学に通う事は、今や、良くある事なので、私から聞きたい事は
ないので、ひたすら聞き役に回ったが、いつになっても話をやめないのだ。

結構辛いよ!
そして、この方の目を見て、<この目は嫌だな!>と思った。

それから、この方は手を洗ったのに、ハンカチを持っていないのだった。

私はティッシュを何枚か渡して、「どうぞ!」と言った。

勉強も良いけれど、ハンカチ一枚持って来い!
テイッシュを渡されたら、一言のお礼位言えないと、せっかくの国文が役に立たないじゃなか!
国文って、挨拶方法もあったと思うけど・・・・



ちょっとイラついた事でした。

→クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-11-14 00:47 | 現在

d0063550_0324534.jpg
今日、私は中学校英語弁論大会の県代表に成った中学3年女子のスピーチを聞いた。
スピーチは、さすがに県代表になっただけの事はあると思われるきれいな発音、持ち前の声の美しさ、ジェスチャーと、どれをとっても良かったが、一番良かったのは、世界的な出来事に注目したという点だと思った。

和訳すると、以下のようになる。

    。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

「押すべきか、押さざるべきか?」
一人のやせこけた少女が地面に横たわっている。
後方には一羽の冷たい目をしたハゲワシがぼんやりと現れる・・・。
 皆さんは、この画像を今までに見た事があるかもしれません。
これは、13年前にケビン・カーターによって撮られた有名な写真です。
その写真は世界中の新聞に掲載されました。
そして、ケビン・カーターはこれで1994年にピューリッツァー賞を受賞しました。
初め、私はその衝撃的な写真を英語の教科書で見ました。
クラスで、私達はどの様にケビン・カーターがスーダンに行ったのか、写真家としてどう働いたのか、について読みました。
彼は、スーダンの問題を世界に見てもらいたかった、その結果、彼の働きはたくさんの飢えたスーダン人を助けました。

しかし、カーターの撮った写真を非難した人もいました。
彼等は、「彼はそれを撮るべきでなかった。その代わりに、その死にそうに弱った子供を助けるべきだった。」と言いました。
このカーターへの非難について皆さんはどの様に思いますか?
貴方だったら、どうしましたか?
もし、貴方がケビン・カーターだったら、カメラのシャッターを押しましたか?

私はこの有名な写真の詳しい事を知りたくなりました。
インターネットを見て写真についてのたくさんの事、撮った人物の事について学びました。

私は、あのスーダンの少女が危険ではなかった事を知りました。
彼女の母親は近くに居て、支援者から食糧をもらっていました。
カーターは良い機会だと思い、写真を撮り、その後ハゲワシを追い払いました。

後に、写真が掲載されると、カーターはたくさんの非難を浴びました。
彼の行動は不人情で非道だと言う人も居ました。
彼等は、「少女を助けるべきだった。写真を撮るべきではなかった。」と言いました。
しかし、彼は非難に答えず、彼自身を弁護しませんでした。
私はなぜ彼が何も話さなかったのか解りません・・・・誰にも解りません。

この物語は悲しく、衝撃的な終わりを告げます。
この写真は彼を有名にしましたが、彼は彼に対する非難に上手く対処する事が出来ませんでした。
ピューリッツアー賞を受賞した数ヵ月後、ケビン・カーターは自殺してしまったのです。

去年の5月、私は新聞で義足の人達がエベレストに登った事について読みました。
彼等は山に登っていると、弱ってスロープの上に一人で倒れている男性に出くわしました。
彼等はその男性を助ける為に止まらず、頂上を目指し登り続けました。
彼等は登山に成功しました。
しかし、彼等に見過ごされた男性は死にました。

貴方は義足の人達の選択についてどう思いますか?
最初、私は、彼等は自分達の登山を諦める事になったとしても、他の登山者を助けるべきだったと思いました。
しかし、後で、私は考えが変わりました。
そして、今は、私は彼等のとった行動を責める事は出来ません。

私は義足の登山者についての大切な情報をいくつかTVで学びました。
コメンテーターは「倒れた登山者を助ける方法は、自分自身の命を危険にさらし、彼等の酸素を彼に与える事しかなかった。」と言いました。
何人かのプロの登山家は、インタビューで「もし、貴方だったらエベレストで死にそうな人を助けますか?」と尋ねられました。
ほとんどの人が「いいえ!」と答えました。

そして、「第一に、エベレストに登る人は自分の事は、全て自分で責任を持つべきだ。」と言いました。
リポーターは、「他の登山者達は声も掛けずに通り過ぎて行きました。一方、義足の人達は立ち止まり、彼を勇気付けました。」と、付け加えました。


古いことわざがあります。
<全ての出来事には2つの面がある。>
私はこの2つの話から、一面的な見方で結論を急いではいけない。という事を学びました。
私は、他人の行動を非難する前に、状況をよく考え、事実を見極めるべきだ。という事を学びました。

最後に、この質問をさせて下さい。
「もし、貴方がケビン・カーターだったら、カメラのシャッターを押しますか?」

私だったら、彼と同じように写真を撮ったと思います。

ありがとうございました。
    。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


私はケビン・カーターの自殺の事を知ったその昔に、作家やカメラマン等の表現者としての彼等の宿命を考えた覚えがある。
マスコミは何か突っ込みどころがあれば、それこそ暴徒と化して、一つのイジメの構造が出来上がり、集団ヒステリーが人の命さえ奪ってしまうのだから、全くたまったもんじゃない!

正しいとか正しくないとかは、誰にも判断できない事があるし、
その場に居合わせなければ、判断の付かない事だって多い。

くれぐれも、他人の言葉を鵜呑みには出来ないし、自分の尺度を持って考えないととんでもない事になるだろう。

スーダンの少女の写真だって、これを見て、「かわいそう!」と、大体の人が思うはずだ。
しかし、如何してかわいそうなのかは考えないと思う。
国家、歴史、文化と、それなりに学んでこそ、一枚の写真への感想は生まれるべきだ。
まあ、そんな所に着目していれば、ケビン・カーターを死に追いやる事も無かったと思うのだ。
表面的な、目に見える事だけを判断基準にしてしまうと、世の中は偏屈になり、更に狭くなってしまう。
ケビン・カーターは自分の仕事を忠実にこなし、人間を愛した人だったと思う。



私は、このスピーチをした女子がまだ赤ん坊の時に出会っていた。
そう、知人の娘だったのだ。
あれから13,4年も経つと、人間って、こんなに素敵になるのだと思うと、命の尊さをしみじみと感じてしまった。


→クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-11-11 00:04 | 人間
昨年の11月から作り始めた人形も、やっと完成間近になった。
顔のメイク・アップは出来て、ルージュを引いた。後は、まつげを貼り付けて出来上がり。

白い顔にぼかした色彩が広がり、血の通った人形になってきた。
どんどんと変わるマリーに驚くやら、嬉しいやら、成長を続けているんだなあ!

「seaさんは、しぶといね!」と、また先生の声がした。
前は、軽蔑の意味がこめられていた<しぶとい>も、今度は強いという意味に変わっていた。

私としては、この一年は楽しかったし、始まりがあって終わりがあるのだから、自然な時間の流れだったと思っている。

おもちゃの様な軽い人形には魅力を感じないので、ずっしりとしていて、気持ち悪い位の凄みの効いた物が面白いと思うし、やたらに数だけ作っても、その置き場にも困るから、簡単に増やしたいとは思わない。

ところで、今年の6月にお会いした80代の女性が、秋には亡くなっていた事を最近知って驚いた。彼女は55歳の時から人形を作り始め、個展も5回開き、ものすごい数の人形を残している。そして、誰にも人形を売らなかったそうだ。きっと、思い入れが深かったのだろう。

偶然にも、彼女の出身地である町と、私の住む町とは近いので、最初で最後の出会いの時に、話が弾んだのだった。
今は彼女の言葉の一つ一つに、一期一会の思いを重ねてしまうのだ。





→クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-11-09 21:51 | 現在
d0063550_22201778.jpg


純白のドレスと白い化粧をして、横浜の街角に立つ老婆“ハマのメリーさん”。終戦直後から50年近く、背骨が曲がっても娼婦として生きてきた彼女の存在は、横浜で生まれ育った人ならば誰もが聞いたことのあるものだった。私の知人も何度か見かけた事があったそうだ。
95年の冬にメリーさんは横浜から突然姿を消してしまう。
おそらく、亡くなってしまったのかと思われたと思う。

彼女の存在がいつしか都市伝説と化していく中、メリーさんと深い交流のあったシャンソン歌手・永登元次郎さんは、彼女への思いを募らせていた。

永登元次郎さんは語る。

「シャンソン歌手としては有名になれなかったけれど、好きな歌を歌ってこられたので良かった。」と。
ゲイボーイとして男娼の時代を過ごした事のある元次郎さんは、メリーさんに対して、自分と重なる部分を感じ尚更心配していたのだった。
時々、金銭的援助をするのだけれど、メリーさんは気高くて恵まれる事を嫌い、お金はお祝いのノシブクロに入れて<お花代>と書いて、「きれいなお花を買って下さい!」と言って渡したと言う。

元次郎さんは、メリーさんが定住先も無く、加齢と共に哀れっぽくなるので、生活保護を受けられないかと役所に掛け合ったりしたがダメだった。
当時、町の洗濯屋さんの更衣室で着替えをして、ドレスは洗濯に出していたそうで、当時の店のご夫婦の話等も聞けた。
また、メリーさんが通っていた美容室では、他の女性が気味悪がってしまいメリーさんをお断りしたそうだ。
また、メリーさんの真っ白なお化粧は、化粧品店のおばさんが、油を使っていない水溶性のおしろいを勧めたそうだ。鈴木その子も真っ青になる白さだ。


作家の山崎洋子さんも当時の事を話している。

メリーさんは、既にパンパンというだけではなくて、戦後のヨコハマを浮き彫りにするカリスマ的な存在だ。
そして、アメリカ兵相手のパンパンの存在の善悪なんか飛び越えて、力強く生きた女性史を見る思いがした。
当時、山の手の外人墓地の通路には、何人もの赤ん坊の死体が捨てられていて、どんどん増えるので、根岸の墓地に移したと言う。

思っていたよりも、すごい映画で、この映画を作ったのはメリーさんの孫の時代の人に当たる20代から30代の人達で、5年間も撮影を続けたそうだ。


1995年には、メリーさんの姿が消え、<きっと、亡くなったのかも知れない>という憶測は正解ではなかった。
田舎の実家の弟さんに手紙を出して、実家に帰りたいと言い帰ったのだった。
そして、現在、既に癌で亡くなってしまった元次郎さんが田舎の老人ホームを訪れ、シャンソンを披露する。その前で、静かに穏やかなお顔で、聞き入っていたのは白塗りをやめた自然なお顔のメリーさんだった。
その顔は、とても嬉しそうで、それを見てほっとした。

五大路子の一人芝居「横浜ローズ」は、そんなメリーさんを描いている。
そして、腰を曲げてラストは赤い薔薇一輪を片手に持って、劇場去るのだが、その時に観客は五大路子の手を取って言葉をかけるが、「これは、私への言葉ではなくて、メリーさんへの言葉だった」と言っている。

それ程に、存在感のあったメリーさん。

一つの時代が終わろうとしている。

メリーさんは今、本名で暮らし、86歳に成った。
        今、幸せならば、それでいい!

→クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-11-08 22:16 | 映画
犬友達のゴールデンレトリーバーの8歳の雄犬が、今日の午前中に発作を起こしたと言う電話があった。
その時間は5分から10分位の短い間だったが、聞くと癲癇(てんかん)に似ている。
でも、違うかも知れないので、獣医に電話して聞くと、癲癇の場合は、生後半年位から5歳までの間に発作が起きるとの事で、7歳を過ぎているから脳腫瘍の可能性の方が強いそうだ。

もしも、MRIの検査を受けるとしたら、東大病院になるし、手術を受けたとしても成功するとは限らない。
人間ならともかく、犬の場合は、手術の繰り返しや入院生活はむごい気がするので、とりあえずは投薬で持たせて、苦しがり始めたら安楽死しか選択の余地はない。

犬友達の家の長男は既に医師に成っているが、私が初めて出会った時は、まだ高校生で、少年だった。彼の妹や弟も中学生で、3人とも親元を離れて寮付きの進学校に入っていたので、長期の休みに入ると帰宅して、ゴールデン君に会えるのを楽しみにしていた。


癒しの薬を持っているゴールデン君も、歳には勝てないのだろうか?

それが自然の摂理ならば、受け入れるしかないけれど、あんなにお利口な犬には、めったに逢えるものではないと思う。



→クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-11-07 23:43 | 現在
「独立、そして独裁政治と経済的窮状」

アフリカについての講座の2回目は、先週に続いて、アフリカの歴史から始まった。
アフリカ受難の500年史は、
①15世紀・・・・・・・・・・・・・・・交易の時代
②16~18世紀・・・・・・・・・・奴隷貿易の時代
③   〃    ・・・・・・・・・・探検家の時代
④18~20世紀半ば・・・・・・植民地の時代
⑤1960年以降・・・・・・・・・・独立・国家建設の時代      と成っている。

<暗黒大陸>と言う言葉は、ヨーロッパ人が付けたもので、ヨーロッパ人は300年間に渡って奴隷貿易をした。
アフリカはヨーロッパの為に500年間も利用されたのだ。

こうして、本ではなく、アフリカの事についての研究を30年間も続けている教授から教わる事は、とても興味深い。

探検家の時代では、リビングストンがナイル川水源地探検をしたり、その後はスタンリーが探検しているが、探検の意味は、実はその後の植民地の分割のキーと成ったのだ。
どこまで足を踏み入れていたかが、とても重要で、1884年にはビスマルクが召集して、ベルリン会議が開かれている。

また、奴隷貿易はアメリカ開発の為の労働力供給の為だったが、映画「アミスタッド」のシーンが思い出された。
私はこの映画の中で、奴隷船に乗せられてから、船が重いと言う理由で、鎖につながれた黒人が何人も繋がったままで、海に捨てられるシーンを今も忘れられないでいる。
差別意識がないと、こんな事は出来ない。

実際にアメリカに渡ったアフリカ人は捕らえられた人の4分の一の人数でしかなく、その他の人は全て命が保たれなかったのだ。
300年もの間に6000万人がアメリカに渡り、一番高く売れたのが13歳位の女子で、子供を産み奴隷を増やす事が出来たからだと言う。

18世紀に入ると、アメリカは労働力の供給を必要としなくなり、資源をアフリカで生産させる方法として植民地時代が始まったのだ。




→クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-11-06 22:33 | 人間
日本TVで始まったドラマ『14才の母』の総集編を昨日のPM.2時55分から2時間に渡り観賞した。
何かと物議をかもし出した『女王の教室』で、真摯な演技で魅了させてくれた志田未来ちゃんが、今度は14才の母になる(?)という内容のドラマだ。
実はドラマが始まって、私は<如何して14才の母親を誕生させるドラマなんか作ったんだろう!>と思い、見ていなかった。
しかし、心のどこかにドラマへの興味があったので、今日の総集編を見る事にしたのだった。志田未来の演技を見てみたいと言う気持ちも強かった。

これが、『18才の母』ならば、納得も出来よう。
しかし、中学生となると、母親に成るには、精神的にも肉体的にも早すぎて、その事に意味があるのかさえ、問われるだろう。

大人ならば、あくまでも<ドラマの世界>と割り切る事も出来るが、もしも、志田未来演じるミキと同じ年頃の中学生が見ると、現実とドラマの世界の区別が付かなくなり易い。
例えば、私の元同級生の中学の先生が、朝の読書タイムに、アダルト系の漫画本を隠し読みしていた2年生の女子から本を取り上げると、女子からはこんな言葉が投げつけられたそうだ。
「先生、セックスって、しても良いんだね!」
周りの環境にすぐに反応し易い中学生は、大人が思っているよりも遥かに動揺しやすくて、危険な部分を含んでいるのだ。

だから、このドラマの展開は冷や汗物だと言える。

もしも、14才の母に成っても成らなくても、(成らないというのは、中絶すると言う意味なのだけれど)問題は大きい。
中絶が悪くて、命を守った出産が正しい!何て、誰が言えるのだろうか?良く考えて欲しい。

親戚の女子中学生に尋ねると、「あのドラマは、命の尊さを訴えているドラマなんだよ!」と言うではないか。
彼女のクラスでは、何人かが見ているそうだが、彼女の母親は見る事を許可しないそうだ。娘への影響を考えると、良いドラマとは言えないと言う。

問題提起型のドラマと言うのは、視聴率を狙っただけの展開を考えていると思うと、その答えからは底の浅さを感じてしまうのだ。
ところで、わが国では15才未満の出産例が年間45件と報告されているそうだ。
参考・msn.ニュース第115話『14才の母』 この数字を聞いて、後進国の悲しい女性の姿を思い浮かべるのは私だけだろうか?
果たして産まれた子供は、その後幸せに暮らしているのだろうか?
子供への本当の愛情なんか10代では湧くはずも無いし、子供の存在の重さも理解出来るはずも無い。その前に自分の青春期も消えてしまうのだ。
ドラマの展開も大方想像が付くけれど、ティーンエイジャーへの影響を考えると、全く重すぎるドラマだと思う。
もしも、このヒロインミキを志田未来よりも軽いイメージの女優が演じたら、全体のイメージがさらっとしたと思うが、志田未来の放つ一言一言が実直なのでクイを打たれた感じだった。

子供を持つ自由、持たない自由。
自由を選択できるのは、自由の意味が良く解ってからで遅くは無いと思う。


こうして、モーツァルトのレクイエムを聴きながら書いていたら、更に暗い気持ちになってしまった。
 
 

→クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-11-05 00:07 | 現在
弟(山田孝之)と、兄(玉山鉄二)は両親のいない兄弟で、兄は弟の大学進学の為に泥棒をして帰ってきた初老の婦人ともみ合って殺人に至ってしまった。
そして、刑務所で服役するのだった。
『手紙』は兄と弟に間をつないでいるかに見えるが、兄にとっては既に現実の社会生活からは離れた世界で暮らしているので、現実を生きる弟に較べると、既に過去の人と成っている。塀の中では、過去も現在も未来も無い特殊な世界が展開するだけなのだ。罪人に対する社会的制裁と思えば当たり前なのだけれど、何とも思い空気だ。
しかし、孤独な生活を送る兄にとって、弟からの手紙は生きがいとなる大切な物。しかし、重い現実を背負わされた弟にとっては、兄は重しとなるだけだった。
弟が現実から逃れたいと思う気持ちは当然だし、兄が弟との縁にすがりたいのも当然だと思う。
そこで、救世主のように現れる由美子(沢尻エリカ)の強さが良い。弟を温かく見守りながら、<逃げてはいけない。>という教訓的な一言を示す。

<そんな事、わかっちゃいるけど、止められない!>というのが現実。
セリフの少ない兄、玉山鉄二のラストの演技は素晴らしくて、感情を抑えながらの精一杯の表情にもらい泣きしてしまった。
殺人に至った経過は、もう如何だって良いと思う。
一つの事件を通して見つめ合う事に成った兄、弟、由美子の心の軌跡は、本当に生きる事に一生懸命な時に初めて発揮された結果だったと思う。
加害者も、また、被害者であって、加害者の家族も被害者だと言う事を再確認の思いで見た映画だった。

また、由美子が弟の勤める会社の会長に当てた手紙を思うと、それは<癒し><許容>という意味だった。


弟が兄の事で、もがき苦しみながら生きる事を強要され、犯罪者の弟というレッテルを貼られる事は、どうしても仕方の無い事だろう。
血の繋がりの強さは、時として、一生逃げられないしがらみとなるので、仕方無い事だけれど、それなりの良さもあるはず。

「手紙」は、兄から被害者の家族にも、6年間届けられていた。
被害者の息子は、ある時、これは加害者の般若心経なのだと気づいたと言うシーンがある。そして、もう許そうと思ったと言う。

弟はその言葉に涙しか出なかったのだが、兄の心情が弟に乗り移ったようで、やはり他人には流せない涙なのだ。
家族にしがらみ、兄弟のしがらみ、そんな事を思うとそれが人間としての基本なのではないかとも思えるし、しがらみがあってこそ、その良さがクローズアップされるのだと思った。

このストーリーの中には、<手紙>が人と人の心を繋ぎ、それが生き物の様に息づいている。
だから、重い内容ながら、暗くならずに、自然体で現実を受け入れる事の出来る余裕を残していたのだった。

そして、小さな幸せをありがたいと思える作品に仕上がっていた。

食う、寝る、仕事する、愛し合う・・・・・・
そんな単純な事の繰り返しが、何て素敵なんだと思えてしまった。

生きていく事は、決して複雑な事じゃなくて、こんなにシンプルなのに、如何して難しくなってしまうんだろうか?

最後に流れる歌は、小田和正の
『あなたに会えて、本当に良かった・・・・』

ストーリー全体にあったかいものがこみ上げて来て、本当に良かった・・・・
ここで、ぐっと泣かせてくれた。
良い映画って、ラストのイメージが大切なんじゃないかな!



→クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-11-04 00:03 | 映画
この間書いた記事「2ヶ月目」から、まだそんなに経っていないが、今日の夕方、またしても電話があって、あの時FAXを送り、確認後に送付した書類を訂正して欲しいと言う。

もう黙っていられなくなり、何点かの追求をしたのだけれど、やっぱりお役所仕事で、担当者でさえ、訂正の意味を飲み込めていなかった。

仕方なく、リムーバブルに残してあった用紙に手を入れて書き直し、さっきFAXを送ったのだった。
もう、何も言いたくないほど、あほ臭くてゲンナリ!

霞ヶ関には、暇人が多いようだ。
そして、融通の利かない石頭の人間が集合しているようで、そういう人の集合体が日本を動かしているのだと思うと、日本の将来なんて全くあてには出来ないと思った。


→お役所仕事の嫌いな方はクリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-11-03 00:06 | 現在
一応私とは共通点のある女性友人の事。
私の友人は、私よりも強くて如何見てもわがままな人が多いように思う。
言い出したら、人のいう事なんかどこ吹く風で、全く素通りしてしまう。
今困っているのが、その中の一人からの電話で、大体午前中か、夜遅くに掛かって来ている。
自分の言いたい事だけなが~い時間をかけて話すので、私からストップするしかないのだけれど、話題の中には、すぐにお金の事が出るので、これには呆れている。

お金の事を話すのが好きな人と言うのは、どうも成金が多いと思う。
彼女も成金で一大財産を築いたのだけれど、一人暮らしなので、自分の話を聞いてうなずいてくれる人を求めるのだ。話相手が欲しいというよりも、一方的に話の聞き役を求めている。
お金に恵まれても、それだけでは幸せには成れないし、今度はそのお金を死守する事が悩みの種に成ってくるらしい。その話題に私は付いていけないし、関心も無いので苦痛だ。

また、お金があっても質素に暮らさない人はどうも好きではない。
人にはそれぞれの生き方の主義があって、お金に対する考え方も違ってくるので、そこに同調出来ないと、心の中に満たされない物が積もってきてしまう。

人の品位を決める要因として、私はお金の話題の好きな人を下品だと決めている。




メールと違って、急に受ける電話という物は、予定外の出来事となり、短ければ許容範囲だけれど、困った物。

私から電話を掛けないと、「生存確認の為の電話を頂戴!」と面白い事を言ってくる所だけが好きだけれど・・・・・




→お金の話題を嫌いな方はクリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-11-01 23:03 | 人間
<アフリカについての話は、まだまだ続くのですが,今日は別の話です。>

今日は、近くのシネコンで映画を見てから、前売り券の紹介を見ていました。
前売り券に、おまけが付いていて『武士の一分』には、圧縮されている小さなタオルが付いていて、これが圧縮されて、小さくなっているのですが、たった1分で解凍出来ると書かれています。

厳密には、<一分で使えるタオル>です。
正に、武士の一分!
誰が考えたのか、シャレにも成りません。

昔なら、グリコのおまけ~じゃあ無くて、刀のキーホルダーとか、そんな物が考えられたのに、時代の流れなのでしょうね~。


ところで、年末に封切られる『大奥』の前売り券には、A4サイズの油とり紙がおまけなのだそうです。
暇そうにしていた従業員の女子に、
「何枚位入っているのでしょうか?」と聞くと、まだ透明の袋に入ったままの油とり紙を出してくれました。
これが、レポート用紙のサイズで、20枚はありそうなのです。

「これってさ、顔を上に向けて、紙を一枚乗せて油を吸わせるんですショ!お面が出来そうだね~!」と言って、真似をしてみせました。どうも、ブギーマンのようで。(私は超ミーハーなのです。でも、いつかはソーラー族になりたいと思っているのです。ソーラー族って言うのは、ソーラー電池じゃありません。ミファソラ・・・・・のミーファーよりも一レベル上って事です。)

もしかしたら、A4サイズを細かく切って使うのかも知れない・・・・と、今になって思ったのでした。


→クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-10-31 21:27 | 映画
今日は、日本大学の秋期公開講座
『遥かなる大地・アフリカ~苦悩の向こうに曙光は指すか~』五百年の受難の歴史~深い傷跡後遺症~を受講した。

集まったのは20代から70代の男女40人で、定年後と思われる男性の姿は多かった。
講師は日大文理学部教授の青木一能(かずよし)氏で、ネルソン・マンデラ氏が昔来日した時に、迎えた方で、大学院卒業後かれこれ30年間もアフリカの研究を続けている。現在50代後半ではないかと思われる。
ところが、この時、相次ぐ問い合わせがあって「ネルソン・マンデラって、どんな歌手ですか?」と言う内容だったそうだ。
要するに、日本から遠いアフリカの事に関心のある日本人が少ないという事だった。

教授は、今もアフリカを訪れるけれど、行く度に良く成らないで、悪くなっているそうだ。
今は一人では街中を歩けないし、車でもロックしないと危険らしいが、教授は、実際には怖い目には会っていないと言う。
 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
アフリカ受難の500年史
人類発祥地の歴史は15世紀に始まる?
記録化された歴史の不在⇒無文字社会(三層言語体系)
母語・地域共通語・公用語
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
アフリカと言っても、実は北アフリカの6カ国は、イスラム圏でアラビア語を使っている。
これは、友人が東京外語大のアラビア語学科を卒業しているので、聞いた事があった。
それと、私が大昔ドバイで怖い思いをした事を話すと、彼はその背景にある『安全』について教えてくれたのだった。
(この話は永くなるのでスルー)
::::::::::::::::::::::::::
まず、母語について
母語と言うのは、日常的な会話に用いられる言葉で、文字が無くて、テキストBOOKが無いアフリカでは、細かく区切ると部族語は、700もあり、もっと細かく見ると5000もの言葉があるそうだ。
地域共通語としては、いくつかの国に渡ってスワヒリ語が使われている。
公用語とは、政府関係者の使う言葉。

ところが、ケニア・ウガンダ・タンザニアに関しては、スワヒリ語よりも英語が使われているそうだ。この辺は、時代の流れの影響だろう。
言葉について言えば、ザイールにモブツと言う名の独裁者が現れて、リンガラ語を母語として広めようとしたけれど、公用語が使われるので、公用語を普及させた方が結果として良くなったそうだ。
母語の普及は、時として政治的対立の火花を散らす原因となってしまう事もあるようだ。


→クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-10-30 22:31 | 現在
d0063550_2212156.jpg

現在『女性セブン』に連載が始まっている『令嬢テレジア』は、この本が原作の漫画だそうだ。
貴族ではないけれど、裕福な商人の娘として生まれ、スペイン人の母親譲りの黒髪の美貌と、寄宿学校をトップの成績で卒業するという頭の良さで、12歳の時には、叔父と愛し合っている。テレジアは、愛するというよりも、自分の思うままに相手を操作する方法を試した最初の男性で、テレジアとの結婚を真剣に考えて、テレジアの親に話した叔父に較べると、冷静に計算していたのだ。

その後、14歳で結婚し、愛人を次々に作って、彼らを上手く操りルイ16世をギロチンへと送ったのだった。
類稀な美貌と、冷静な頭脳で、情におぼれる事で身を滅ぼさなかったのは、かなり男性的思考の出来た証拠だと思う。

フランス革命期に、自分の思うままに生きる事が出来た女性で、マリー・アントワネットとは対照的。
マリー・アントワネットの母親は、マリア・テレジア。
令嬢テレジアは、マダム・テレジア・タリアンと言う名前。




そう言えば、私の作っている、<マリー・アントワネット>の人形は、もうじき完成する。
先週、注文しておいたカツラが届いていて、ブロンドの縦ロールのあるロングに仕上がっていた。
2色の糸で作ってもらったので、自然な色彩だった。


・・・・・・・・これは、何処かで見た事がある?・・・・・・・・


TVドラマ<のだめカンタービレ>のミルヒー役、竹中直人のカツラと同じだった。


→クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-10-29 22:54 | 男と女
つづき・・・

シャロン・ストーンは、3度の離婚の後も、養子を育てているし、メグ・ライアンもデニス・クエイドとの結婚で産まれた実子がいるけれど、2005年には、中国人の女の子を養子として迎え、女の子を育てる事を楽しんでいると言う。
既婚、未婚に関係なく、実子がいても、いなくても、養子を迎えて家族を作って行く姿には、逞しさを感じる。さすが、アメリカ!
さすが、離婚大国だから、結婚と子供の関係が、日本の様に単一ではない。
しかし、考えてみると、日本とアメリカの親子の関係を較べると、日本の様に、<跡取り>という言葉に縛られて生きる事のないアメリカでは、養子を迎える事自体の意味が、日本のそれとは、全く違うと思う。
養子を迎える人は、単に子供を育てて、楽しみたいのだと思う。
勿論、経済的にも余裕がなければ出来ないし、協力者も必要なので、やたらと真似できる事ではないけれど、孤児だとすれば、人助けでもある。自分の力の範囲で出来るボランティアでもある。
と言っても、私には他人事。


また、ウディ・アレンに関しては、(以下は、Wikipediaより引用)
映画で共演したダイアン・キートンと付き合っていたが、長く続かず破綻。その後、ミア・ファローと同居するようになるが、彼女の養子の韓国人女性スーン・イ(当時21歳)との交際が発覚し、ミアから訴訟を起こされたこともあった。ウディとスーン・イはその後結婚した。
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ついでに、書き加えると2人の年齢差は、35歳で、結婚したのが1997年で、スーンが26歳だったと思う。
私生活がぐちゃぐちゃな人だから、恋愛もハチャメチャなのだと思うと、納得出来るけれど、こんな養子との関係も、血の繋がりがないのだから、あり得るのだと思った。


ところで、マドンナが如何して、孤児ではなく、父親のいる男の子を養子にしたのかは解らないけれど、とにかく、今セレブの間では、世界中の子供達を養子にする事が流行っているようだ。

あくまでも、売名行為と成らないようにしてほしい物だ。
子供は、神様からの授かりもの?
子供は、世界中からのプレゼント?


→クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-10-28 00:39 | 現在
外国の俳優達は、肌の色の違う人間の子供を養子にする。
アンジェリーナ・ジョリーや、メグ・ライアン、二コール・キッドマンなどが既に養子と暮らしている。
また、一般の人でも、養子縁組して、外国人の子供を育てたりする。
これは、日本人では考えられない事だと思う。

今もめているのが、マドンナの養子縁組で、南アフリカの1歳の男の子は、孤児ではなくて、父親がいるのだから、今後、子供の事で、問題が起こらないのだろうか?と懸念してしまう。
でも、何かの時には、弁護士が解決するのだろうから、老婆心だ。

日本では、家族には跡取り問題があるので、子供を育てる事は、家が絡んでしまい、純粋に子供を育てる事をエンジョイしたいと言う話だけでは済まない。

だから、外国人の子供を養子にするという考えはないのだと思う。仮に、外国人の子供を養子にしたとしても、学校に行くようになったとしても、問題は起きる。

つづく・・・・・・・

→クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-10-27 00:24 | 現在

d0063550_0353233.jpg
ドリュー・バリモアと聞けば、やっぱり明るくて活発なイメージがあって、アメリカの良さそのものだと思う。ヨーロッパの奥深い映画は、活性剤にはなるけれど、アメリカのラブ・コメの楽しさは、格別で、大いに笑える。(が、笑っていたのは、私の他に2人だけだった)
レッドソックスを知らなくても、十分についていけるし、ラストシーンも可笑しいし、アメリカ的だと思う。


コメディなのだから、作り手も、観客には大いに笑ってほしいんじゃないかと思うけれど、日本人は、のりが悪くて、あまり笑わない。見ていて、面白くても表現するのが下手だと思う。

苦虫をかみ締めたような顔をしていては、喜怒哀楽の内の喜・楽を受け入れる事さえ、難しいのかな?
地元のシネコンで映画を見ていた時、友人が笑い声を挙げたら、80歳位の男性が「映画は静かに見るもんだ!」と、怒鳴られた事があったが、笑い声をうるさいと言われるのは、お門違いだ。
この時は、2人で違う席に、蛇の様に暗闇の中を移動したのだった。

ところが、今度は若い男性の話し声が聞こえてきたのに、Mr.80は、気に留めない様子だった。おそらくは、女性には注意し易かったという事だったのだ。
全く、変な話なのだ。

→笑う事が好きな方は、クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-10-25 23:44 | 映画
昨日の事、霞ヶ関にある官公庁から、電話を受け取った。
それは、2日月前に既に送り終えた書類の訂正についてだった。


訂正ったって、ね!
2ヶ月も経っているんです。まともに仕事をしていたら、一週間以内に電話位よこすでしょう。

という事は、その2ヶ月間に私が提出した書類は、どう成っていたのでしょうか?

1、担当者の机の上に、堆肥の様に埋もれていた。紛失する
2、<後回し>と言う名の箱に押し込まれていた。
   この箱は、満杯で、新しい箱まで、用意されている。
3、担当者が、長期の出張で不在だった為、引継ぎが出来ていなかった。

3は、場所柄ありえないだろう。
おそらくは、担当者がじっくりと、暖めて置いたのだと思う。

国家公務員のお気楽さは、通用しませんわ。一般社会では。。。。。
でも、こうして一般社会にいる私は、振り回されてしまうのだから、<ばかばかしい>とは思うけれど、お上には、盾つけません。
勝つまでは!と言いたいけれど、本当は、お金を受け取るまでは!です。



→お役所仕事の嫌いな方は、クリックお願いします!(まじめにやれーーーー!)
[PR]
# by sea1900 | 2006-10-24 21:33 | 現在
2週間程前、いつもの美容室に行くと、最近入った20代の小柄の美容師が、グリーンの半袖のTシャツを着ていて胸の模様がぐちゃぐちゃしていたので、気に成った。
そして、そのぐちゃぐちゃ模様と同じような長袖のTシャツを、グリーンのTシャツの下に着ていた。
<へ~ぇっ、片袖だけの長袖のTシャツなんだ。>と、私は遠くから見ていたら、長袖は、実は、刺青だったのだ。

そうしたら、そこにいた20代の美容師も、腰パンが下がって、見えたのは刺青だった。
これも、流行なのか?
d0063550_0185516.jpg


今日、20代のごく一般的な男子と話をしていて、刺青について、意見を聞いたら、
「seaさん、僕、TATTOOの本を持ってますよ!」と言って、貸してくれたのだった。
紀伊国屋で売っていた本で、<タトゥー・スタイルブック>紋様大解説と小さく書かれている。

ドラゴンや、ギリシャ神話、野獣、昆虫、ハートや天文記号、産業記号等の図形、
象徴・道具、悪魔、キリスト教、ケルト、エジプト、道教、ルーン文字やマヤ文字と・・・・・かなりの種類があって、お見事な絵だ。深く考えると、思想的だし、芸術のようにも思える。

その他の多くのタイトルが、私を圧倒した。
一つ、一つのTATTOOに、皆意味があって、それは悪いとは思わないけれど、TATTOOは、一生、消えないのだ。
人生後半を迎えているのなら、まだ良いが、20代の若さで決めた図案に、飽きは来ないのだろうか?と懸念してしまう。

まあ、好きでやる事だから、構わないけれど・・・・
昔のやくざの刺青の柄とは違う。
しかし、これらのTATTOOに、一生縛られて生きる事は、自分を小さな世界に押しやる事だと思う。

人体が芸術品ならば、そこを彫って刻む事は、<魔法をかけられた肉体>と成るのだろうか?

まあ、ごらんあれ!
d0063550_0415394.jpg

余談ながら・・・・
昔、私のおじは、若気の至り(自分で言っていた)で、小さな刺青を腕にしていたのだけれど、結婚する時に、消したいと思い硫酸をかけたそうだ。そのひっつれを見せてもらった記憶があった・・・・


→クリックお願いします!
[PR]
# by sea1900 | 2006-10-23 00:45 | color
最近は、眠くて眠くて、PCに向かっても、すぐにふにゃふにゃプーとなってしまう。
昨夜は、寝床に<ワイン入門>の本を持って行き、読んでいたら、ワインよりも面白い表現をしているチーズの話が出ていた。

    *      *      *


おいしいチーズ
日本人には、なかなかチーズはなじみにくいですが、納豆が好きな人なら、ほとんどのチーズはいけると思います。
ポピュラーなゴーダチーズばかりでなく、ワインにあうチーズは、もっともっと沢山あります。
初心者は、においも味もマイルドなカマンベールがいいかもね。
カマンベールにもいっぱい種類があるのだ。

次に選ぶとするとブリーかな。
ちょっと塩っぽく、中身がトロトロの、外見はカマンベール。
切ると外側は、黄色っぽいとろりのバター味、内側は白いチーズケーキ状の酸味のあるもの。

さて、いよいよ牛の中で最もコクがあり、くっさーいのが、ウォッシュチーズ。
でも、この臭さがいい。(くさーい、でも、うまい!)
焼酎と一緒でどんどん臭いやつが好きになる。

この臭いやつを克服すると、次に食いたくなるのが、ブルーチーズ!
これもいっぱい種類があって、マイルドタイプ、ブルーとブリーの中間、ど強烈、ど超臭級。
しかし、チーズってのは、いくら臭くても自分が食ってる時は、いい。

人が食ってるところに(特に臭いやつ)知らずに足を踏み込むと、「うっ、くせー!何だー、ここんちはっ!」と、誤解されるので、みんなが揃ってから食べ始めましょう。


ブリーもウォッシュもブルーチーズも卒業し、もっと強烈なチーズを極めたいキミには、山羊チーズ!
その味と言ったら、「これは、結構食べやすいよ」と、勧められても、「うげ・・・・・」
そーとーすごかです。


くっさい牛のチーズが、臭い靴の臭いとしたら、山羊チーズは、ずっとはいたすっぱいストッキングの臭いかな。
あるいは、山羊のケツに、直接食いついてるって感じでしょーか。

山羊チーズも、いろいろありますが、どれも、慣れるには結構かかるかな・・・・・
しかし、一度その味のとりこになると、病み付きだって・・・・

番外編としては、
すごいオレンジ色の、ミモレット(カラスミの味)
超ハードタイプのコンテやカンタルも、コクがあって、うんまいどー。

フレッシュなカマンベールは、生麩の様で、もっち、もっちとうまい~
ハードタイプのカマンベールは、サラダに乗っけて食べよう。

その他にも、いろーんなチーズがあるので、(ナッツ系もある)好きな物を見つけようねー)
ブルサンのガーリック味はうまい!
スパイス味はちょっと辛すぎる。

    *      *      *

チーズは、他の動物性脂肪に比べると、消化吸収されやすくて、すぐにエネルギーに変わって、体につきやすいそうだ。
ワインを飲む人の、肝臓の働きを良くするように、助けているとの事。

チーズが食べたくなったところで、今日は、お・し・ま・い!

→山羊チーズを食べたいと思った方は、クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-10-22 23:35 | 現在
ボジョレーヌーボーの解禁日が近くなった。
昔、ボジョレーヌーボーと聞いて、私は、そういう名前の酒があるのだと、勝手に決めていた。
ところが、ボジョレー地方で採れるワインだと解り、それならば、数も限られているのだろうと、またまた推測していたのだった。
しかし、実際にはたくさんのワインがあって、いざ、予約しようとすると、簡単には決められない。そうして、最近では、リーフレットだけが、溜まっている。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

キリスト教とともに、ワイン作りが広まった。
フランスのやせこけた土壌でも栽培する事が出来るカベルネ種の原型とされる品種のブドウが栽培された事は、4世紀頃からのワイン作りに影響している。
キリスト教に於いてワインは、「聖なる水」であり、「イエスの血」の象徴。
その為に、教会や修道院では、ワイン作りが盛んに行われ、それは、キリスト教の普及の為にワイン製造に力を入れる必要があったのだ。・・・・・・そうだ。

そういえば、キリスト教のミサでは、最後には、パンに見立てた薄いパン(ほとんど、味は無いと思う)と、ワインを神父の手から頂いている。

つづく・・・
→クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-10-21 23:30 | 現在
社会ニュース - 10月19日(木)18時38分 ニュース記事写真動画トピックスNewsWatch 条件検索

<ピカソ名画>「夢」破れる 持ち主が過ってひじ鉄

 【ロサンゼルス國枝すみれ】米ラスベガスのホテル王で美術品収集家としても知られるスティーブ・ウィン氏(64)が、1億3900万ドル(約165億円)で別の収集家に売却する予定だったピカソの名画「夢」に過ってひじ鉄を食らわせ、破いてしまった。事件を目撃した友人がインターネットのブログに書いて詳細が発覚した。
 「夢」は、ピカソが1932年に愛人マリー・テレーズをモデルに描いた名画。ウィン氏は97年にこの絵を4840万ドル(約58億円)で購入し、長年大切にしてきた。もうすぐお別れとなる絵の前に立ち、友人らに説明していたところ、過って名画の真ん中に直径数センチの穴を開けてしまった。結局、契約はご破算となり、名画は修理され、ウィン氏の元にとどまることになった。
 ウィン氏は穴を開けた瞬間、「何てことをしてしまったのか。でも(破ったのが)私でよかった」と話したという。
(毎日新聞) - 10月19日18時55分更新

* * *

こんな事があるのが、人間の世界だと思う。
ウイン氏の余裕のあるセリフを聞くと、売れれば100億円以上の儲けだったのだから、悲惨とも余裕とも、受け取れる。

絵画の収集家は、投資として収集しているのだから、ピカソが知ったら、如何思うだろう?

不思議ダイスキ人間のseaは、昨日、知り合いの看護士から不思議な話を聞いたのだった。
看護士は、ガン病棟で働いているので、ガンの話に成った。

ガンだからと言って、悲観する無かれ!

看護士は、今までに出会った不思議な話をした。
ある日、何もしないのに、ガンが治った人がほんのたまに、いると言う事だった。
如何考えても不思議で、<不思議ダイスキ.パルコ~>なんて、言っていられない!

それで、医師も看護士も、奇跡的な回復を、また誰かが果たさないかと、思っているそうだ。
奇跡は、人の心に希望という喜びを与えてくれている。


ピカソが与えてくれたのは、芸術と言うよりも、<投資>という文字のようで・・・・



→クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-10-20 00:22 | 人間
都内に住む30代男性とは、趣味の教室で知り合った。
彼の仕事のホームページを見てみると、何と出身地が私の住む町だったので、次に会った時に、その話をしたのだった。そして、その流れで、この町の話になった。
そして、今度は誕生日の話になったら、何と、全く同じ日だったのだ。これまた、びっくり!これまで、私は、自分の誕生日と同じ誕生日の人に、出会った事が無かったので、何だかカンド~!(←既に、死語!)

そして、今日また出会い、彼の口からは、更に面白い事を聞いたのだった。
それは、私の母の実家のある町内に、彼の母親の実家がある事だった。
同じ町内にある、2軒の同じ苗字の家が、私と彼のルーツだったのだ。
母方だとは言え、偶然なのだろうか?

この話を聞いていた別の人達が、「何代か前は、一族だったでしょうね!」と言ったが、正にそうで、私と彼とは、何かのご縁があって、都内で、偶然に出会ったのだろうと確信してしまう。

こんな事ってあるんだな~

彼は、フレンドリーで、すごく低姿勢で、感じが良くて、模範的。
その点も、私に似ているかな~(これは、悪いジョーク!)

低姿勢の彼は私に言った。
「○○市のお祭りなんかで、偶然に会えるかも知れませんね!その時は、よろしくお願いします。」
実に感じが良いのだ。
もしも、この町で、出会う事があったら、更に面白いだろう。


そう言えば、10年以上前に、市内のスーパーで買い物をしていたら、突然、知らないおば様から声を掛けられた事があった。
おば様の知り合いの女性に、私が瓜二つだそうなのだ。
私に、「姉妹はいませんか?」「いとことか、いませんか?」と、かなりのしつこさだったから、本当に私に似ていたのだろう。

私だって、出来る事なら、自分のコピーみたいな人に、会ってみたいと思う。
でも、実際に会ってみたら、お互いに似ていない箇所についての話をしそうだ。

<自分に似ている人は、この世に2人いる>という話があるけれど、これも、何かのご縁なのかも知れない。
御縁というのは、御円と書いても良いと思う。
人と人とが、円のように繋がっていて、それが基本になっているのかも知れないと思うと、嬉しくもあり、離れられないしがらみの上で生きているのかと思うと、少し、うっとおしさを感じる。


今日見た映画「美しい人」は、9話から成るオムニバス映画で、愛、希望、孤独等を描きながらも、1話毎の女優同士が、実は、大きな繋がりを持っているという話だった。
オムニバス映画は、成功の是非が問われるが、9話という長さは、失敗ではないだろうか?

だらだらと成りすぎて、大切なご円が、間延びしていたようだ。

そんな訳で、<御縁>は、きれいな形の<御円>に限りたいと思う。


→この記事を読んで、御縁を感じる方は、クリックお願いします♪
[PR]
# by sea1900 | 2006-10-19 00:19 | 人間
私の住む町では、車が絶対に必要な交通手段になっていて、私も車を運転しない日は、あり得ない。
シネコンやスーパーに行くと、出入り口の一番近くに、障害者用の駐車スペースが必ずあるのだが、ここが異常に混んでいる。それは、一般の人が出入り口に近いからという理由で、ずうずうしくも、駐車しているのだ。

『ここには、置かないで下さい』なんて書いてあっても、どこ吹く風!
本当に障害者なら、障害者シールをガラスに付ける義務があるのに、シールどころか、付いているのは、鳩の糞だけ。<笑>

見ていると、体格の良い大男が車を置いたり、ヤンキーなお姉様が車から降りたりしている。(←何処に障害があるのさ!)
こういう光景を眼の前にすると、本当は一言、言ってやりたいのだが、最近の人に、まともな日本語は通じないし、もしも、『グサッ!』とやられてしまったら、バカバカしいので、そのままにするしかないのだ。

最も、近くに駐車場係りのおじさんがいれば、その人に言うとしよう。
ところが、ウィークデーには、おじさんの姿を見る事がないので、結局は、公共心の無い人を放置するしかないのだ。

アメリカなら(州によっても違うけれど)こういう事をすると、罰金20万円が課せられるというのに、日本の事情は、なんて情けないのだろうか。
罰金制度は、かなり合理的だと思うし、日本も見習うべきだ。
取り締まりを強化しなければ常識の無い人が増え続けるとは、と・ほ・ほ・ほ・・・・

また、ロサンゼルスでは、車道が3車線だったり、4車線だったりの場合、複数の人が乗っている車は、追い越し出来るレーンを走れるが、1人で、車に乗っている場合は、走れない。
乗り合いを奨励しているので、こんな方法を取っているらしいが、もしも、これを日本でも真似すると、正直に守る人は、ほんの一握りしかいないだろう。

そういう意味で、ボランティアだとか、公共心だとかに対して、意識が低い日本人は、やはり、島国根性だけを持って、生き続けるのだろうか?
ぶっ飛んで考えると、300年間の鎖国は色々な面で、悪影響を及ぼしていると思うしかないのだろうか?


→クリック・クリック・クリックして下さい!
[PR]
# by sea1900 | 2006-10-18 00:05 | 現在
私は、おBAKAに、物申したい。

昨日もそうだった。
3人掛けのベンチがあって、1人分には、おばさんが普通に腰掛けていて、残りの2人分には20歳位のアンチャンが座っていた。
今時良く見かける風景だが、人事として見る時は、まだ良いけれど、いざ、自分も座りたいと思う時には、困った物だ。
しかし、seaは、変な遠慮はしない事にしている。
それで、アンチャンに「すみませ~ん!」と明るく声を掛けて、半ば強引にアンチャンのお尻が30パーセント位は乗っているベンチに、腰を下ろした。
やや、強引だったけれど、アンチャンは、少しでも譲ろうとしないのだから仕方無い。
アンチャンは無言で、何か読んでいて、その手はそのままだった。
アンチャンに限った事ではない。オネイチャンもそうだ。
自分の事だけしかオツムに無くて、周りが見えない人間は多いと思うけれど、困ったものだ。

10日位前の日、週1で通っていた歯科医の所で、事件は起こった。
受け付け用の紙で出来たカードを、私は時々忘れるのだが、その事で、受付嬢が怒り出したのだった。
物には言い方って物がある。
受付嬢は言った。
「seaさんだけですよ!いつも忘れたりするのは!他には、だあれも、いないんですよ!私にこんな事を言われて、恥ずかしくないんですか?」20代半ばのオネイチャンにこう言われて、昨夜の悪酔いが、ぶり返してしまった。

オネイチャンの辛らつな目つきと言葉は、まだ続いた。
「次の予約は?」と言った私の言葉を無視して、「カードを持ってきてから、予約は取りますよ!」と大威張りを始めたのだった。非常に意地悪な言い方だった。
普段は大人として、恥ずかしくない態度を・・・心に決めている私だったが、ブチキレタ!
診察室の方に向かって、私は怒鳴っていたのだ。
「先生!カードの事で、こんなに言われなくちゃあ、いけないんですか!おかしいですね!」
歯科医は、60歳過ぎで、私とオネイチャンの話を聞きながら、下を向いて、うなずきながら、患者をなだめる位はすべきなのに、オネイチャンには、何も言えずに、患者を無視して、さっと元に場所に帰ってしまったのだ。
かなり無責任だ!

私は唖然として、一連の流れに、再度切れた。
そして、言葉を付け足したのだった。
「貴方は、患者からのお金で、給料をもらっているんだから、口の利き方を考えなさい!
いつも、感じが悪いけれど、この医院だから、貴方は務まっているんですよ!
色々な患者がいるのだから、臨機応変に対処出来なければ、いけないし、それがお勉強になるんです!
自分の思ったとおりには、世の中はならないんだから、その事を良く考えなさい!
年上に対する言葉使いを勉強し直しなさい!」
私の声はかなりでかかった。

オネイチャンはひるむ様子も無く、言った。
「この話、受ける~ぅ!」

<はっ!>最後の一言を聞いて、私はこの世に将来は無いと思ったのだった。
それで、
「面白いでしょ!おばさんの話は!為になるでしょ!」と付け加えたのだった。

BAKAが横行し、当たり前の様に自分中心にしか、考えていない。
このオネイチャンの母親の顔が見たくなった。(←しかし、きっと親も同類だから、絶対に見たくないけれど)

この事件から何日間か、私は気分が悪かったが、人形教室の先生に話すと、「そんな事、よくある事だよ!」と宥められ、それから記憶が少しづつ、薄れたのだった。
ああ~みんな苦労してるんだな~!

勿論、こんな歯科医の所には、もう行かない。
医者も患者に選ばれる時代なのだから。


→常識的な行動をしたいと思っている方は、クリックして下さい!
[PR]
# by sea1900 | 2006-10-17 00:01 | 現在


d0063550_0244390.jpg
靴が自分の足にあっているか、否かは、難しい問題だ。
例えば、服ならば、多少のサイズの違い等があったとしても、健康を害する程の問題には成らないが、靴だと、そうはいかない。
最近、TVショッピングで、気に入った(おそらく、大丈夫だろうと思われた)アメリカ製の靴の中敷を見つけ、この所、使用している。
但し、思ったよりも固い材質なので、クッション性が無いのだけれど、土踏まずのアーチが3種類あって、取り替えられる点がベター。お値段はワースト!着払いで、6600円だったのだ。

今日は、秋用のジーンズをはいて、少しソールのあるスポーティな革靴を履いていた。その靴の中にこの中敷を入れると、初めは、少し窮屈な感じがしていたが、そのまま、新宿の高島屋のテアトルに行った。
作品は、ヴィスコンティの生誕100年祭として、<山猫><ルードヴィヒ><イノセント>を11月2日まで上映しているので、その内の<山猫>と<イノセント>を見たのだけれど、<山猫>は187分、<イノセント>は124分で、その間はたった15分しかなくて、サンドイッチも買う時間が無かったのだ。
日曜日の人ごみは、久しぶりに出会うと凄まじい。いつも、ウィークディにしか映画を見ない私にとっては、非常事態のように思えた。

映画の感想は、映画に比例して、じっくりと書かなければいけないと思うと、今簡単にはまとまらない。
一言で表すと、そういう映画だった。
昨日見た『ブラック・ダリア』が、今日見た2作品と比べると、何とも惨めに思える。ありぁあ、何だったのか!
脚本がしっかりしていないと、どんなに有名な俳優を使っても、解りづらい映画になってしまう。
例えば、タルコフスキーの<サクリファイス>の難解さとは、比べようも無く低レベルに終わっている。完全なる失敗作だろう。



私はいつも、映画を見る時は、靴を脱いで、足首を回したりしているのだけれど、今日もそうしていて、終わりそうになって、急いで靴を履くのだった。

映画が終わり、館内が明るくなった。私の席は中央の一番後ろだったので、すぐ隣は階段になっている。何気なく、眼が向くと、そこには左右をきちんと揃えた靴がおいてあったのだ。それが、とても可愛らしくて良かったのだ。

お靴を脱いで、映画を鑑賞!お靴を脱いでいたのは、厳しいおっさんだった。きっとお靴を揃える事は習慣なのだろう。

映画館も、音響や映像にばかり力を入れないで、シートも機能的で、足置きの付いている物でも考えてほしいと思った。





→イタリアに行って、靴を探したい方はクリックして下さい!
[PR]
# by sea1900 | 2006-10-16 00:04 | 現在