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海の上のピアニスト

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力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

カテゴリ:人間( 186 )

男性のロンゲはいただけない。
美しいとは思えないからだ。

先日、友人とさる会場にて丸イスに座っていた。
1ドリンクは、冷たいビール。

友人の前に座っていたのは、ロンゲをどこぞの宗教団体のご一行様のごとく、一つに縛っている女性だった。と思ったら、男性。
艶も無く、白髪交じりのその御髪には、不潔感が漂っている。

ロンゲは+チョーがつくロンゲの2乗。
ロンゲの先がイスの下にある。と言う事は、ここ何年か切っていない模様。

隣の友人が何か様子がおかしかった。後で聞くと、友人のビールの缶にぺったりとロンゲが張り付くので、気持ち悪がっていたのだった。

この話を昨日、人形教室で話したら大笑いになった。



けれど、一番面白いと思ったのは、挨拶もしない暗い影を持つ男性が、
ケタケタと下を向いて笑っていた事だった。
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by sea1900 | 2008-06-05 02:35 | 人間
健康オタクの友人から、3Mix-MP法の歯の治療方法を聞いたのは、2週間程前の事だった。
 これは歯を削らないで、と言ってもエナメル質だけは少し削り、内科でも使われている薬3種類を塗って直すという画期的な方法。

仙台の歯科医師が考え出し、TVでも放映されていたそうだ。
この医師が多くの歯科医師にこの方法を伝授したようだが、どうしても『削る』癖のついている歯科医師の事ゆえ、エナメル質よりも先まで削ってしまい、結果として完全な治療とまでいかないらしい。

で、健康オタクの友人は、自分の歯の症状をfax で事細かく送ったのだった。しかし、医師からは何の連絡もなく、何日かが過ぎていった。

そして、既に諦め切っていた時に、電話をしたらやっと繋がり、医師と話す事ができたそうだ。

 もっと痛くなってから連絡をして、来て欲しいとの事だった。

医師の医療への情熱は、医療の届かない国々まで出向いて治療をするまでになっていると言う。

何事も情熱があってこそ、前進出来るのだ。


市内の○○医師のように、ろくな治療もしないで自信満々に金儲けに情熱を注いでいたら、
それは単なる自己満足と言う物。

人間性が問われる問題だろう。
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by sea1900 | 2008-06-05 01:47 | 人間
『絶対の愛』のあらすじの最初を、30代の映画を観ない女子に話したら、案の定興味を持たなかった。が、そこで偶然私の話を聞いていた年上の男性は、「面白い!」と叫んだ。

直感が鋭いと言うのだろうか。

DVDを貸して、感想を聞きたいと思った。
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by sea1900 | 2008-05-27 22:25 | 人間
私の仕事は、金持ちと呼ばれる人達を対象とすることが多い。
例えば、会社の経営者や院長の婦人と言ったお金に自由な人達だ。

ところが、どの世界にも良い人とそうではない人がいて、金持ちでも、もちろん同じ事が言える。

そんな訳で、今朝もさる院長の夫人から電話があって、嫌味な話をされた。

「またか~」と思いながらも、既に消えていく。

そうです、訓練されてしまってるから、聞く耳あらずでした。

だけど、意地悪な人って、意地の悪さが(^^)の表情から読み取れてしまって・・・・・・
隠せないんですね・・・・・
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by sea1900 | 2008-05-12 22:57 | 人間
5月の連休に市内にある精神病関連の施設のボランティアをした時のこと。

感想としては、『人間、皆同じ』って事で、精神病でもそうでなくても大した違いは無いという事だった。
昔、老人ホームで働いていた20代前半の女子は、「ばあちゃんが、可愛くて可愛くて仕方無いよ。」と言っていたが、冬眠状態のような精神病患者も、痴呆性のばあちゃんの可愛さに通ずる所があるものだ。

だけど、問題が一つあって、精神病患者は一応に臭いのだ。
毎日の入浴や着替えがきちんとなされていないからで、これには参った。
身づくろいが良く出来ないので、着替えを促しても、本人が自覚しない限り無駄な言葉になるだけ。
其の臭いは、其の身を守るかのようで、其の内に私の鼻も慣れてしまった。



そして、ごく最近。

図書館にあるPCに座ると、懐かしい臭いが横から流れてきた。
単なる加齢臭のおじさんによる物だったが、強烈過ぎた。

とても健康そうな感じがしたから、こちらは不精なのだろう。
同じ空気を共有する以上、エチケットを心掛けて欲しい物だ。

私の脳は人の臭いで疲れてしまう。。。。。









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by sea1900 | 2007-06-02 23:32 | 人間
書くよりも読む事が面白くなり、毎日読んでいるブログ。

昔読んで封印していた『死化粧』に、最近足を運んだ。

怖い物見たさなのか、
古いヌカ床の中に残ったままのきゅうりやなすを拾わなければ成らないというような
気持ちなのか、
又は、管理者の人生に『憐れみ』と言う名のバリケードを重ねたいのか、



そのプロの書き手の様な文章は、『無駄』というリスクを感じさせないから、
ストレートにやってくる。

管理者は子供のいる主婦だが、独身時代はOLとフーゾク嬢という2足のわらじを履いていた。
内容はフーゾク嬢だった頃の話に留まらず、子供への虐待や、姉さんの事等で、
淡々と書かれている。
前に読んだ時、私は『別世界』と言うスタンプを急いで押して、自分の目の行かない方向に捨てていた。


無視する事は簡単だけれど、自分の心は整理されないままになる。

『媚』を感じない文章だからいい。




更新もなくなり、ただ記録と化したはずの文章がやけに生生しい。



夜中に読み終えた『イヴォン4世』の話より、生チョコが虫歯にとろけながらしみ込む様なある種の痛みを感じて成らない。
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by sea1900 | 2007-05-06 01:24 | 人間
日曜日の事だった。

何年かぶりに同じ町に住んでいる従兄弟の子供に会った。
3姉妹の末っ子のAは中学1年生になっていて、私と待ち合わせをしたスーパーの入り口で会った時はあまりの変わりように気が付かなかった程だった。
小さな時は健康優良児のような雰囲気だったのに、随分とおしゃれできれいに成っているのには驚かされる。

Aは何だかほんわかとしているけれど、力強くて面白い性格で、<繊細>とか<シャイ>という言葉とは完全に無関係のようだ。

プリクラを撮る時のポーズのとり方やノリの良さには圧倒されるが、決して私も引けをとらないから互角だった。
でも、タイムを競う書き込みにはもたつくのでAに全てお任せした。
書き込みは慣れていないと、タイムアウトしてしまうのだ。


私が勉強を見ている親戚の女子は、同じ中学1年だけれど、Aとは全く違う性格で、進学校から大学を目指している。
それぞれの中学生に共通しているのは明朗な事で、よく笑っている事なんだけれど・・・・

これから5年後にはどうなっているだろうか?

Aは<パソコン関係の短大か専門学校に行って、家の近場に就職出切れば良いかな~>と言う。
Aの話を聞くと、皆が皆大学に進学しなくても良いさ!と思えた。当たり前なんだけれど、生き方なんか色々で良いし・・・・と再確認の日だった。そして、若さを頂けた日だった。(ありがたや!)








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by sea1900 | 2007-02-13 22:28 | 人間
今日の午後、私は京急線の電車の中にいた。
定員の半分位の人が座っている電車内に、杖を突いた男性が入って来た時、何だか私はぼんやりとしていた。
すると、座っていた中年の男性や女性が動き出して、その人を椅子に座らせていた。

自分が率先して動かなかった事に恥ずかしさがこみ上げてきたものだった。

そして、盲人の男性(40歳位)は、バッグと一緒に持っていた白い紙の束を指でなぞり、そのスピードの速さが私を釘付けにしたのだった。
よく観ると、点字がびっしりと打ち込んであって、一行を2秒位で読んでいる。

指が眼になり、脳に成っている事に今更ながら驚いた。

と同時に、知人女性の娘が弱視の為に盲学校に通っている事を思い出した。
昔、どこかに書いていたと思うけれど、1歳半で癌になり子供病院に3ヶ月入院したり、その他の手術が続いたりと、健康体な子供からは想像も付かない身体なのだ。もう、中学生になっているはず。

しかし、その親は子供病院に入院していた時に、生まれ付きベッドから起きる事の出来ない重症の子供を見て、自分の子供はまだ恵まれていると思い感謝したと言う。

自分よりも更に不憫な人を見て、自己満足出来たという事は良くある事だと思う。

シングルマザーが知能の優れた子供を持ちたいと思い、過度の理想を持ってしまうよりも人間的だと言えるだろう。


知能とか学歴だとか、人の外見に捕らわれていると、本当の安らぎは得られないだろう。
予期せぬ出来事に対処できてこそ、人間らしいと思うのだ。





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by sea1900 | 2007-02-03 23:28 | 人間
先週の講義だったと思う。
今受講しているアフリカについての講義の中で、リベリアについてこんな事を聞いた。


奴隷として売られた人達は、その後何年かしてお金を積んで市民となってリベリアに帰国した。
帰国というよりも、リベリアを買ったのだった。
そして、リベリアを買った金持ちのリベリア人が、現地に昔から住んでいるリベリア人を差別しているのだ。これをブラックアパルトヘイトと言うのだが、差別から生み出された人間が差別を作る方に回ってしまっている。


映画「ルワンダ・ホテル」では、1994年・ルワンダでのツチ族とフツ族の戦いを描いているが、これはベルギーが作り出した物で、リバイト・アンド・ルールと言われ、外来の人が現地住民を分割して戦わせて、アフリカの内戦状態を作っている例でもある。

思えば、『差別』とは、元々何の根拠の無く、悪意に満ちた作為の結果だと思う。

1993年・ソマリア内戦映画「ブラックホークダウン」は、16人のアメリカ兵が死んだ話だが、当時クリントン大統領は
「どこで飢え死にしても決して関わらない」と決めたのだった。
他国の内戦に送られ、他国の戦いに巻き込まれるアメリカ兵もたまったもんじゃない。

<ブラックホークダウン>と<ホテル・ルワンダ>


こうして、私はアフリカの歴史を知る事から始まり、地下資源が豊かな為に、その諸外国に利用され続けているアフリカの現状を知ると、その豊かさがアフリカ住民の豊かさに結びついていないし、ダイヤや金が奪い合いされているのが現状。

そして、それによる悲劇が後を絶たないのだ。
   
                   つづく・・・


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by sea1900 | 2006-11-17 22:48 | 人間

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今日、私は中学校英語弁論大会の県代表に成った中学3年女子のスピーチを聞いた。
スピーチは、さすがに県代表になっただけの事はあると思われるきれいな発音、持ち前の声の美しさ、ジェスチャーと、どれをとっても良かったが、一番良かったのは、世界的な出来事に注目したという点だと思った。

和訳すると、以下のようになる。

    。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

「押すべきか、押さざるべきか?」
一人のやせこけた少女が地面に横たわっている。
後方には一羽の冷たい目をしたハゲワシがぼんやりと現れる・・・。
 皆さんは、この画像を今までに見た事があるかもしれません。
これは、13年前にケビン・カーターによって撮られた有名な写真です。
その写真は世界中の新聞に掲載されました。
そして、ケビン・カーターはこれで1994年にピューリッツァー賞を受賞しました。
初め、私はその衝撃的な写真を英語の教科書で見ました。
クラスで、私達はどの様にケビン・カーターがスーダンに行ったのか、写真家としてどう働いたのか、について読みました。
彼は、スーダンの問題を世界に見てもらいたかった、その結果、彼の働きはたくさんの飢えたスーダン人を助けました。

しかし、カーターの撮った写真を非難した人もいました。
彼等は、「彼はそれを撮るべきでなかった。その代わりに、その死にそうに弱った子供を助けるべきだった。」と言いました。
このカーターへの非難について皆さんはどの様に思いますか?
貴方だったら、どうしましたか?
もし、貴方がケビン・カーターだったら、カメラのシャッターを押しましたか?

私はこの有名な写真の詳しい事を知りたくなりました。
インターネットを見て写真についてのたくさんの事、撮った人物の事について学びました。

私は、あのスーダンの少女が危険ではなかった事を知りました。
彼女の母親は近くに居て、支援者から食糧をもらっていました。
カーターは良い機会だと思い、写真を撮り、その後ハゲワシを追い払いました。

後に、写真が掲載されると、カーターはたくさんの非難を浴びました。
彼の行動は不人情で非道だと言う人も居ました。
彼等は、「少女を助けるべきだった。写真を撮るべきではなかった。」と言いました。
しかし、彼は非難に答えず、彼自身を弁護しませんでした。
私はなぜ彼が何も話さなかったのか解りません・・・・誰にも解りません。

この物語は悲しく、衝撃的な終わりを告げます。
この写真は彼を有名にしましたが、彼は彼に対する非難に上手く対処する事が出来ませんでした。
ピューリッツアー賞を受賞した数ヵ月後、ケビン・カーターは自殺してしまったのです。

去年の5月、私は新聞で義足の人達がエベレストに登った事について読みました。
彼等は山に登っていると、弱ってスロープの上に一人で倒れている男性に出くわしました。
彼等はその男性を助ける為に止まらず、頂上を目指し登り続けました。
彼等は登山に成功しました。
しかし、彼等に見過ごされた男性は死にました。

貴方は義足の人達の選択についてどう思いますか?
最初、私は、彼等は自分達の登山を諦める事になったとしても、他の登山者を助けるべきだったと思いました。
しかし、後で、私は考えが変わりました。
そして、今は、私は彼等のとった行動を責める事は出来ません。

私は義足の登山者についての大切な情報をいくつかTVで学びました。
コメンテーターは「倒れた登山者を助ける方法は、自分自身の命を危険にさらし、彼等の酸素を彼に与える事しかなかった。」と言いました。
何人かのプロの登山家は、インタビューで「もし、貴方だったらエベレストで死にそうな人を助けますか?」と尋ねられました。
ほとんどの人が「いいえ!」と答えました。

そして、「第一に、エベレストに登る人は自分の事は、全て自分で責任を持つべきだ。」と言いました。
リポーターは、「他の登山者達は声も掛けずに通り過ぎて行きました。一方、義足の人達は立ち止まり、彼を勇気付けました。」と、付け加えました。


古いことわざがあります。
<全ての出来事には2つの面がある。>
私はこの2つの話から、一面的な見方で結論を急いではいけない。という事を学びました。
私は、他人の行動を非難する前に、状況をよく考え、事実を見極めるべきだ。という事を学びました。

最後に、この質問をさせて下さい。
「もし、貴方がケビン・カーターだったら、カメラのシャッターを押しますか?」

私だったら、彼と同じように写真を撮ったと思います。

ありがとうございました。
    。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


私はケビン・カーターの自殺の事を知ったその昔に、作家やカメラマン等の表現者としての彼等の宿命を考えた覚えがある。
マスコミは何か突っ込みどころがあれば、それこそ暴徒と化して、一つのイジメの構造が出来上がり、集団ヒステリーが人の命さえ奪ってしまうのだから、全くたまったもんじゃない!

正しいとか正しくないとかは、誰にも判断できない事があるし、
その場に居合わせなければ、判断の付かない事だって多い。

くれぐれも、他人の言葉を鵜呑みには出来ないし、自分の尺度を持って考えないととんでもない事になるだろう。

スーダンの少女の写真だって、これを見て、「かわいそう!」と、大体の人が思うはずだ。
しかし、如何してかわいそうなのかは考えないと思う。
国家、歴史、文化と、それなりに学んでこそ、一枚の写真への感想は生まれるべきだ。
まあ、そんな所に着目していれば、ケビン・カーターを死に追いやる事も無かったと思うのだ。
表面的な、目に見える事だけを判断基準にしてしまうと、世の中は偏屈になり、更に狭くなってしまう。
ケビン・カーターは自分の仕事を忠実にこなし、人間を愛した人だったと思う。



私は、このスピーチをした女子がまだ赤ん坊の時に出会っていた。
そう、知人の娘だったのだ。
あれから13,4年も経つと、人間って、こんなに素敵になるのだと思うと、命の尊さをしみじみと感じてしまった。


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by sea1900 | 2006-11-11 00:04 | 人間