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海の上のピアニスト

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力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

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このブログが今日で、1歳を迎えました。
1年は短くもあり、また長くもあり、リンクさせて頂いているブログの方には、精神的に助けられて、今日と言う日を迎える事が出来ました事を、感謝致します。

「脳内コミュニケーション」と言う言葉がぴったりくるブログは、私の一つの足跡であり、記録でもあります。
映画の感想にしても、自分の言葉でまとめてみると、より印象的になり、頭の中がきれいに整理、整頓され、すっきりとします。
自分にとっての記録のつもりですが、吐き出す事で、精神的にも充実した1年を送る事が出来ました。読んで下さる方には感謝、感謝!


小さな充実感は、大きなうねりと成って、反響しながら自らに戻るような気持ちです。

今日は原宿にある、五十嵐淳子のCafeで、友人と、「その人の旬」について話しました。
私にとっては、これからの10年間が自分にとっての集大成の時なのだと思うのです。
誰にでも、その時はあるけれど、それをチャンスと感じて、逃さない事が大切なのですね。

それが出来る、出来ないで、人生はどうにでも変わるのでしょう。

ピアソラを聞いていると、余計にそう思えるのです。



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by sea1900 | 2006-05-31 23:43 | 現在

私がお江戸に行く時には、電車かバスを使う。
それで、物まねが好きな私は、2月頃のバスの中での、出来事を真似して、時々、お披露目している。そろそろ、飽きて来た、ねたなのだけれど。


白とピンクでまとめたコート、ブーツ、バックの装いの20代の女性が、一番前の席に着くと、あっという間にひっくり返り、寝始めた。
私はその反対の席に一人で座っていた。

平日はすいているので、2人掛けの席に一人で座れるから、確かにお席は自分だけのスペースだけど、女性が寝込むのはどう見ても、格好の良い物ではない。
どうしても、寝転びたいのなら、後ろの方の席なら、誰にも見られないと思う。

私の方に足を向けているけれど、コートを掛けているから、太ももまでは見えない。
そして、熟睡タイムになり、やがて終点に近づくと、何やら、話し声が聞こえる。

「だめ~~~っ!バスのドアの所まで、来てくれなきゃ!」  

彼氏君にお電話だった。ぐっと甘えた声だった。(ここを真似するのが好きになったけれど)
それも、寝っころんだままの姿で、話している。
全体的には、可愛らしい雰囲気の子だったけれど、どんな彼氏君がお迎えに来るのかと思った。

そして、お出迎えに来た彼氏君は、細身の普通の感じの青年だったが、うれしそうな顔をしていて、眼がとろけそうだった。
そうか、楽しみにしていたんだね!


それから、何人かの20代の女性がバスの中で、寝転ぶ姿を目撃しているが、自分の事だけしか考えないのは、20代で無事に卒業する事を祈っている。

本当なら、既にそんな事は出来ないお年頃だけれど、電車の中で人目もはばからずに、アイラインを描いたりと、お忙しそうです。

クソも味噌も一緒だから、行動の境目が無いんですね。
彼女らが母親になり、子供に何を伝えていくのかに、日本の将来は左右されかねないと思うと、ひたすら、不安が隠せません。





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by sea1900 | 2006-05-30 20:49 | 男と女
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クレマチス(てっせん、鉄線)
花言葉は
「高潔」「たくらみ」「美しい心」「旅人の喜び」「精神的な美しさ」

終に、頂いたクレマチスは花を咲かせる事が無かった。
ホームセンターによると、きれいに咲いたクレマチスがあったので、購入。

咲けば、こういう花を見せてくれたんだ!

凛とした花びらに、背筋がピンと伸びるような思いを見つける。

今日でやっと、たまっていた仕事が終わった。
ためてしまった仕事だと言う方が、正しいけれど。
こんな時には、安堵感と共に、気の抜けた自分を見る事になるものだ。


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by sea1900 | 2006-05-29 22:58 | 現在
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1972年に製作された「ポセイドンアドベンチャー」のリメイクで、4000人が乗船出来て、高さ20階を越える世界最高の豪華客船に、スケールUPしている。
ひたすら、生きる事しか考えないで、火の中、水の中、狭い所でも、おぼれかけても、船の外に脱出しようと試みる姿は、見ていてひやひやの連続だったが、「ポセイドンアドベンチャー」よりも、水が、水がすごい。

パニック映画では、必ずその場の状況に明るい人がいるようで、その人がリーダーとなる事が多いと思う。ラムジー(カート・ラッセル)は元、ニューヨーク市長で、消防士の経験もある。
ディラン(ジョシュ・ルーカス)も、軍隊経験がある、直感に賭けるギャンブラーで、直感が、ポセイドンからの脱出には、大いに役立っている。

人間、何か役立つ物を持っているとよい。

高所恐怖症や、カナズチ、体力不足などでは、とても逃げ切れないだろう。

どうしても、私は最後まで生き残れる人はこの人とこの人で・・・と想像してしまった。

リチャード・ドレイファスが男に失恋して、自殺志願で、デッキでポセイドンを襲う<ロング・ウエーブ>を見て、驚いて部屋に戻るシーンがある。
そして、人の命を救う羽目になる。人生もポセイドンの様に逆さまにも、成る物だ。



最後に流れるテロップを見ると、100人程のスタントマンが載っていた。やはり、多いな~

ハッピーエンドの終わり方がきれいで、すがすがしさも残った。
エミー・ロッサムは、可愛いのだが、いつも表情が変わらないのが気に成るな~
全体的には、人間味よりも逃げる事を優先した話と成っていので、ドタバタした話で、心には残らなかった。




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by sea1900 | 2006-05-28 01:05 | 映画


<出会ったら、君は天使だった!>というストーリーで、リュック・ベッソン監督の、最後の作品(?)という事だ。
パリをモノトーンの映像で包み、アンジェラとアントンが、次第に惹かれ合うお話。

アンジェラ役のリー・ラスムッセンはGUCCIの専属モデルとして活躍した経歴もあり、180CMの長身にミニのワンピース姿は、ド迫力だった。
アンジェラの時は、短い金髪だったのに、舞台挨拶の写真では、しっとりとした雰囲気で、黒髪なので、イメージが狂ってしまう。

金髪は白黒映像の中では、目だってきれいに写る。

リック・ベッソンの映画では、「レオン」「二キータ」は好きだが、「フィフス・エレメント」は、好みではなかった。

これまでのイメージを持って見ると、何だか、睡眠を誘われてしまう。
<愛>を持って最後の作品を作ったのかも知れないが、アンジェラばかりが目立ってしまい、個人的見解も2分するだろうと思われた映画だった。

天使が登場する映画としては、「ベルリン・天使の歌」が最高だと思うので、「アンジェラ」は、二番煎じではないかと思う。

リー・ラスムッセンは、映像クリエーターとしても活躍しているのだから、今後、ブレイクするだろうか?
「アンジェラの灰」の方が素晴らしい。


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by sea1900 | 2006-05-27 18:53 | 映画


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原作を読んでから、映画を見た人は「つまらない!」と一様に、言っている。
しかし、原作を読んでから映画を見ると、まず、原作との違いばかりに眼が行き、映画そのものを見る力が失われると思う。
原作に忠実に作られた映画があるとしても、100%同じではないのは、映画と活字の世界が全く違う存在だと言う事だと思う。

映画の見方は、活字→映画と言うパターンにしない事だと、私は思っている。
そうでなければ、ロケーションの映像美を無駄にしてしまうだろう。

イエス・キリストは結婚して子供を作り、その子孫が現在も生きているという真相がこの映画のテーマだ。
あくまでも、仮定なのだが、何せ2000年も前の出来事なのだから、現在生きている人間には、あくまでも想像の世界であって、何が真実なのかは、不明だ。

無神論者の私からすれば、この映画で、取り上げられた「シオン修道会」の色素欠乏症の修道僧シラスの自虐的な行為を見て、<何の為の宗教なんだ!>と思うけれど、シラスにしてみれば、それが、生きる術なのだから、救いようがない。

信じたい事だけを信じて、生きるしか、人間にはないのだろう。

ルーブル美術館の中の撮影が素晴らしくて、見ることのない夜のルーブルの姿がまた、良かった。
パリ・ロンドン・スコットランドの歴史的な建造物が、ロードムービーの様に楽しませてくれた。
これらを見るだけでも、価値があると思う。

聖杯とか聖衣に振り回される人間は、おかしいとも思えるし、実に人間臭いとも思える。
結局は、何かにすがり付いてしか生きられないのが人間なのかと思えた映画だった。




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by sea1900 | 2006-05-26 22:40 | 映画

有楽町駅から歩き出すと、ポツリと雨が降ってきた。
夕立があるという予報だったけれど、案の条、急に土砂降りになり、瞬く間になぐる様な雨になった。
6時を過ぎていたので、雨の中を濡れながら、青木画廊へと向かい、3Fで開催されている
『坂口光男展』を見た。

坂口氏は、白い髪の方で、静かに出迎えてくれ、絵の中の少女についての思い出や、建物について説明してくれた

あくまでもライフワークとしての絵描きさんで、何年かに一度のペースで、個展をされている。

お話していると、一般常識的な考え方のようで、直線と球体をmixして描いていて、
ある時、ひらめいた事を書き留めておいて、半年とか一年後に絵にしているという。

枯れかかった人の、哀愁を少し、感じると共に、絵画への追求を感じて、外に出たら、雨がやんでいた銀座だった。



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by sea1900 | 2006-05-25 17:12 | 人間
 トリノ五輪フィギュアスケート女子シングルの金メダリスト、荒川静香さんをCMに起用した「金芽米」で知られる「トーヨーライス」(雑賀慶二社長)は23日、新商品2種類を24日から販売すると発表した。五輪の日本選手団に提供していた「ゴールドセレクト」と最高級品の「特撰金芽米」で、いずれも高品質な玄米を使いうまみを高めた。(毎日新聞)

*   *    *    *


これが、うまいんです!
値段は高めだけれど、ご飯がおいしいって、楽しい事ですね。

友人にPCの事で、来てもらったので、買ってあった2KG入りの金芽米をあげました。
そして、3日位して電話があり、彼曰く、
「確かに旨いけど、硬くってしょうが無かったよ!」

金芽米は、3合なら、水を4号の所まで、セットしないとまずくなってしまいます。水加減は、ちゃんと袋の裏に書いてあったのに、読んでなかったのです。

荒川さんは、生涯この米を頂くそうで、うらやましい限りですが、時には、普通のコシヒカリが食べたくなるかもしれません。おいしいとされている物でも、それが毎日ともなると、おいしさのありがたみが薄らいでしまう事もあるでしょう。
物にも、人にも、私は<飽きる>瞬間を感じる事があって、なぜか後ろめたさを感じないわけにはいきませんでした。
けれど、最近、やっとそれを認めて、「飽きた」と思う事が出来るようになりました。

あんまり、カッコばかり、気にしては、いられないと気が付いたのですね。

正直に生きるには、時間が随分係ってしまったようです。


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by sea1900 | 2006-05-24 01:56 | 食べる

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ここ一時間の間、6月末から公演の、ザ・アイリッシュ・ダンス、RAGUSのチケットをEプラスで取っていた。

アイリッシュ・ダンスは見た事が無いので、ぜひ・見たかったが、国際フォーラムは売り切れ、日時と時間が合わず、四苦八苦して、最後は、東京厚生年金ホールと決めたが、席のブロックが解からずに手間取り、一ブロックにしたら、前から6列目の真ん中位に決まった。
  
 やったーーーー!

アイルランドにも行ってみたいと思っているが、とりあえず、先延ばしだ。
世界中を旅している優雅な友人は、「時間が無かったら、2泊で、ニューヨークに行って、ミュージカルを見てくればいいのに!」と言うが、行くからには、せめて一週間は取りたい物だ。
友人はアメリカに入れない。
なぜなら、この20年間にニューヨークが好きで、20回位は行っているが、<女テロリスト>に間違われて、いつも、別室に連れて行かれている。それで、次に行くときには、アメリカ大使館に行って、ビザを取る羽目になっているのだ。

いやはや、彼女はすごい人で、強い人なのだ。
黒皮のスーツなんか着ると、そのような人に見えるのだが、唯のおしゃれで、優雅な生活を送る人と言うだけの事。

エジプトに行った時に、私に送ってくれた絵葉書がいい。
感動的な文章に、その人を見た瞬間だった。

何もかも、大きい~
全てが、大きい~

そんな内容だったな。。。。

仕事は世界的な物で、誰にも真似出来る程、簡単じゃない。
緻密さと、大胆さ、そして、強さ、たくましさ、明るさ
全てを持ち合わせて一人で生きている。

そして、今、自由をかみ締めている。

何よりも映画好きが、一番の良さだと思う。
時々、私達は、合言葉のように言葉を合わせる。

「映画を見ない女は、バカになる!」と。
これは、おすぎが、発した言葉だけど、全くそのとおり。

そして、映画を見ない男は、加齢臭が早く漂い始めそうで話が合わないのだ。



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by sea1900 | 2006-05-24 01:51 | 現在

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1999年、ブロードウェイでの成功を経て、初来日。
あれから7年、ブロードウェイや、世界各地で更なる喝采を浴びているフォーエバー・タンゴ。

3年ぶりに、日本に戻り、3日間の公演、名古屋と神戸と、合わせても6公演しかしないので、昨日は急いで出かけた。

アルゼンチン・タンゴの旋律は、ヨーロッパからの移民達に付きまとった、故郷への郷愁と寂しさをバックに生まれていると言うが、哀愁のある表情がそれを現している。

内なる情熱(パッション)をタイプの違うダンサー達が、踊り方も変えて、披露してくれた。

なめる様に歩き、音ひとつ立たない。そして、双眼鏡で見た表情は、完全に音楽の中に浸っている。

タンゴの曲には、バンドネオン(アコーディオン)の音色が欠かせなくて、重要だ。哀愁を帯びた音色だからだ。
昨日は、4人がバンドネオンで、他にはピアノ、ヴァイオリン、チェロが2人だった。双眼鏡で見ていたら、ピアノもタッチが非常に早かった。

鍛えられてしまった身体の美しさは勿論の事、男女共に長身でかっこよい。ドレスも、スーツも彼らの為にあるんじゃないだろうか?
男女2人ずつが踊り相手のカップルになっているが、踊っている間は、恋しているんだと思う。
そうでなければ、あんなにまつわりつく踊りは出来ないだろう。
伝統と自由の一本の線上に、抑制とエロスを限りなく展開し、緊張と自由を重ねている。
その対比が、演出の源になっているのだろう。
男と女の恋の駆け引きが、全ての踊りにあると思うが、男の求愛に対して、女の足の動きが答えていて、もう、見事としか言えない早いステップを繰り返す。
すると、男の足も応えて、ステップを踏む。
この駆け引きが面白い。

腰と足をたくみに使った踊りで、言葉はいらない。。。。

言葉で、あの動きは説明出来ないが、『この世の物とは思えない』程の美しさだった。
そして、ユーモラスなシーンがあって、またまた、これが巧い。

<フラメンコなんか問題じゃない>と、何人かが言うが、なるほどとうなずける。
情熱がはじける踊りで、魅了された。

ブラピを濃くしたような若い男が、おどけて踊っていて、これも良かったが、ほとんどの男は、中年で、その歳でなければ、出せない良さを出していた。薄っぺらではない良さは、その人の重みから来るものだ。

今度はいつ、会えるかな~



*   *   *
ちなみに、当日券で、前から11番目の席だった。チケットぴあだと、もっと良くない席だった可能性もあり、解からない物だと思った。

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by sea1900 | 2006-05-23 02:11 | 現在