ブログトップ

海の上のピアニスト

sea1900.exblog.jp

力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

カテゴリ:人間( 186 )


最近、アトリエの先生と話していて、「頑張って!」と言われ、<何たる言葉だろう>と思い、「頑張らなくっても、大丈夫です。自然で、十分ですよ!」と、反射的に言った。
確かに、今までには頑張らないといけない時もあったが、自分の力を最大限に発揮しなければいけないのは、既に過去の事だと思う。
肩の力を抜いてこそ、リラックス出来た瞬間から、本当の意味で、頑張れるのではないだろうか?力が無理なく発揮できるのだろう。
日本人は、やたらと「頑張って!」と、言い過ぎると思う。語彙の貧弱さから、来るのだろうか?
他にも、適当な言葉を捜しにくいからなのだろうか?
頑張り続ける事と、心のゆとりを持つ事は、反比例するようにも思ってしまう。
あまのじゃくな、私の性格では、こんな風に考えている。

だから、いつの日か、先生とは大きくぶつかる日を迎えてしまうような予感がする。人とは、ぶつかリ合わないと本音は出せないのかも知れない。ぶつかってこそ、人は対等だと思える時もある。

年齢も性別も関係なく、ましてや経済力も関係なく、私は対等でいたい。

→肩の力を抜いて、生きたい方はクリックして下さい。。。
[PR]
by sea1900 | 2006-04-04 02:57 | 人間

昨日、アトリエで、人形を作りながら、良く出会うメンバーで、話をしていた。
ms、Nが、最近ハワイでホエール・ウオッチングした話が面白い。女3人で出かけ、大き目の船に乗る事3時間、船酔いが始まり、もしもの時を考えて、船内に3箇所以上はあると思えるトイレの内の一箇所に行った時の事だった。
トイレのドアを開けたままで、太った外人の女性が、便器を抱え込んでいて、ms、Nの顔を見て、「NO,NO!」
ドア位閉めれば良い物を、ましてや、便器まで抱え込んでいるなんて、すごい迫力だ。
ms、Nは、良く話す人で、明るく、気取らない方。波が大きくて、船酔いする人が続出しても、ホエールは、何処吹く風で、出没しない。
何の為の3時間だったかと思うけれど、経験は後で訳だつかも知れないので、大切に!?!






→何時、いかなる時も、便器までは抱え込みたくないと、思う方は、クリックしてください!
[PR]
by sea1900 | 2006-04-04 02:26 | 人間
d0063550_161455.jpg



キース・ジャレットの『ザ・ケルン・コンサート』を、初めて聞いたのは、私が本当に若い時で、ピアノの流れに、クラシックでも、ポピュラーでも無い、ジャンルを越えた、一応ジャズにはなるらしいけれど、不思議な物、憧れに近い感動を覚えたのだった。
当時、市内に出来たジャズ喫茶には、たくさんの曲が用意されていて、友人は凝り固まったヒュージョン系の曲をリクエストしていたが、私はこの曲だけだった。何故なら、ジャズはたまには良いけれど、ずうっと聴いていると、皆同じように聞こえてしまい、面白くなかったからだった。
この店は、現在も当時と同じように営業しているが、変わったのは、常連だった大男のS氏が今や、過去の客となってしまった事(昨年、亡くなってしまったので)や、音楽好きの人だけが集まっていた昔とは違い、暗めの酒場のように成ってしまったのだった。

キース・ジャレットは1945年生まれで、少し前まで、慢性疲労症候群と言う病気と戦っていたそうだ。昨夜、タワーレコードで、懐かしい『ザ・ケルン・コンサート』と、聞いた事が無かった『祈り~グルジェフの世界』を買った。前者は、完全なる即興のライブで、これを聞くと、完成度の高さと限りなく、ひたすら美しいメロディに、感動するのみだ。1975年の作品だが、時代を乗り越えて、良い物は良いと言える音楽だと思う。

そして、『祈り~グルジェフの世界』は、キースが、敬愛する、神秘思想家のグルジェフの世界を祈りと共に奏でたソロ・アルバムで、1980年の作品。
静かな中にも、強い思いを感じる曲で、瞑想しているようだ。

一つのジャンルに拘ると、ジャンルと言う名の、これも、シールドと言えると思うが、その囲いの中でのみの安定や、排他主義的な物を感じてしまう。
そうして、自由さや、新種の種をもぎ取ってしまうのではないかと危惧してしまう。私の勝手な思いでは在るが、同じピアノの音色が、如何してキースが奏でると、ピアノという楽器を越えて、壮大な宇宙までの広がりを感じるのだろうか?

『祈り~・・・・・』では、1、聖典を読む。2、祈祷と絶望 3、聖なる儀式 4、賛歌 ・・・・と全部で15曲続くが、単なる宗教色の音楽とは違い、厳かな調べであっても、野暮ったさを感じないと書いて置きたい。

勿論、今、この曲を聴いている・・・・・・




→ジャンルを越えた音楽の好きな方は、クリックしてくださ~~~い!
[PR]
by sea1900 | 2006-04-04 01:51 | 人間

昨年の5月に、品川で、30人位の女の子がロリ-タファッションで歩いているのを見かけ、とても楽しい思いをした。皆がシャーリー・テンプルちゃんの様で、可愛かったからだ。その中でも、スタイルの良い子が、白黒でまとめていると、おしゃれだと思った。
自分できたい服を着るというのは、一つの表現力の行使と思うし、自己満足も出来る。

この話を先週、40代の主婦と60代の男性に話したら、彼らは「あの格好は変だ!」と言う。
ついでに「似合わないよ!」と言ってやりたいと、男性は言うではないか。

はっーーーー!
「大きなお世話でしょ!見ている分には、すごく楽しいファッションだと思う」と、私は言った。
普段から、人よりもおしゃれな雰囲気を持っていても、本心がこうも、保守的だと知ってしまうと、がっかりしてしまった。考えれば、貴方こそ「似合わないよ!」と言われてもおかしくない時があるだろうって!

みんなが同じ様なタイプの服を着ていたら、まるで、どこかのお国の様だ。ファッションの自由は、思想の自由と通じると思う。個性の表現として、ファッションを考えると、納得できるし、楽しい物だ。
着てみたいと思う服が在るのは、楽しいし、夢がある。

流行の服とはまた違うロリータファッションは、小さく息づく花のようでいて、私は素直に可愛いと思っている。ピンクハウスとも違う、単純に可愛い服だと思う。
田舎では目立ちすぎるからと、千葉の田舎から電車に乗って、ロリータファッションをバッグに詰めて原宿に出かける高校生を、前にtvで観たが、私は良い事だと思うし、楽しい趣味なのだと思った。
自分の居場所作りなのかもしれないし、主張なのかも知れない。
そんな事よりも、着たい物を着る事が出来ると言う単純な事は、大きな喜びだと言う事が一番大切だと思う。
私が言いたいのは、ただ、それだけ・・・・・・


→自由なファッションが好きな方は、クリック御願いします。
[PR]
by sea1900 | 2006-04-02 02:25 | 人間

seaが初めて、ジョン・ウィリアムズ(1941年・オーストラリア生まれ)のギターを聴いたのは、10代の頃でした。
ジョン・ウイリアムズは、映画音楽をたくさん作っている同性同名のジョンとは、別人で、クラシックギターリスト。

最近、ヨーヨーマのブラジルライブとリック・ウェイクマンのアーサー王と円卓の騎士達を聞き過ぎていたら、ヴァイオリンとか、ギターの音色がとても懐かしく思えていたのだった。

それで、昨日はジョン・ウィリアムスの『ザ・セビーリャ・コンサート』を買って来た。
どこか探せば、ジョンのCDはあったのだと思うが、とりあえず、良いか~


このコンサートは、スペインのセビーリャにあるアルカーサル宮殿で録音を行っている。アルカーサル宮殿は世界遺産に成っている古い城だそうだ。

南米では、ブラジルが唯一、ポルトガル語を使うが、その他の国は、全てスペイン語を話している事からも、昔の、スペインの力の強さを誇示している。
昔観た『エレンディラ』の中で、イレーネ・パパスの迫力に負けない、エキゾチックなムードは今も、心に残っている。日本人から観たら、どぎつい感じだが、決して真似の出来ない文化には、憧れた物だった。

『アランフェス協奏曲』は、余りにも有名な曲だが、『スペイン組曲』は、大穴だと思う。


→クリック御願いします。
[PR]
by sea1900 | 2006-03-19 09:44 | 人間


午前中に、近くの小学校の卒業式を観に出かけた。
知人や同級生がこの小学校で、先生をしていて、今日は、一般参加も認められている。

1年生から5年生が在校生として、6年生を送る。昔からの卒業式とは違って、演出が多い。
卒業証書は、今年から2つ折のBOOKタイプに成り、その辺に置き忘れても、敗れたりしないように成った。この点は進歩した物だ。

『君が代』の斉唱も滞りなく・・・全く、問題ありません。

一学年に2クラスしかない小さな小学校なのに、来賓が30人位いて、来賓の挨拶が眺めだった。校長先生は元、中学校の音楽の先生で、高学年の音楽を担当していたが、教えるレベルが高くて、付いて行くのが大変だったらしい。
ついでに言うと、話が長くて有名!
聞く立場の生徒は、いつも大変だった。でも、先生は自己の発散をいつもするから、さっぱりした顔をしている。
今日も、いや~~~永かった。。。。

6年生の女子が何人か泣いたが、ビックリしたのは、最後に外で、在校生や先生達の間を、6年生が通っていく時だった。
感動して小さな2年生や3年生が、泣き出して止まらなかったのだ。
小さいから可愛くて写真がほしいとさえ思えた。感動が感激に変化して、ワンワン泣いている。

泣き出したら、止まらないんだな~

ピンクのスイートピーの花束が、給食の残りのご飯で、よくおにぎりを作ってくれたと言う知人の先生(男)の頬を隠していた今日と言う日。

すがすがしい旅立ちの日。

I believe in future 信じてる。。。


→感動して泣くのは良いと思う方は、クリック御願いします。
[PR]
by sea1900 | 2006-03-17 15:36 | 人間
おとといの夜、右のコンタクトレンズを無くしてしまい、昨日、眼科に電話したら、既に廃業していたのだった。電話に出たのは、留守番の伯父さん。


車で1時間以上係る所にあったので、何年間かは、裏道になる山越えを良くしたのだった。当時の車は、エアコンの無いジムニーで、少し位,ぶつかっても傷が付きにくかったし、気に成らなかった。と言って、私の運転が下手と言う訳ではなくて、山道と言うのは、すごい道だったと言う説明でもあります。
山を何度も越えると、ダムが見えてきて、別世界が展開するのだから、一人ドライブは、楽しかったし、達成感が一杯でした。ただ、山道で大きなトラックとすれ違いも出来なくて、私がバックするしかない時には、きつかったのです。

市内の眼科の病院を、私は信用出来なかったので、最初は大学病院に通い、あんまり頼り無いと思えたので、最終的にはこの病院に係っていたのです。

市内の流行っていた眼科では、一人の医師と、看護婦だか事務員だか解らない、20代の女子が20人もいて、これが医師の趣味だったのですが、医師が忙しくて、見落としがあったのです。


院長先生は、かつてギネスブックにも載った事のある有名な先生で、外国の教授達にも呼ばれて、手術をしていたのです。その様子は、待合室の壁に大きな写真と共に、プリントが用意されており、何度も興味深く読みました。

当時、スリランカからの医学生や医師が何人も、研修していたのでした。

この病院では、角膜移植や高度な手術が多く、他の病院ではさじを投げられた患者が多かったのです。院長は、300年も続く医師の家庭で育ち、贅沢なんて知らない、赤ひげの様な医師で、外車も無ければ、ゴルフにも行かず、休みの日は、ひたすら家庭菜園に精を出すのです。

余りにも優秀な先生だったので、流出を防ぐ為に、市が先生の為に、大きな眼科専門の病院を建てたのでした。


だから、経営は二の次で、スタッフ達が困った事も良くあって、トラブルもあったのです。
当時、60代の後半でしたが、蝶ネクタイが似合い、ダンディで、話しづらいので、緊張しまくりです。スタッフもピリピリしていて、こういう先生には、医療の解るマネージャーが必要なのだと考えさせられました。


当時、角膜は国内では、手に入りにくくて、この病院では、スリランカから送られてくる角膜を使い、角膜移植をしていました。
どうして、スリランカから来るのかと言うと、スリランカでは、人が亡くなった後、魂だけが天に行き、体は置いて行くという考えが徹底しているので、眼に関しても、眼球を摘出する事に、抵抗を持たないので、病院としては角膜に困る事が無かったのです。

先生が、スリランカの病院にも良く、行っていて、あちらでも手術をしていたので、その影響もあったのでしょう。

先生はご高齢になり、自宅で、ゆっくりとくつろいでいるのでしょうが、アイバンクには、勿論登録済みだと思います。
医師自身、あまり自分の死後、献体や角膜提供をする人が少ないのは、可笑しいと思ってしまうのです。自分がお世話になった医学会に、置き土産をしてこそ、医師なのだと思うのです。


お世話になった世界に、少しでも自分の出来る事を還元したいと思う人が多ければ、精神的なリサイクルにも成って、人間である事を分かち合える気がするだろうと思うのですが。。。。





→クリック御願いします。
[PR]
by sea1900 | 2006-03-10 00:54 | 人間

d0063550_23175131.jpg




エンニオ・モリコーネの、曲は450本近い作品の多くがイタリア映画音楽だと言う。

現代音楽作曲家が、35年間も映画音楽を作り続けている訳だから、計算すると450÷35=1年に、12,3曲作っている事になる。
このスピードが、プロとしては速いのかどうかは、解らない。

ただ、ぐっと、泣かせてくれるから、今、この椅子から動けないだけ!

『癒し』ブームに乗った曲もあるが、心地よくうなずける音楽には、彼の音楽への造詣の
深さを思う。そして、イタリアの歴史深い風景をも、思い出す。

そして、YO-YO MAのチェロの音色の奥行が、静かな花を咲かせている。

しかし、どうして泣かせるのだろう!
癒しを越えた感動がある。




→クリック御願いします。
[PR]
by sea1900 | 2006-03-05 23:35 | 人間
3月2日は、先程の『白バラの祈り』を日比谷で見てから、新宿の紀伊国屋で、エコール・シモン展を見ました。5時には、調 文明氏に会う約束でした。

文明さんとは、面識が無いので、どんな風貌なのかは、解りません。
ただ、若い男性というだけで・・・・・

知人・友人・変人のきちんと3拍子のlunatiqueさんに、文明君を紹介してもらい一件落着です。

実は、わたくし、面食いなのです。

最近、アトリエで、先生にも「ぶおとこは嫌いよ!」と言って、笑われております。

20代の男性が紀伊国屋画廊の中にいたので、もしかしたら、この人が文明君???
と思うと、プレゼントしようとしたCDのコピーを、何故か、バッグの奥に押し込みたい気分に成りました。
私の家のオスのパグに、似ていたのです。
<愛嬌は在るという事でして、ハイ!>



ところが、文明君は好青年で、がり勉タイプのようではなくて、ほっとした次第です。
爽やかなサイダーの様な感じでしょうか・・・・

彼に渡したCDの曲は、AVALON SUTRA。

lunatique氏に送ったはずの、同じCDは、まだ彼の手元には着いていませんでした。
CDは無言の拒否をするのでしょうか(笑)
更に、私が気に入っているマフラーと全く同じ色のマフラーをしていたのには、ショックです。
趣味が同じかと思うと、嫌なものですわ・・・・・
でも、着こなしはセンスですから、私の勝ちのようです。

そんなこんなで、楽しい一時を過ごす事が出来て、感謝!

原則的には、OFF会は嫌いなのですが、この2人は別なのです。




→クリック御願いします。
[PR]
by sea1900 | 2006-03-04 02:36 | 人間
d0063550_15481365.jpg

竹浪明氏の写真集を観ると、やはり象の姿にカンド~

パラオにもフィリピンにもいなかったし、動物園でしか,お眼に係れない貴重な生き物!

人はかつて、動物や植物と言った生き物と共存して来たのに、文明とは、そのサイクルの向きをあっという間に変えてしまっている。
近代化って何だろう?近代化のしわ寄せは、自然な流れではなくて、副作用のある抗生物質の如し・・・
副作用から、また、漢方薬や、免疫を上げて病気に成らない体力を戻す事を考えざるを得ない。そうやって、繰返す事しか出来ない人間。狂ったサイクルを元から経たなければ、本当の意味での再生は不可能ではないだろうか?

先進国が抱える問題は、破滅への一歩でもあって、恐怖と隣り合わせだ。

利益、金の為にはなんでも有りの、企業家や政治家達。堀江も同様。


人間は愚かで空しい生き物だ。
それに引き換え、生きる事だけ考える動物の姿は、そんな人間を追い越し、一段高い位置から人間を見ている。
しかし、その姿は謙虚で、おごりを知らない純粋なる物だ。気高く、真摯でもある。


自然から学ぶ事は多いし、楽しい。
そう、色彩は音楽の様に流れている。

爽やかな風を、スリランカから感じた。。。。。。。

世界って、広いんだな~と感じさせる写真達、ああ、みんな生きていると実感する今日。


ウペクシャさん、昔から幸せそう・・・・・
smileは全世界共通のコミュニケーション成り。

(ところで、竹浪氏は、スリランカの人の様な雰囲気ですわ~)
[PR]
by sea1900 | 2006-02-26 16:28 | 人間