ブログトップ

海の上のピアニスト

sea1900.exblog.jp

力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

<   2007年 01月 ( 16 )   > この月の画像一覧

実在のクリス・ガードナー(1954年生まれ)はガードナー役のウィル・スミスよりも肉付きの良い体格で、ウィルよりも視線が強いようだ。
アメリカのサクセスストーリーとして見ると、こういう話はたまにあるのだろうが、そこにまだ小さな子供をつれているから、父親と息子の愛情物語になっている。

現在億万長者になったクリス・ガードナーが投資会社へ転職した当時の思い出が原作だ。
しかし、あくまでも映画ではサクセスストーリーと愛情話を絡ませているのだが、前者が前面にあり、子供はオマケのように感じられた。

ウィル・スミス親子の演技は良かったけれど、ストーリーのメリハリがなくて、最初から最後までハイテンションだった。
それは、仕方ないかな?と思うが・・・・・
クリスの心情を映しているようで、夕方並んで順番待ちをしなければならないあわただしさや、研修生20人中1番でなければ雇用されない事や6ヶ月間で結果が出るという時間との絡みを並行させているようだった。


「メディアの中には私の人生を、無一文から大金持ちになった出世物語として描くものもある。」
と、クリスは言う。「そこが重要なパートではないのにね。大事なのは、私が子供のために尽くしたということだ。人の親ならみんな同じ思いを共有しているはずだよ 我が子のための存在でありたい、とね」

子供がいたからこそ、クリスは頑張れたと言える話だ。

クリスは元々頭が良かったので、自分の人生の中で、チャンスを逃さなかった話だとも思うが、ミシンより大きいサイズの骨密度計量の機械を盗まれ、いつも走って取り戻すスピーディな展開が面白い。

アメリカ映画の面白さが十分楽しめる映画だった。






→押してワン!
[PR]
by sea1900 | 2007-01-31 16:52 | 映画
愚痴の一つもこぼしたい・・・・・・
人形教室での話。

ここでは、私は自分のプライベートな事については話さない。
特に自分の仕事については極秘にしている。

忙しい仕事があって、適当に小遣いがあるって事位は話すが、それ以上の話となると、おそらくはしつこく質問される事が予想されてしまい、うるさくて面倒くさいのだ。



ところが、私に興味を抱く人がいて、とにかくしつこく聞いてくる。
この人は知的で、明るいのだが、自分の考えでしか物事を考えないのだ。
安定企業について、安定した日々を送る事しか考えていない。そして、それが一番良いと信じきっているから、私のような山あり谷ありの人生等、到底この人の脳では理解できないだろう。
それで自然に日時をはぐらかして、会わないようにしている。
<しまった~>と思ったのは、プリーツ・プリーツの服を何枚も買い過ぎて、何十万円も支払い、ほとんど着ないなんて言ってしまった事だった。

あっという間に、全然関係ない人にまで話しているのだから、呆れてしまった。
口は災いの元。
鈍感は罪だと思う。
ついでに言うならば、学歴=知的ではない。
相手への思いやりがあってこそ、会話は楽しい物だろう。

最後に、
Do as you would be done by.
と言いたい。
(ああ、少しすっきりした===)






→押してワン!
[PR]
by sea1900 | 2007-01-29 01:18 | 現在
昨日は忙しかった~

仕事がらみで知人宅2軒を回り、11時からは親類の家の法事に出かけた。
浄土真宗のお寺に行き、簡単な説教を聴き、墓参りをする。

このお寺は、この町の古いお寺で、お坊さんはなかなかの人格を持ち合わせている。
ところが同じ境内に住む息子夫婦とは絶縁状態になり、急遽、既に嫁している娘を坊さんに仕上げ、跡取りとしたのだった。娘さんは子持ちだったので、さぞかし坊さんになるのは大変だったろう。
息子夫婦は付随する幼稚園経営だけをしていて、坊さんの息子はお盆でも、重なる葬式にも関知しない。

まあ、よその家の事だから関係ないと言えば関係ないのだけれど・・・・・
そんなにシコリが出来ているなんて、高齢のお坊さんはかわいそうだと思ってしまう。

さて、墓に行くと・・・・・
墓地に入ってすぐに、何だか大きなお墓があるのだが、これは地元のヤクザの墓で、8畳位の広さの中に、すくすくと育った大きな樹や石塔が何本か立っているのだ。
威圧感はお墓にも出ていて、<よく現れているなあ~>それよりも、<隠せないな~>と思ってしまった。

そして、墓参りが終わると、近くの和食屋に行き、献杯で始まる昼ごはんを食べた。

私の弟が食べながら、「これだけか?」としつこく私に聞くので、「裏に行って聞いてくれば!」と言うと、本当に裏に聞きに行った。

亡くなったパグの火葬の時間が迫ってきたので、私だけ先に失礼して、この後出てくるだろう揚げ物とそばやデザートに思いを残し、帰宅せざるを得なかった。

車で40分位の所にある火葬場には、20代の男子にも一緒に行ってもらい、1時間以上の待ち時間を近くのレストランに行き、2人で<精進おとし>だと理由をつけて食べ始めた。
私はコーヒーを飲みたかったので、ドリンクバーとケーキを食べ、男子は石焼ペスカトーレのセットを食べた。
味見に少し貰ったら、これが美味しい。気の毒かと思い、私のケーキをおすそ分けした。

そして、3時半頃骨になった晴美を迎えにいき、帰宅してから見た晴美に、
「こんなに可愛くなっちゃって!」と声を掛けた。
まあるい頭が本当に可愛らしかった。
しかし、骨になってしまうと、本当に諦めが付く物だ。


晴美のいた部屋のサークルや敷いてあった毛布は既に友人達が取り除いてくれていた。

そして、晴美に帰る事のない毎日が既に始まっている。







→押してワン!
[PR]
by sea1900 | 2007-01-29 00:54 | 現在
千の風になって

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

あの大きな空を
吹きわたっています

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨日の朝、冷たくなっていたパグの晴美を今日は火葬してもらい、家の庭に落ち着かせた。
昨年から何匹かの犬を土に返し続けたが、晴美は特別な犬だったので、
私にとっては、思いいれが大きく、悲しみも深い。
しかし、この歌のように、風になっていつも吹き渡っていてくれるかと思うだけで、心休まる物だ。


晴美という名前は、ひたすら明るい気がしたので付けたが、名前通りの性格だった。
土に返し、線香に火をつけた時、それまでは静かな温かい一日だったのに、さっと風が吹いたような気がした。
晴美が食べ物の香りではなく、線香の香りに乗ったのかと思うと意外。



そして今、少し前に買っておいたイタリアワインTorciano2000CARMIGNANOをしたためながら、晴美がおこちゃまだった頃を思い出している。
このワインは、後味がすっきりしていて、やや熟成している。

如何して犬は可愛いのかと思うと、犬の知能は最大でも成犬で2,3歳しかないから、余計愛おしくなるのだろう。
2,3歳の子供に私の10年間を支えて貰ったと思うと、更に感謝したい気持ちになる。


キースのケルン・コンサートのピアノの音色が何ともぴったりの夜を迎えた。






→押して~
[PR]
by sea1900 | 2007-01-28 18:33 | 現在
ソフィア・コッポラ監督は、マリー・アントワネットの眼からみた世界を描きたかったそうで、事実、大仰な歴史時代劇にはならず、14歳で輿入れしたマリーの若さやそれが幼さとも重なった女性の生き様を描いていた。<popで軽やかな青春映画>とあるが、確かに軽い。

ソフィアの手にかかると、仮面舞踏会もディスコののりだし、これならば、もっと全体をファンタジーでくくってしまった方が良かったのでは?とも思う。
その点が中途半端な出来に成っている。

今でもフランス国民は、<マリー・アントワネットの処刑は正しかった!>と言う考えが根強いそうだ。しかし、私は昨年読んだ本を思い出すと、フランスが財政難に陥ったのは、マリーの浪費だけではなく、ヴェルサイユ宮殿の莫大な建設費、先王からの戦に関わる支出、ルイ16世のアメリカ独立戦争への援助、などが主な理由だったようで、マリーやルイ16世、その他の貴族達を処刑した事は、眼に見える敵として認知させただけの事だったと思う。

そういう意味を思うと、マリーは世界中から愛され、世界中から憎まれた王妃だが、運命にもてあそばれた唯の一女性だったという事には他ならない。
政略結婚を否定する事の出来なかった時代だから、全ては与えられた運命の中でしか生きられないのだ。

色彩、音楽についてはおしゃれで、モダンで良い。
<マカロン>パリに行ったら、食べてみよう。
ヴェルサイユ宮殿の中が見られるので、視覚的にはお勧め。






→押して~
[PR]
by sea1900 | 2007-01-27 00:19 | 映画
d0063550_17335915.jpg


ソフィア・コッポラ監督の昔の作品<バージン・スーサイズ>でもキルスティン・ダンストが光を放っていたが、歴史映画として捕らえていない今回の<マリー・アントワネット>でも、キルスティン・ダンストのチャーミングさが輝いていた。

ソフィア監督のお気に入りのキルスティンに演じさせたソフィア監督の描く<マリー・アントワネット>は、一人の女性の孤独や喜びと言った現代にも通じる姿を描いている。
但し、場所がヴェルサイユ宮殿だった事が唯一の違いだ。

何処の国にでもある政略結婚は、ハプスブルグ家に生まれたマリーを、ブルボン家に嫁がせる。マリーの母親マリア・テレジアは如何してマリーを選んだかと言うと、王太子ルイの年齢に、マリーが合うからという理由だった。
初めてフランスに入ったマリーはフランスの国色であるブルーのドレスに身を包んだが、その後は、ほとんどピンクのドレスしか着なかったと言われている。


つづく・・・・






→押して~
[PR]
by sea1900 | 2007-01-24 17:58 | 映画
昨夜9時から、前から宣伝していた番組「グーグル革命の衝撃▽あなたの人生を検索が変える」を観た。
グーグルが検索サイトとして急激な発展を遂げ現在世界一位。
グーグルが利用される回数は、一日10億回とも言われ、多くの人が買い物をするにも、何か調べるにも検索結果を参考にしている。
そして、企業にとっては、自分の会社が検索順位の上位に載らなければ意味がなくなる。
小さな会社が突然それまでの売り上げの何十倍に急成長したり、逆に上位にランキングされていた会社が突然、検索されなくなったりと、変化が起こっている。

急に検索されなくなくなった会社は倒産の危機にあうことになったが、グーグルはその訳を明かさない。
また、中国で、<天安門事件>をグーグルで検索したとしても何も出てこないそうで、明らかに操作されている事が言えるのだ。

グーグルのスタッフの夢は、<グーグルの世界><グーグルの政治><グーグル王国>などと、グルグル続いていたが、夢だけならば構わないけれど、<グーグル独裁>を連想してしまう。

私達が検索する事と同時に、私達の情報もグーグルに集約されている現実を思うと、SF映画のようで、この先にあるものはよからぬ世界なのではないか?という懸念が生まれてしまい、アーミッシュの方がよほど、まともなのではないかと思えた。

キャッシュやカードのない買い物も既にアメリカでは可能で、それだけ自分の情報をグーグルに流している故の出来事ともいえるし、それ故の犯罪がこれから増えない事を望むだけだ。
<便利さ>とは、逆手に取られると、別の<不便さ>を生み出すだけになる。

全体的に一つの警告のように感じてならない番組だった。







→押して~
[PR]
by sea1900 | 2007-01-22 22:41 | 現在
今朝、最近になって下痢続きのパグを隣町の女医さんに診てもらおうと連れて行った。

1週間位前には、近くの一般的な獣医に診て貰い、大した事はないからと言われ、投薬で下痢は止まったものの、また再開してしまったのだ。

それに、このパグの主治医はあくまでもこの女医さんなのだから、やはり診て貰いたかった。

5,6年も前になるが、パグが脊椎損傷で下半身不随になった時には、レーザー光線治療(弱い光線をつぼに当てるだけ)をボランティアで施してくれた赤ひげ先生でもある。
営利目的の獣医師が多い中で、医者本来の姿を保つ事にプライドを持って生きる姿をみると、何とも嬉しい気持ちになるのは私だけではないから、この先生のファンは多い。

脱水症状もあるので点滴もお願いして、20分位の間、時々動き出すパグを私は抑えていた。

そして、先生に この間の言うなれば虐待されている犬の事を話し始めた。

イギリスでは短い紐で繋がれている犬がいると、すぐに<虐待>として訴えられるのに、日本では普通の事として問題にもならない。犬を飼う歴史が違うのだが、ヨーロッパのように、犬と共存する事が自然に出来る国はうらやましい物だ。


犬の世話が出来ないのならば、出来る人にゆだねれば良いと思うけれど、虐待する人はどうも手放さないようだ。
人間の場合も同じで、自分の子供を虐待する親は、子供を手放して施設にでもお願いすれば良いと思うが、決して子供を手放さないそうなのだ。

不思議な心理だと思う。(とほほほ・・・・・)
ぞっとする話でもある。


先生はその辺の心理のセミナーを今日の午後に受講する予定だったので、また訪ねた時に聞いてみたいと思う。






→押して~
[PR]
by sea1900 | 2007-01-20 23:46 | 現在
昨年の11月頃からどうしても気になっていた事があった。
そして、それは昨日のクライマックスを迎えて、私の脳から吹っ切れたのだった。


知人の家に行く度に見かける裏どおりに面した家の、狭い庭につながれた犬の事だった。

リード1m分の自由しかなくて、散歩に連れて行ってもらう気配さえないし、周りは一面便だらけ。壊れた小さな木製の犬小屋は、既に壊れかけていて、正にホームレス状態。軒のある場所ならまだ良いけれど、家の壁の隅っこだから、冬は陽の当たらない寒さが小さめの犬の体温を下げる。

3年くらい前には、この犬小屋に中で子犬を生んだようで、少し経つと身の自由な子犬達は、母親にじゃれ付いていたのだった。

1mの自由の中での子育ては、やはり哀れで可愛そうでならなかったが、まだ、この時が温かい時期だったので良かった。

2週間ほど前の土砂降りの日、犬は壊れた犬小屋に入る事も出来ずに、全身びしょぬれになっていて、この時ほど、<何とかしなければ成らない!>と思ったのだった。


そして、ごく最近になって、犬小屋が犬のリードの範囲から遠くに動いてしまい、入る事も出来ずに、寒い朝を迎えたのだった。

昨日、この家の女主人にドアホン越しに、「犬を譲ってください。」
と頼んでみたが、答えはno!で、<番犬にしているから上げられない。>という。
そして、初めてこの犬の年齢を聞いたのだった。

『14歳』うめずかずおの漫画じゃないけれど、もっと若そうに見えても『14歳』を迎えた老犬だったのだ。
この際、譲ってもらえれば何歳でも構わないし、せめて余生をNOリードで、私の住む家の庭で自由にさせてあげたかったし、家の中では冷暖房で快適に過ごさせたかったのだ。

昨日犬を譲ってもらえたならば、まずは虫下しを飲ませ、シャンプーをして、おいしい物でも食べさせ、3日位したら獣医の所へ連れて行って、フィラリアの検査を含む健康診断を受けさせたいと思っていたが、この犬の状況が変わる事はなかった。
勿論、私の時間やお金がかかる事になったとしても、救えないよりも良い。


動物を飼うなら、「それなりの思いやりをもって可愛がらないといけない!」なんて、今更言うのはあほ臭いが、「今にバチがあたるぞ!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして、私はアフリカの黒人差別を思い出した。

昨年受講したアフリカについての講座を思い出すと・・・・・

白人達はアフリカの人を人間として扱わなかった。と言うよりも人間として思っていなかった。
という一節があったが、人間として思う気持ちがあったなら、奴隷として利用するなんてあり得なかったわけだ。

アフリカは日本からは実際に遠くて、存在さえ遠のいている。

しかし、2回目の天安門事件の原因が、実はアフリカからの留学生の待遇に原因を発していた事を知る人は少ないのではないだろうか?
世界は繋がっていて、微妙な関係を保っている事を思わなければ成らないと思いながら、この辺の事をここにまとめてみたいと思いながら、何日も経ってしまった。


犬を生き物として接する事も出来ない人間を見ると、その家の子供達の将来さえ、危ぶまれてくる。この辺も切れない糸で繋がっている事実なのだと思う。
<命の大切さ>の授業を受けたとしても、家に帰れば汚くて触る事も出来ない犬を見て、一体どんな愛情を感じるかと思うのだ。






→押して~
[PR]
by sea1900 | 2007-01-19 01:43 | 現在

d0063550_132598.jpg
50代後半になるアニエスカ・ホランド監督が描いた<ベートーヴェン>は架空の写譜師アンナという23歳の女性から見た姿を描いている。
ベートーヴェンには、実際には何人かのお気に入りの写譜師を抱えていたようで、それが如何してアンナという若く美しい女性に変えられたのだろうか?

それは監督が女性なので、女性が共感出来る<ベートーヴェン>を描きたかったのだとしか思えない。

アンナには恋人がいるけれど、橋の設計をする彼には、アンナの音楽の世界は理解出来ないし、アンナも彼の作った橋のサンプルを見て、心が動かない。
アンナがベートーヴェンの身体を洗うシーンはやりすぎだと思うが、こういう風に、2人は<音楽>を通じて心が結ばれていくのだが、この流れは女性監督ならではの流れだと思う。

真ん中に「第9」の初演が20分間入り、この映画のハイライトに成っている。ここは誰が見ても一番の感動を覚えるだろう。
真ん中に入れた事が最初、新鮮に思えたが、今思うと後半が尻切れトンボになっていて、
受け入れてもらえない<大フーガ>の話になり、あれよあれよと、終わってしまった。

ベートーヴェンを敬愛する方には、ベートーヴェン像に物足りなさを感じると思うが、ダイアン・クルーガーの燐とした美しさが自立を目指す女性の姿として印象的だった。
そして30曲以上のベートーヴェンの音楽の中を通り抜ける映画でもあった。







→押して~
[PR]
by sea1900 | 2007-01-18 01:26 | 映画