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海の上のピアニスト

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力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

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昨晩の事になる。

中学生の勉強を見ている私は、その親戚の家で、夕方6時半に待っていた。
最近の6時過ぎは真っ暗だから、<こんなに暗い中を自転車で帰って来るのは、危ないなあ!>と、何か胸騒ぎがしたのだった。

その時に、中学生は廊下をあわただしく走りながら、リビングにたどり着き、汗を流しながら「不審者に追いかけられた!」と言った。

自転車に乗った中年男が、家の近くに来た時に、追いかけて来たそうだ。
子供心に、家の周りを走りぬけて、不審者を煙に巻いて、無事に家に着いたようだった。

それからは、学校に連絡し、学校から警察に連絡が回り、「この町内の道路の警備を強化します!」との連絡が返ってきたが、家族で子供を守るしかないのだった。

最近、この町も物騒になっているが、まさか、私の身近でも起きるようになったとは・・・・・・

中学生は、怖い思いをしたので、興奮がなかなか冷めなかったが、1時間もすると、こういったのだった。

「こんな事で、男性不信になんか、成りたくな~い!」

いつも、明るくて面白い子供なので、この言葉も、ユーモアたっぷりに聞こえ、思わず「ふっ!」となってしまった。
『不審者』と言う言葉が、ごく当たり前の様に、小学生の口からも聞こえるようになっているが、今の日本は、完全に病気だと思う。小学校では、毎日先生から不審者対策を聞かされていて、難しい言葉を知らない一年生でさえ、『不審者』と言う言葉は、最初からお友達!

親戚の家では、今後、毎日、車でお迎えに行き、自転車と子供を乗せて帰るようにする事になったのだった。
家族の協力無しでは、子供の安全は保てないのが現状で、警察なんか、あてにはならないのだ。

母子家庭や、仕事で遅くなる親の家庭もあるので、やはり、スクールバスでも、運行しない限り、部活動だからと言って、遅い帰りにしてはいけないのだと思う。

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by sea1900 | 2006-09-29 23:58 | 現在

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韓国映画『イルマーレ』のハリウッドリメイク版と聞いていたので、急いで見る気持ちも無かったのだが、キアヌ・リーブスとサンドラ・ブロック主演なので、その名に惹かれて、シネコンへ!

シカゴの建築は有名で、何箇所かの見せ場があり、韓国版とは全く雰囲気が違った。
やはり、原作が同じでも、別物として考えたい。
2年先2006年を生きているサンドラ・ブロックと、2年後の時代を生きているキアヌの時間差を超えた愛が、最後にはアメリカ映画らしい<ハッピー・エンド>に成るので、やれやれ!
いい女と、いい男の運命的な出会いの無い<出会い>は、現代の、PCの上での会話のような物だと思う。
少し、ファンタジーだと思うと、納得出来る所もあるけれど、女性には受けるようなお話だ。
現実の生活から、考えると<夢>があると思う。
男と女の出会いなんて、思っている程、上手くは行かない。
これが<運命的な出会い?>と思っても、<運命の人じゃなかった!!!>と言う場合が実に多いと思う。
だからこそ、こういう映画を見ると、<サンドラと代わってあげたい!>と、思ってしまうのだろう。




ジャック(犬)の名演にはチェスの駒も動くし(見た人だけが解るところ)アメリカっぽいユーモアだった。
ポール・マッカートニーの歌も合うし、韓国版よりも明るい『イルマーレ』だと思った。



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by sea1900 | 2006-09-28 16:59 | 映画
『白銀を超えて』は、昔の映画のタイトルだけれど、
今日のblogのカウントは、既に500を超えた。


ギョーム・カネという言葉の中の<カネ>から、カウントが増えたのだとしたら、
何という事だろうか?
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by sea1900 | 2006-09-26 21:22 | 現在
昨日は『フラガール』を見て、邦画の温かさを感じたが、その思いは、今日見た『戦場のアリア』と『美しき運命の傷痕』 < inギンレイホール>に、打ちのめされてしまった。
2本見た後で、へとへとに成っていて、ヨーロッパ映画には、映画として考えるとやはり敵わないと思えたのだった。

ギョーム・カネの存在感はどこから来るのだろうか?
彼は、下の兵隊の中の真ん中の人で、フランスの中尉役。

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by sea1900 | 2006-09-25 22:36 | 映画
つづきです・・・

女優達はフラダンスの練習にも、随分夢中で取り組んだと思う。松雪泰子は、一日に少なくても6時間は練習したらしい。高校生の紀美子役の蒼井優は、最初はまどか先生が踊っていたダンスを最後には、踊っているが、やはり、練習には時間を掛けたと思う。
手話的な要素を含むフラダンスは、手の動きに意味がこめられていて、いわきの町から東京に帰ろうとするまどか先生を止めるのに、電車のガラス越しに紀美子は覚えた手話で語っている。

松雪泰子の気性の激しさが、見事に、まどか先生と重なり、一度失った情熱を、この田舎町で、再燃させ、ダンスを教えた事で、人の温かさを教わる。

対する蒼井優は、ひたむきに踊る事を覚えて、自分の人生を切り開いてゆく。
しずちゃんは、他の女優より頭1つ以上高い182CMの身長を上手く使った役を、素朴に演じていた。

いわき弁って、早口に成ると、何が何だか解らなくなる。
蒼井優は、小さな身体とかわいい顔なのに、大声で、いわき弁を話すとすごい迫力で、頼もしい。
方言の面白さが多分にあって、この映画は成り立っているのだ。

人の前で、露出度の高い衣装を着て踊る事が、まだまだタブー視されていた40年も前に、人々がこの町に留まって生きてゆく為の手段として選び、努力した事は、この町の人々の心を固く結びつけたのだった。
とにかく、笑えるダンス映画だった。



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by sea1900 | 2006-09-25 22:20 | 映画
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福島県いわき市にある『常磐ハワイアンセンター』が、どうして設立されたかと言うと、炭鉱町だったこの町が、今から約40年前に、閉山に追い込まれたからだった。
実際に、閉山したのは、ハワイアンセンターの設立から10年後だったそうだ。

映画の中では、どうしてハワイなのか?と言う事には、触れていないが、おそらく、この時代には
<ハワイ>が憧れの楽園と言うイメージが強かったからだろう。
楽園に、一歩足を踏み入れると、そこには、若い女性のフラダンスが、情熱を持って出迎えてくれる。
映画は炭鉱町の町おこしでもあって、それまでは、命を掛けた炭鉱の仕事しか知らなかった若い女性に、命を掛ける事はないが、見た人に、喜んでもらえるという明るい仕事を教えたのだった。そして、彼女らにダンスの指導をしたまどか先生は、現に70歳を過ぎた今でも、ダンスの為にこの町に住んでいるそうだ。



つづく・・・・・・
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by sea1900 | 2006-09-24 23:15 | 映画


終に、この間修理に出した後、直ったかの様に振舞っていたPCは、電源も入らなくなった。
ウンともスンとも言わなくて、この世から消え去った。
気に成るのは、バック・パックしていないデーターが、閉じ込められたままだった事で、中には、3日間で、一年分のまとめをしたデーターが入っていた。
ああ、ナンタルチア・・・サンタルチア・・・・

予備のノートpには、何も入れていなかったから、こんな時は大変だ。

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それで、ここ1週間、聴きまくっているユーライア・ヒープのベスト版をまた、聴きなおしている。
開き直る他には、何も出来ないって事で・・・・

ユーライア・ヒープはブリティッシュ・ヘビー・メタルロックで、1969年の結成以来、何回ものメンバーチェンジを繰り返しながらも独創的なスタイルとパワーで大きな足跡をべったりとつけている。
スピーディなサウンド、黒魔術からヒントを得ている神秘的な歌詞、ハイトーンなコーラス(よくも、こんな声が続くものだ)と、それらが重なり、他のバンドにも言えるが、60年代後半の<サイケデリック><ドラッグ>をバックにして、育ったらしい。

私の好きなリック・ウエイクマンが一時、このメンバーだった事があり、どのように影響を受けたのは解らないが、現在の姿からは想像も付かないのだ。



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by sea1900 | 2006-09-23 11:58 | 現在
作家の坂東真砂子氏「猫殺し」の事を思うと、いくら知的な人間でも、心のバランスが悪い人がいる事に気付かされる。
昔、同じような事をする年上の女性がいたが、彼女の自己弁護としか思えない屁理屈を聞いていると、頭が痛くなった。そして、不気味に思えた。いつもヒステリックで、人の話を聞くよりも、自分の事を話す事がほとんどだから、そうやって生きる目的を誇示していると思えて成らなかったものだ。

それぞれの人間には、それなりの考え方があるにしても、常識的な考え方や、更にその上を行く良識的な判断と言う物があると思う。
よく言う『一般的な考え方』だ。

それが、50歳に近い坂東氏には、欠落している。
猫の避妊・去勢手術に対する医学から観た考え方を勉強すれば、眼からうろこがガサッと落ちるだろう。

しかし、この事実を自ら公表したと言う事は、自分の良心の呵責の重さに限界を感じたのかも知れない。どこかで、誰かの批判の声を聞きたかったのだろう。
そうする事によって、自分が注目され、孤独から救われたかったのでは無いだろうか?

子猫を殺したという深い闇の中で、一筋の光を見い出したかったら、書く事しかなかったのだから、何て皮肉なのだろうかと思った。
書いた事は、告白なのだ!
連続殺人者が、次の殺人を予告して、自分の行いをstopさせて欲しいと、暗に訴えているように、私はこの一件を考えた。

勿論、酷い事が出来るものだと呆れたが、こういう事をした人の心のケアを考えて欲しいとも思う。

坂東氏が如何してタヒチに住むようになったかは知らないが、おそらくは、自然が綺麗だったからだと思う。しかし、その暮らしは、坂東氏には、不向きだったと言える。



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by sea1900 | 2006-09-22 23:58 | 人間
2週間前の水曜日の事だった。
夕方、都内から戻り、市内のよく利用する駐車場に着くと、消防自動車が4台置いてあり、消火活動の後だとわかった。
こんな時期に火災訓練をやるのだろうか?と思っていると、それは、訓練ではなくて、本当の火災の後だったのだ。
大きなバス停のプレハブの待合室の一部に、発火の跡があり、自動販売機の後ろからの発火だと思われた。

駐車場から外の出るには、入場した時のカードを入れて、お金を入れなければならないが、電気系統が故障した後なので、停電になっていた。それで、何台もの車が外に出られなくなってしまったのだった。

こんな時は、それまでには頼りがいのあった電力が、無力になりきってしまう。
それで、遅れてきた駐車場の管理会社の人が、鍵のかけられている門扉を開けて、車を外に出して終わりとなった。

時々、この一件を思い出すと、災害時の縮図を見る思いになるのだった。



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by sea1900 | 2006-09-21 13:37 | 現在
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深刻に考えさせてくれる映画も良いけれど、何も考えなくて楽しい思いだけが残る映画も、また好きだ。
『バックダンサーズ』とは、文字通り、歌手の後ろのダンサーの事で、4人のダンサーが主役のジュリの引退後、ダンサーだけのライブにこぎつけると言うお話。難しいお話は何も無くて、ダンスシーンを楽しめる青春映画だった。

アメリカのダンス映画から比べると、まだまだ、子供っぽさが抜け切らなくて、可愛い物だが、日本でもこうしてダンス映画が作られるように成ったのだと思うと、今後に期待したい。

つのだひろや、陣内孝之が適役で、音楽に真実味を加え、4人のダンサーに扮する若い女優の中では、ソニンのしなやかな動きが目立った。



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by sea1900 | 2006-09-20 22:50 | 映画