ブログトップ

海の上のピアニスト

sea1900.exblog.jp

力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

<   2006年 03月 ( 44 )   > この月の画像一覧


年に何度か、seaは、男友達に頼まれて、そのシーズンの服を選んでいる。
昨日も、頼まれていて、春のカジュアルなジャケットと、それにあわせたスラックス、シャツを選んだ。デパートではなくて、イオンだからお値段もお手頃で、全部で3万円以下で収まる。
夏は、全部ユニクロで揃えた記憶がある。

友人は良い奴だけれど、色彩センスがまるで無い男だから、自分で選ぶとおしゃれとは無縁の伯父さんになってしまう。それで、私が、ジャケットを3枚と、スラックス3本を選んで着せ、着心地から最終判断となる。

友人はseaの手際の良さに、いつも舌を巻いていて、どうして、そんなに早く見つけ出せるのかと不思議がっているのが、いつものパターンだ。
そして、seaがいい加減に探していると思うらしく、それにしては、自分に似合うので、狐につままれたような感動をするらしい。

ジャケットとスラックスが決まり、中に着るシャツを選んだら、友人は赤系の野暮ったいチェックのシャツを選んだので、どうして、それが良くないのかを話してやめさせ、レノマのモノトーンのプリントのシャツに決めた。

スタイリスト料は、友人から入り口にあるパン屋のテーブルで、180円のアップルパイと210円のアイスコーヒーをご馳走に成った。  ご馳走です。ごちそう・・・・・・
本当は、スタバーのコーヒーが好きなのに、「上手そうなパンがあった!」と言う友人の一言で、パン屋に一目散と言う結末だったのだ。友人はあんぱん、ナッツのパン、コロッケパン、アップルパイ、アイスコーヒーを2杯飲み、実に満足そうだった。

友人曰く。。。。「選んでもらうと楽しいよ!」
この時だけは、重宝がられているseaだけど、はっ!その内に、センス良くなって欲しい物だとつくづく思う。

これも、ボランティアです。世の中には、助けられる人と、助ける人が眼に見えても、見えなくてもちゃんといるってことかも知れないのであ~~~~る。



→ご自分で、センスの良いおしゃれが出来る方は、クリック御願いします。
[PR]
by sea1900 | 2006-03-31 02:13 | 男と女

アメリカ、家族のいる風景
白バラの祈り
ホテル・ルワンダ

2月から3月にかけて、この3本を観てから、最近「ナルニア国物語」を観た。
伊勢丹での「ナルニア国物語展」を観ていたので、氷の女王の衣装や、ルーシーのドレスなどが、記憶と共に甦り、それなりに楽しかった。ビーバー夫婦の役割もわかったし、子役の演技の上手さや、ライオンの存在感には、「永遠」と言う言葉を与えたいと思った。
まあ、これも観てよかった!と思うが、3本の重ったるい価値から、どうも抜け切れないでいる。

今思っても、「白バラの祈り」の最後のギロチンのシーンは、きつくて、むしろ、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の方が、まだ観ていて辛くなかった程だ。

大きく感動した後に残る物が、辛くて、やや、トラウマ状態に成っている。

「ホテル・ルワンダ」は、サントラ盤を聞く度に、歌の訳が欲しいと思っている。
この映画は、助かった人達に、未来を見る事が出来るので、失望だけではなくて、希望が残されているから、まだ良い。


最近、アトリエで、「白バラの祈り」について話したら、いつも突拍子の無い事を話している女性が、1987年まで、スペインで、実際に行われていた死刑方法を話し始め、どこで耳にしたのだろうか?全く持って、残虐な方法に、気の遠くなる思いをしてしまった。
<残酷なので、思い出したくもないので、書きません。>

そんなこんなで、そろそろ何か観たいと思いながらも、頭の中には、映画の重しが残ってしまったようで、重いから頭の軽い私の浮力とバランスを取れるのか、何だか不思議な感情を重ねていて、踏ん切りがつかないのです。

やはり、爽やかな感動の残る映画や、希望の残る物、愛を感じて涙出来る映画は、また観てみたいと思うのに、辛い映画は、2度と見たくないもの。

例え、どんなに感動しようとも、涙しようとも、記憶から消し去りたいだけ!
(余計な事を聞かしてくれた女性に、パンチしたい思いのseaです)



→残酷シーンの嫌いな方は、クリック御願いします。
[PR]
by sea1900 | 2006-03-31 01:39 | 映画

昨日、仕事がらみの友人の家に行くと、1ヶ月ぶりだった事もあって、専業主婦のMさんは、最近の事を話し始めた。M家は何時行っても、きちんとしていて、専業主婦の鑑の様な方で、seaは、この辺は良いと思っている。

最近、歯医者の所で、4本続きで差し歯を入れたけれど、一日経つと急に顔が酷く腫れ始めて、痛くて顔を上げるのも困難となり、口からは膿が出始めたそうだ。歯医者に電話して、夕方観てもらいに行くと、歯医者はびっくりして、かなりあせった様子で、「お金は要りませんからね!」と言って、4本の中の1本を切り取り、抜いたそうだ。
4本が繋がっていた為に、切り取るのも大変だったそうで、レントゲンを撮ると、膿の袋が抜き取った1本の歯の根元に、2つあったそうだ。

そして、抜いた所に、カモフラージュの歯を入れられて、一昨日は終ったそうだ。
問題は、その後で、歯医者が「保険を使いますか?如何しますか?」と聞いて来た事だった。


<今更、何を言ってるの?無料で直すと言っていたのに!>と、Mは思ったけれど、その事を言えずに、「保険で直します」としか、言えなかったそうだ。
差し歯は、1本で9万円で、合計36万円も係っている。まして、入れてからすぐなのだから、歯医者の負担とすべきだろう。歯医者が顔の腫れたMを見て、驚き、「お金は要らない」と言った事は、自分のミスを認めた事と受け取れる。
それなのに、この変わりようは、どうなっているのだろう?

私は、納得出来ずに、苛立っているMに、「黙っていないで、歯医者に、どうして無料にすると言っておきながら、急変したのかを問いただすべきでしょ!」と言った。
脳に近い部分の病気は、時として、命が危うくなる危険性もはらんでいる。幸いにして、そこまでには、至らなかったけれど、歯医者の驚きは、普通ではなかった事を考えると、非常に怖い物だ。

それなのに、Mはとても言えないと言う。
Mの夫も、言えないと言っているそうだ。
だけど、この話、何だかおかしいと思う。当人に言えないでいるから、色々な人に愚痴っているだけではラチがあかない。
愚痴を永遠にこぼしていると、損をするのは自分だけで、被害者が更に被害者にならざるを得ない形となり、真面目で素直に生きているMには、ストレスだけが残るだろう。

「言えない」のは、「言わない」だけで、「言わない」事は正しくないと思う。
人からどう思われるかとか、私はあまり意識しないし、愚痴をこぼす事は、前向きではないので、最小限度にしたいので、「言わない」理由が解らない。

seaは、人から如何思われるかなんて、ほとんど考えないので、世間体や外見に縛られて生きている人を見ると、別世界の生き物だと思う事がある。
例えばMが、強く出れば、歯医者も考えざるを得ないだろう。しかし、黙っていれば、歯医者に主導権を取られて、お金も取られる。
こんな話は無いだろう。歯医者にMは、お岩になった理由を納得いくまで聞くべきだろうし、お金の事も言うべきだろう。Mに勇気を出して欲しいと願っている次第だ。

seaは、良く、獣医と納得行くまで話す事がある。
納得行くまで話してくれるから、その獣医に観てもらう訳で、患者が医師を選択するのが当たり前の時代だし、医師と言う看板を掲げるからには、生き物の命を守る義務があるべきと思う。
そして、患者もその作業に協力しなければならない。
要するに、どういう形のコミュニケーションをとっていくかが、病気やケガを直す足がかりとなるものだ。
仕事でも、家庭でも、友人関係でも、コミュニケーションのとり方が、大きなキーワードと成っている。
では、そのキーワードの元となるのは、やはり会話なのだと思うわけで、会話を無視したら、発展は見込めないだろう。





→おしゃべりの好きな方は、クリック御願いします。
[PR]
by sea1900 | 2006-03-31 00:52 | 現在

この間、偶然に『ある愛の詩』の曲を耳にした時に、ライアン・オニールを思い出した。
ライアン・オニールと、マリー・マックグローが、大学生の2人を演じていて、ラストでは、マリーが病気で亡くなってしまい、当時の『ロミオとジュリエット』の様な悲劇的、且つ、『愛は永遠』と、言うお決まりの台詞を残してくれていた。
モデルだったマリーの健康的なスタイルと、太い眉が印象的で、甘いフェイスのライアンとは対照的で、ちぐはぐな組み合わせだとも、思ったし、アメリカ人の幅の広さをも、感じた。

私が英語で、ファンレターを初めて書いて、送ったのは、ライアン・オニールで、何ヶ月かして、サイン付きのポートレートが2枚、アメリカの彼の事務所から送られてきて、これには感動したのだった。

何年かして、『続・ある愛の詩』が作られ、新しい恋人が出来そうに成るけれど、やはり、亡くなった恋人への思いが大きくて、乗り切れない彼の苦悩が浮き彫りにされていたのだった。

最近、犬堂一心監督による『愛と死をみつめて』が、TVで放送されて、私は見なかったが、見た人によると、最後には、モデルとなったマコが登場したそうだ。
初恋の人に、何十年もたった時に、会うのは失望だけしかないように、このケースも同様だったそうだ。
ストーリーでは、ぐっと泣かされたのに、あれはお話の世界だけだったと、思わされて仕方ないだけだったらしい。

考えれば、人は自分の理想を、映画やドラマの恋愛に重ね、純愛に成れば、成る程、満足するように思える。
マコは実際、自分が結婚する時には、随分非難されたようだから・・・・・
[PR]
by sea1900 | 2006-03-30 11:52 | 映画


d0063550_22155474.jpg

NHKで放送された番組『シルクロード』の音楽が良かった事を人づてに聞いたので、ヨーヨー・マのコーナーから探して、購入した。そして、最初はなぜかピンと来なかったが、昨夜になって
だんだんと良さが解るようになった。
この曲を欲しがっていた人が2人いるので、PCでコピーしてあげようと思った。しかし、解説も付けてあげようと思い、10時頃、コンビニでコピーし、どうせコピーするならと、分解して5セット作った。


帰宅してから、元のCDと同じ様にコピーした紙を入れて、白黒のジャケットのシルクロードが出来上がり、5枚をチェックしながら、何度も聞いた。

ヨーヨー・マのチェロばかりではなくて、シルクロードアンサンブルという民族楽器が加えられていて、幅のある出来上がりになっている。
遠いシルクロードに思いをはせながら、気がついたら朝を迎えていて、不思議な快感を得た。




→シルクロードの好きな方は、クリック御願いします。
[PR]
by sea1900 | 2006-03-29 15:51 | 現在

昨日は、約7時間かけて、マリー・アントワネットの人形は、少し進み、顔作りまでに至った。
先生が随分、手伝ってくれているので、考えれば、随分と価値のある人形に成っている。

最初は「眼が大きくて綺麗な人だったんだ」と言っていたTさんも、最近では、顔のバランスを良く観ると、顔が長くて、口から顎までが長い事に気づいた。

眼も良く見ると、大きくてパッチリとしてはいても、タレ眼だし、どう観ても絶世の美女ではない事が解った。
私はリアルな顔の人形を作りたいのだが、先生は、「そうすると気持の悪い人形になるから、あくまでも可愛い顔にした方が良いでしょう。」と言うので、まだ、可愛くて迫力の無い時代のマリーが出来上がるだろうと思われる。

前回、少し間が空いてしまったので、先生に「何だか、飽きてしまって。。。」と言ったのを、先生は言葉通りに受け取っていたようだが、私としては、次に作りたい人形2体が既に決まっているので、早く仕上げたいと言う意味だったので、誤解されていたのだった。
[PR]
by sea1900 | 2006-03-28 02:00 | 現在

昨日は、おひなさまを観る前に、武道館を通り抜けて、近代美術館へ行った。
「藤田嗣治展」は、28日からだったが、私同様に、勘違いする人が後を絶たないようで、なぜ、土曜日や金曜日から始めないのかと思った。

その前に、武道館では日大の卒業式が行われていて、袴姿の女性をたくさん見た。
今のレンタルの着物は、普通、絹ではなくて、ポリエステルなので、ポリプリ軍団の出来上がりだった。
昔も今も、この日だけの和服なので、インスタント的な雰囲気が漂っている。
それでも、洋服よりは、雰囲気が出て、卒業式らしいものだ。


常設展では、面白くも感動できない物や、なぜか感動してしまう物があり、きっと、感動できる物は、観る人に訴える力の強さが、作者の全身から湧き出ているのではないかと思える。
最も、その強さとは、作者の自己への戦いであって、作者自身の投影でも在ると思う。
[PR]
by sea1900 | 2006-03-26 22:18 | 現在

今日は銀座線の三越前駅からすぐにある、三井記念美術館で企画されている
「三井家のおひなさま」を見た。
おひなさまの何処が面白いかと言うと、やはり、時代や、時間の流れが良く解る事だと思う。

美術館は新しくて、まず、7階、展示会場へのエレベーターが、クラシックで良い。
木を贅沢にたくさん使い、大理石とのコントラストも美しい。

北三井家10代・高棟夫人(1869~1946)三井苞子氏のおひなさまを中心に、お道具や様々の関連品が置かれていて、すっかり、雅の世界に浸った。

一番、迫力のあるのは、やはり、段飾りで、親類やお友達からの、お祝いの子供の人形や、その他の人形も、全部まとまって、段上に置いてあり、この段飾りを飾っても自然と思われるのは、20畳位の広さの部屋だと思う。
段飾り様の雛人形は、北三井家十一代/高公夫人(1901~1976)の物で、十代高棟夫人の物と違うのは、五人囃子ではなくて、五人楽人で、楽人は武器を持たないで、全員が楽器を持っていると言うところだった。

道具類の精巧さは、言うまでも無く、小さな箪笥には、鍵穴まで付いている。
すごろく・将棋・碁盤が、小さく作られていたり、楽器は、琴・三味線・胡弓がある。この時代には、既に胡弓があったと思うと不思議な感じもする。

一番上のお内裏様とおひなさまの、それぞれの脇には、根津美術館での「とらやのおひなさま」とは、また違い、(とらやのお内裏様とおひなさまの脇には、それぞれに稚児がいたのだが)
張子で作ったような犬の人形が置いてあった。
犬の人形は、「犬筥」(いぬばこ)と言う名前だそうだ。


ネームカードも、読みにくく、ルビが無いと読めない漢字がほとんどだった。
3人官女は5人居て、ひざを付いて、花だか木だったかを、持っている2人が加わっている。
何人居ても構わないのだろう。3人とは誰が決めたのだろうか?
五人囃子の下段には、3人の何と言う役職なのか、解らないが、3人のおじさん達が、鍋を囲んで宴会をしているではないか!(こんな所で)
3人の表情は、本当に楽しそうで、人形作者の粋を感じられる物だった。粋というよりも、遊び心とでも言った方が、ぴったりする。

随身(矢を背負っているガードマン)の姿は、なぜか思い出せないが、全体的に楽しくて、幸せを呼んでいる。
観に来ていたのは、中年以降の女性が多く、20代の若い女性は、江戸時代のおひなさまの顔を見て、気味悪がっていた。。。。。歴史にまでは、到底関心が行かないようだった。

有職雛とは、公家の装束を考証した物で、享保雛とは、江戸時代の中期・享保の頃を中心に流行した能面顔のおひなさまの事で、能面顔と言うよりも、おひなさまの顔は、フィギュアスケートの真央ちゃんに似ている。享保雛は、明治時代まで、作られていたそうだ。


果たして、三井家の女性達は、段上からお人形を降ろして、遊んだのだろうか?




→お人形の好きな方は、クリック御願いします。
[PR]
by sea1900 | 2006-03-25 23:52 | 過去
 
最近、PCの動きが遅くて、途中で止まってしまったり、記事が消えてしまったりと怪現象を繰り返し、音楽CDを正常にコピー出来ずに、10枚以上捨てる結果と成ってしまった。

既にお手上げなので、プロを呼んで、観てもらった。
原因は解らなかったが、コード付きのマウスに取り替えて、1時間後、正常に戻った。

CDのコピーも別のソフトを使うと、変換の無い完全なコピーが出来る事も解り、嬉しくなった。

嬉しさが続いている内にと、CDのコピーを始めて、終ったのが朝の4時。

今日の昼頃、コピー状態をチェックしていると、「こんなに変わった曲をどこで、探したんだろう?」と首をかしげたのが、
リック・ウエイクマンの<地底探検>と同じく、リック・ウエイクマンの<アーサー王と円卓の騎士達>だった。

変わっている曲だけれど、有名かも知れない。
但し、あくまでも彼のファンの間の話しとして。。。。

これらのコピーCDにコピーされた解説をつけて、アルバムに入れたら、綺麗な仕上がりに成った。これは、誕生日のプレゼント用に作った物だけれど、私は自分の作品の一つとして作る事を楽しんでいた。
[PR]
by sea1900 | 2006-03-24 22:30 | 現在




d0063550_1148102.jpg

桜の季節になるが、どこの桜よりも、いち早く咲く山形の『啓翁桜』
日曜日に偶然に手に入れたので、月曜日にアトリエに持って行こうと思っていたのに、忘れてそのままになってしまった。たまには、『花よりダンゴより花』と言う日があっても良い。
桜の花を家の中で見るのは、贅沢だけれど、やはり桜並木の方が良い。

『お花見』とかこつけて、ライトUPもないのに、やたらと宴会が開かれるが、ゴミを散らかすので私は、賛成出来ない。
都内には、夕方5時以降は入れない様にしている公園もあるが、田舎では、考えられないものだ。


『夜桜』とは言っても、見えないし、季節的にはまだ、寒い。


『おうちで、お花見』と称して、ワインを1本全部あけたところ、気持ちが悪くなり、昨夜は10時前にダウン。最近、自分に合わない酒が多いので、要注意だった。(-_-;)
啓翁桜はけなげに咲いている。


→桜の好きな方は、クリック御願いします。
[PR]
by sea1900 | 2006-03-23 11:45 | 自然