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海の上のピアニスト

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力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

カテゴリ:映画( 228 )

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この映画は、ドキュメンタリーで、写真の奥村和一(おくむらわいち)さんが、現在も戦い続けている戦争体験を映画化している。
日中戦争が1945年8月に、日本の敗戦によって終わり、中国の山西省にいた5万9000人の日本軍部隊は、中国国民党に降伏した。国民党の将軍・閻錫山(えんしゃくざん)は、共産党軍との戦いに、日本軍を必要とし、降伏してきた日本軍の司令官と交渉して、日本兵2,600人を残留させたのだった。以後、数年間、2,600人の日本兵達は中国の共産党軍と死闘を繰り返す事になった。
彼らの多くは、この戦いで戦士したり、捕虜になったりして、生き残った人達が帰国出来たのは、国民党が敗れて、中華人民共和国が設立してからの事だった。

さて、帰国すると、今度は日本政府が彼らは軍の命令ではなくて、勝手に残留して閻錫山の用兵になったのだとみなし、旧軍人としての補償や恩給の対象からは、一切除外したのだった。

これらの軍の犠牲になった人達は、既に80歳を越していて、訴訟を続けているのだが、訴訟グループの一人が先の、奥村和一さんなのだ。

奥村さんは1924年、江戸時代から続く雑貨商の長男として、新潟県に生まれた。
1944年、早稲田大学専門学校商科在学中に、徴兵され、上記のように、帰国出来ずに、1948年、重傷を負い、この時に受けた砲弾の破片が、今も左半身にびっしり残っている他に、左耳の聴力と全ての歯を失った。
脱出途上、部隊からはぐれて、隠れていたところを人民解放軍に見つかり、捕虜となって、以後6年2ヶ月間を炭坑や農村での強制労働などを負わされる抑留生活を送った。

1954年にようやく、帰国を許されるが、故郷で待っていたのは、終戦翌年に既に軍籍を抹消されていたと言う衝撃の事実だった。
更に、<中共帰り>というレッテルが貼られ、公安に付きまとわれ、居たたまれない思いで、上京する。

63歳で退職してから、山西残留の調査・究明一筋に生きている。


登場人物の方々は、皆さん怒りと悲しみを抱えながらも、自分に残された時間との戦いを生きている。そして、実名で、映画に関わり、当時の日本軍がどのように残酷だったかを語るのだが、若い時に受けた教育が、その人の人生を左右してしまう事を思い知らされた。

同じ軍にいた元中尉や元中佐が語る言葉の重みは、真実を生き抜いた人間の力強さを感じさせてくれる。

脳梗塞で10年以上前に倒れてから、病院で寝たきりの生活を続けている宮崎舜市元中佐は、撮影当時97歳だった。奥村さんが、ほとんど意識の無い宮崎さんを訪ねるシーンがある。
すると、唯寝ているだけの宮崎さんが、声にならないうめきで、奥村さんの話に頷くではないか!
この映画の中に生きているのは、そういううめきで、深く強く心に響いたのだった。

当時の澄田軍司令官は、1949年に飛行機で脱出して、日本に帰国し、戦犯となることを逃れた。ポツダム宣言や天皇の命にも背きながら、戦犯にも問われずに、特別待遇だった軍人もいるのだ。

歴史を認識する事は、戦争の事実を認識する事でもあって、戦争とは、それ程に深く重い事なのだと思う。

靖国神社で、小野田さんが演説しているシーンがあるが、小野田さんは、既にマスコミの人となっていて、靖国神社の戦犯にも頭を下げる姿勢だった。
奥村さんが、小野田さんに言葉を掛けるが、小野田さんは小泉首相のような態度で、去っていった。これが結構強硬で、小野田さんは、天皇に命を掲げた人だと確認出来る。
小野田さんの、何かにやけた姿に、私はがっかり!

奥村さんが、2005年夏に撮影隊と共に、中国を3300キロ走り、<肝試し>として中国人を刺殺した寧武を訪れ、当時を思い出すのだが、加害者でもあるけれど、普通の人間を加害者に仕立て上げた戦争の残酷さを問う姿は、圧巻だった。




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by sea1900 | 2006-08-31 23:29 | 映画
今日は、最初に『太陽』を観て、次に『蟻の兵隊』を観た。
どちらも、太平洋戦争に関している。
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『太陽』は、それまで神と信じられていた天皇を、静寂の中で、一人の人間としての苦悩や家族の愛を、ロシアのソクーロフ監督(1951年生まれ)がイッセー・尾形(1952年生まれ)を天皇役として描き、プライベートな部分をメインに好意的に描いていた。
アメリカ人が描いたら、全く違う天皇に成っただろう。
好意的だったので、ほっとした。
当時の軍の力は強くて、天皇は、実際にはロボット状態だったと思うし、平和を誰よりも願いながらも、そう出来なかった責任者としての苦悩は、天皇を深い悲しみと孤独へ追い立てたのだと思うからだ。
それなのに、批判的に描かれていたとしたら、お門違いだと思っていた。


実際に、大正時代生まれの人や、昭和初期に生まれた方達にとって、『天皇』とは、遥か彼方の雲の上の人であった訳だが、戦後の『人間宣言』を持って、死を迎えるまで、ある意味において戦争責任を取り続けたのだと思う。
ある意味とは、生き続けて戦後の日本の再生を応援した事だろう。



皇后役の桃井かおりの登場するシーンは短いのに、存在感は大きい。
何時の頃から、こんなに上手い女優に成長したのだろうか?
前面に暖かさを、内面に優しさを含んでいて、その1カット、1かっトにそれらを吐き出すので、圧倒されてしまう。

イッセー尾形は、言葉少なく、静かに、時にユーモアを含んで、日本の天皇を演じていたが、彼でなくては、こんなに良い映像を我々に見せてはくれなかったと思う。
マッカーサーとの会見では、天皇を理解出来ない彼の苛立ちも見えるが、それは天皇とて同じだっただろう。事実はわからないが・・・
また、天皇と侍従との関係も面白かった。佐野史郎の抑えた演技が、鈍い光で、天皇を照らしているようで、印象的だった。

「あっそう!」という天皇の名文句は、何度も使われていて、イントネーションも全て、天皇に似ていた。そう、そう、何よりもイッセー尾形が、セリフを話す時に、口をモゴモゴとするしぐさは、そっくりで、名演技だった。

如何して、監督は天皇を描いたのかと言うと、1999年には、『モレク神』(ヒットラー)2001年には、『牡牛座』(レーニン)と、20世紀の怪物達を一人の人間として見つめる連作の第3作目として取り上げたそうだ。
「闇に包まれた国民の前に太陽はやってくるであろうか?」と自問していた天皇ヒロヒトの人間性に光を当てている厳かな雰囲気の作品で、昭和天皇を知らない人も、知っている人も、昭和史を語る前には、知っておく必要があると思う。



劇場は銀座のシネパトスで、9割方満席で、観客の平均年齢は高かった。
よろよろしているご老人も観に来ていたが、若い人にも是非、見て頂きたい。
淡々としながら、色彩や思い音楽に囲まれた映像の、芸術性のある作品だと思う。
監督が鬼才なら、イッセー尾形も奇才!


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by sea1900 | 2006-08-28 23:49 | 映画
今週中に、是非観たいのは、昭和天皇を描いた『太陽』と、戦争を描いた『蟻の兵隊』で、何時にしようかと現在思案中。

『太陽』は、宮内庁の承諾を必要としたのだろうか?
この間、渋谷のシアター・イメージフォーラムで、ご年配の方は皆さん、地下のシアター(蟻の兵隊)に向かっていた。
ところが、60代とおぼしきご夫婦が、一階のシアター(顔のないものたち)のシートに座っていたので、私は、『大丈夫かな~?』と、はらはらしていた。
暫くして、係員の説明があり、ご夫婦は、シアターを間違えていたのが解り、ほっとしたのだった。
失神するか?シアターから出て行くか?のどちらかに決まっていたからだった。
『ショックはラッキーの始まり』が、当てはまらない事だってあるようで。。。。。



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by sea1900 | 2006-08-27 03:03 | 映画
『呼吸しろ』は、6作目の最後だった。

主役の女流画家は、一人暮らしで、製作に行き詰っていた。
エレベーターの中で、出前の青年を見かけ、その男っぽさに魅せられた画家は、青年とのセックスを妄想するようになる。何度か出前を注文して、チャンスを伺うのだが、あくまでも期待外れ。そして、最後には、自分から青年を誘うのだった。
平凡な一人の毎日に、光を見出したく成った時、それがセックスだったとしても、不思議ではない。そういう風に、心の隙間を埋めてくれる物だろう。

『呼吸しろ』とは、生と性が結びついた『ブレス』の意味だと思う。生きていくと言う普通の事と、セックスとは、常に連動しているし、当たり前の事なのだ。

ところで、昔の『東京電力OL殺人事件』を思い出すと、彼女は呼吸したくても、上手く呼吸出きないで死んでいったのだと思えて成らない。異常な性癖は、それらの弊害だったのかもしれない。

男なら金を使って女と遊ぶ事は出来ても、一般的な女性は、そうはしないのだから、結婚とは、女性にとって、普通は心身ともに安定を与えてくれるので、都合が良いと思う。

女性から見た『欲望』は、目立たないけれど、命の神秘ささえ感じさせる物では無いだろうか?



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by sea1900 | 2006-08-24 01:04 | 映画
22日は、渋谷のシアター・イメージ・フォーラムで、韓国インディペンデント映画2006の中から、プログラムEとAを観た。作品は全て、セックスとジェンダーに関する物だ。
プログラムEは、短編集6作で、私に短編の良さを見直させてくれたのだった。

まずは、『狂気の歴史』
主人公の大学講師は29歳とは思えない落ち着いた感じがする。ネットで、出会った売春婦が、2度目の約束を守らなかった為に、彼は女に復讐を誓う。
復讐とは、彼のマンションの部屋に閉じ込める事だった。
綺麗に整理された部屋の机に座り、読書をする彼、そして、もう片方の部屋で、絶望に打ちひしがれる女がドア一枚を隔てている。

女のいる部屋は、10畳位のフローリングの部屋で、ほとんど四方が背の高い本棚で、何百冊かの本が並んでいる。女は最初、抵抗を試みるがその内に、鍵が外からかけてある事や、男よりも力が弱い事を再確認して、逃げる事を諦める。

ちょっと、この辺は、ホラーっぽい。
と言うよりも、新潟で起きた監禁事件を思い出させる。

が、何が違うかと言うと、男は女にこう言うのだ。
「ここにある本を、全て書き写せ!それが終わった時、外に出られる!」と言う物で、女は、座り机に向かい、膨大な量の本を一冊づつ、写し始める。

ドアは下の部分に、顔一つ入る位の大きさを切り取られ、食事のトレーが、こちらとあちらを往復する。
そして、男は、その切り取られた所から、中を見て驚く表情をして、映画は終わる。

驚く表情の原因は、解らないが、女が死んでいるのではないだろうか?と思えた。
短編なので、19分で終わっていて、サスペンスタッチだった。

『狂気の歴史』とは、振り子の発明をしたフーコーが1961年に書いている本のタイトルで、監禁という語彙があった。(難しいので、ココは略)

ラストのシーンが何を意味するのかが、知りたい。。。。


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by sea1900 | 2006-08-23 23:56 | 映画
よく行くレンタルビデオ店の、レジの横のワゴンに並んでいた中古ビデオを買いだめした。
買い溜めとは、鳥が卵をおなかの下で、温めておくような物で、自己満足はあっても、何時見るんだろうか?と、やや不安。。。。


一本100円なので、合計1200円也!値段は可愛かった。


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セックスと嘘トビデオテープ
エリザベス
ユージュアルサスペクツ
シェルタリングスカイ
恋する惑星
裸のマハ
パトリオットゲーム
ラストタンゴ イン パリ
マルコムX
8月の鯨
デッドマン
宮沢賢治-その愛


同じ映画を何度か見直すと、案外、それまでには見えなかった物が見えてくるから面白い。
ベルナルド・ベルトリッチ監督の描く『愛』は重くて深いが、私にとっては難解ではない。
『シェルタリングスカイ』の坂本龍一の曲は、サハラ砂漠の美とエキゾチックさに圧倒されない肌理(キメ)の細かさと、強さを含んでいて、東洋的な響きを感じた事を思い出した。
東洋的な神秘さって、何処から来るのだろうか?



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by sea1900 | 2006-08-18 17:52 | 映画
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人気コミック原作の映画『ハチミツとクローバー』は、美大生男女5人の青春物語で、既に9冊の原作は私の手元にある。青春物は若さが魅力だが、はぐみ役の蒼井優の可愛らしさや森田役の伊勢谷友介の破天荒な面白さが群を抜いていた。美大が舞台なので、一般大学とは違った面白さもあった。


恋が成就するような話ではなくて、5人が皆片思いだから面白いと思った。
片思いだから、常に平行線で、歳は違っていても、それぞれが『青春探し』をして行く姿は、すがすがしい。

若い時しか出来ない事は、失敗でも何でもした方が良いし、経験が無くては、話には成らないだろう。
はちゃめちゃでも、それを経験しないといけない時もあるし、20代なんて、自分が解らないのだから、法に触れなければ、何をやっても許される時なのだと思う。
あまり、固まってしまっては、つまらない時だと思う。

全体的に、色彩豊かな映画で、はぐみのファッションはいつも、似合っていた。そして、はぐみの描く抽象画が、最後には、力強くて、すがすがしい海の絵になるシーンには、はぐみの成長を感じた。

伊勢谷友介が芸大卒業だったとは、知らなかったな~!同じ美センスを、きっと、俳優として開花させたのだろう。


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by sea1900 | 2006-08-16 22:21 | 映画


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レイトショーで、『ユナイテッド93』を見た。
9・11の日から、既に今年は5年目を迎える。多くの犠牲者を出し、多くの犠牲を出し、人の人生を押し曲げてしまった自爆テロリストに由るこの日は、世界的な事件の日でもある。
ハイジャックされた4機の内、ユナイテッド93は、犯人らの目的地を外れた。

<下記を参照>  *    *    *

9・11テロ機内の音声、共謀被告公判で公判

 01年の米同時テロの共謀に問われているザカリア・ムサウイ被告(37)に対する12日の公判で、乗客の抵抗もあって墜落したユナイテッド航空93便の操縦室の音声録音が、バージニア州アレクサンドリアの連邦地裁法廷で再生された。そのテキストも公開された。

 再生されたのは、9月11日午前9時31分57秒から10時3分9秒まで録音されていた英語とアラビア語の会話やガラスの割れる音。操縦室を占拠したハイジャック犯、乗員、乗客と、同機と連絡を取ろうとする管制官の声が交じっている。

 断片的な言葉が多いため、だれがどのような状況で語っているのかはっきりしない部分もあるが、「操縦室だ。行かなければ死ぬだけだ」と周囲に呼びかける声があり、複数の乗客が乗っ取り犯から機を奪い返そうとする様子がうかがえる。乗客らは、他の旅客機がテロ攻撃に使われたことを携帯電話などで知り団結した。犯人らは、機を左右に振って乗客の抵抗を阻止しようとするなど混乱している。

 犯人の一人が「キャプテンだ。この機には爆弾がある。座席に座りなさい」と呼びかける声や、「けがをした」「死にたくない」という乗員とみられる声も含まれる。最後は犯人グループが「アラーは偉大だ」と繰り返し、終わっている。

 音声の公開に反対する遺族もいたため、外部にはテキストのみが公開されたという。AP通信などによると、この便には、日本人の久下季哉(くげ・としや)さんを含めた乗客33人、乗員7人、犯人4人が乗っていたとされる。犯人グループはワシントンの連邦議事堂に突入する予定だったといわれるが、ペンシルベニア州に墜落した。 (04/13 1


*    *     *
実は、スカパーのディスカバリーチャンネルでは、ユナイテッド93について、最近何度も繰り返し(この番組は何度も繰り返すのだが)、犯人らに対して、乗客、乗員達が、最後の抵抗をした事を放送していた。
武器に成る物を集めて、戦ったらしいと言う事が言われていて、この映画は、93の中での、犯人達や、乗客らのパニックの様子や、勇気ある行動や、死への恐怖、絶望感などを描いている。
しかし、ドキュメンタリー映画でもないし、無事解決する話ではないし、余程、ディスカバリーチャンネルの方が、魅力的だと言える。どうもお芝居を見ているような感じだった。
しかし、難しい題材であるので、映画としてはこの程度になってしまうのだろう。
別に批判しているのでもないが、何処と無く中途半端。再現フィルムを作っただけで、映画としての良さまでは、いかない。と言っても、これ以上、深く出来ない感じがするのだ。

飛行機の中から、家族への電話をする乗客達は、それぞれに、
「愛している。」と語る。その言葉は、とても深くて感動した。
死を目前にすると、人は感謝する事しか思い浮かばないのかも知れない。

祈り・・・・・
テロリストがアラーの神を最高だと祈る姿、乗客達がそれぞれの神に祈る姿は、静粛なひと時で、人間の力の限界を感じてしまう。

それにしても、テロリストの身体に付けていたペティナイフのサイズのナイフは、如何して93に乗る時に、発見されなかったのだろうか?そんな疑問も残った。。。。
 アメリカに詳しい友人に聞いて見たいと思う。
あくまでも、生存者がいなかったので、想像だけが原作でもあるが、犠牲者の家族にとっては、映画を世界中の人に見てもらい、この日を忘れないで欲しいという気持ちだと思う。

何時の時代も、犠牲者は、一般市民なのだ!



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by sea1900 | 2006-08-14 00:28 | 映画
昔、さんまの番組に、当時大学生だった小林真央が他の女性とは違った品の良さで、品の良いトークをしていた事があった。女子アナの小林麻耶は、真央の姉で、姉もさんまの番組から有名に成った人だ。真央ちゃんは、麻耶とはキャラが違い、落ち着いた感じで、静かだ。
あれから、何年か経ち、真央ちゃんは今どんな風になったのだろうかと思い、今日から上映される『東京フレンズ』を見た。
大塚愛がヒロインで、真央ちゃんはニューヨークで、絵を描いているという設定だ。
可愛らしい話し方は、今だに健在だったが、外見は個性的ではなくて、綺麗なだけだった。
女優には、力不足だし、タレント止まりで、終わってしまいそうだ。
その内に、結婚して家庭に入ってしまいそうな雰囲気もする。
それで、幸せなら、からすの勝手に決まっているけれど、ちょっと、もったいない気がしてしまう。

大塚愛の顔を、私は嫌いだけれど、歌を歌う姿は様になっている。あくまでも歌手で、女優じゃないのだから、演技もこの程度止まりでも、妥協しなくちゃあならないのだろう。
大塚愛の歌は、パクリだとも言われるが、今の若い人には人気があって、館内は、20歳位の女性で、満席状態だった。夏休みを狙った20代前半の女性の為の映画という、軽さで、映画『NANA』に比べると、あくびの出る映画だった。






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by sea1900 | 2006-08-12 22:47 | 映画
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一番最近見た映画は、『トランスアメリカ』なのに、どういう風にまとめようかと考えすぎて
一向にまとまらなかった。かみ締めれば、かみ締める程、味が出てきて、それが限り無く広がる幸せな映画だとも言える。
如何して、味が出るのだろうか?それは、ストーリーに<無理>という難題が存在していない事、自然体で進む事、フェリシティの繊細で、かつ深い演技力等からにじみ出る味わいだろう。
   
   『人生は旅だ』と、よく比喩されるが、ブリーが息子トビーと、ひょんな事から、ニューヨークからロサンジェルスまでを 共に、おんぼろ車で旅する事になった。ロードムービーでもあって、正に旅を通して生まれた感情は、何とも言えない物だった。

 ブリー役のフェリシティ・ハフマンはよき時代の女性像を心に焼き付けているのか、より女性らしいしぐさや、背筋をピンと張った 姿勢で、女性を強調させている。
 生まれ付き女性の私から見れば、自分の性を特に意識する事も無く生きているのに、性を超えて生きようとする人にとっては、その価値が重要なのだ。
 だから、女よりも女らしいブリーは、愛おしい人だと思った。
しかし、どう見てもフェリシティは、女装した男性にしか見えないのだから、すごい!長身だし、顔の骨っぽさが男性特有に思えるし、とても、女性には見えなかった。控えめな抑えた演技も、古風な女性を感じさせた。


  旅の途中で、ヒッピーに車と荷物を盗まれてから、ブリーは自分の実家に立ち寄る。ヒッピーの登場も、面白くて、本当にこんな感じで、泥棒される事はあるのだろう。旅の持つ危険をはらんだ楽しさだ。
 母親、父親、妹がそれぞれに、女性として生きるブリーに面白い反応を見せるが、母親は、息子には戸惑いを隠せないのに、孫のトビーを可愛がるシーンには、笑ってしまった。家族には、それぞれの問題があって、それを自然におかしく描いているので面白い。


  普遍的な話を普通に描いていると思うが、フェリシティ・ハフマンの演技の素晴らしさに圧倒され続け、トビー役のケヴィン・ゼガーズの若さの持つ宝に、将来の希望を見たのだった。(アダルト映画の俳優はちょっと、きつそうだったが)
トビーは、17歳なのだが、おバカで軽薄な青年のようだったが、なかなか味があって、チャーミング。リバー・フェニックスの再来と言われる理由が解ってくるし、現実のアメリカの青年という感じがするが、眼の光が魅力的で、繊細な心の内を表現してくれる。
光と影のコントラストを持ち、喜怒哀楽をとっさに表す事の出来る俳優だと思った。

  『ダンス・ウィズ・ウルブズ』で、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされたネオイダ族出身のグレアム・グリーンの存在は、『ルーツ』
  的で、意味が深くて、存在感があった。ブリーとの、つかの間のふれあいは、若くは無い2人にそっと、幸せな空気を与えたようだ。
   『ルーツ』と言えば、ブリーのルーツは、女性にあるので、この旅はルーツ探しの旅でもあった。トビーにとっても、自分の父親の素晴らしさを知る、ルーツ探しの旅だった。

  旅を通して、共に成長する父子の姿を描いた自然体の映画で、『プルートで朝食を』と比較すると、現実的に描かれていて、ドタバタしていない点が上げられるだろう。
  見た後で、ほんわか~とした物が残り、現実離れしていない。

  脚本・監督のダンカン・タッカー氏は、この作品が長編デビュー作だと言うが、繊細な映画を上手く作り出せるそのハートに、細かくきちんと折り畳んだバランスの良い知性や感情を感じてしまった。そして、それらが上手くブレンドされているお奨めの映画だ。

家族の不思議な繋がりや、親と子の切れぬ縁、人と人との出会い、その中で確認して行く人の生き方は、旅の如く、未知数なのだろう。




   
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by sea1900 | 2006-08-07 00:08 | 映画