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海の上のピアニスト

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力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

カテゴリ:映画( 228 )

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純白のドレスと白い化粧をして、横浜の街角に立つ老婆“ハマのメリーさん”。終戦直後から50年近く、背骨が曲がっても娼婦として生きてきた彼女の存在は、横浜で生まれ育った人ならば誰もが聞いたことのあるものだった。私の知人も何度か見かけた事があったそうだ。
95年の冬にメリーさんは横浜から突然姿を消してしまう。
おそらく、亡くなってしまったのかと思われたと思う。

彼女の存在がいつしか都市伝説と化していく中、メリーさんと深い交流のあったシャンソン歌手・永登元次郎さんは、彼女への思いを募らせていた。

永登元次郎さんは語る。

「シャンソン歌手としては有名になれなかったけれど、好きな歌を歌ってこられたので良かった。」と。
ゲイボーイとして男娼の時代を過ごした事のある元次郎さんは、メリーさんに対して、自分と重なる部分を感じ尚更心配していたのだった。
時々、金銭的援助をするのだけれど、メリーさんは気高くて恵まれる事を嫌い、お金はお祝いのノシブクロに入れて<お花代>と書いて、「きれいなお花を買って下さい!」と言って渡したと言う。

元次郎さんは、メリーさんが定住先も無く、加齢と共に哀れっぽくなるので、生活保護を受けられないかと役所に掛け合ったりしたがダメだった。
当時、町の洗濯屋さんの更衣室で着替えをして、ドレスは洗濯に出していたそうで、当時の店のご夫婦の話等も聞けた。
また、メリーさんが通っていた美容室では、他の女性が気味悪がってしまいメリーさんをお断りしたそうだ。
また、メリーさんの真っ白なお化粧は、化粧品店のおばさんが、油を使っていない水溶性のおしろいを勧めたそうだ。鈴木その子も真っ青になる白さだ。


作家の山崎洋子さんも当時の事を話している。

メリーさんは、既にパンパンというだけではなくて、戦後のヨコハマを浮き彫りにするカリスマ的な存在だ。
そして、アメリカ兵相手のパンパンの存在の善悪なんか飛び越えて、力強く生きた女性史を見る思いがした。
当時、山の手の外人墓地の通路には、何人もの赤ん坊の死体が捨てられていて、どんどん増えるので、根岸の墓地に移したと言う。

思っていたよりも、すごい映画で、この映画を作ったのはメリーさんの孫の時代の人に当たる20代から30代の人達で、5年間も撮影を続けたそうだ。


1995年には、メリーさんの姿が消え、<きっと、亡くなったのかも知れない>という憶測は正解ではなかった。
田舎の実家の弟さんに手紙を出して、実家に帰りたいと言い帰ったのだった。
そして、現在、既に癌で亡くなってしまった元次郎さんが田舎の老人ホームを訪れ、シャンソンを披露する。その前で、静かに穏やかなお顔で、聞き入っていたのは白塗りをやめた自然なお顔のメリーさんだった。
その顔は、とても嬉しそうで、それを見てほっとした。

五大路子の一人芝居「横浜ローズ」は、そんなメリーさんを描いている。
そして、腰を曲げてラストは赤い薔薇一輪を片手に持って、劇場去るのだが、その時に観客は五大路子の手を取って言葉をかけるが、「これは、私への言葉ではなくて、メリーさんへの言葉だった」と言っている。

それ程に、存在感のあったメリーさん。

一つの時代が終わろうとしている。

メリーさんは今、本名で暮らし、86歳に成った。
        今、幸せならば、それでいい!

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by sea1900 | 2006-11-08 22:16 | 映画
弟(山田孝之)と、兄(玉山鉄二)は両親のいない兄弟で、兄は弟の大学進学の為に泥棒をして帰ってきた初老の婦人ともみ合って殺人に至ってしまった。
そして、刑務所で服役するのだった。
『手紙』は兄と弟に間をつないでいるかに見えるが、兄にとっては既に現実の社会生活からは離れた世界で暮らしているので、現実を生きる弟に較べると、既に過去の人と成っている。塀の中では、過去も現在も未来も無い特殊な世界が展開するだけなのだ。罪人に対する社会的制裁と思えば当たり前なのだけれど、何とも思い空気だ。
しかし、孤独な生活を送る兄にとって、弟からの手紙は生きがいとなる大切な物。しかし、重い現実を背負わされた弟にとっては、兄は重しとなるだけだった。
弟が現実から逃れたいと思う気持ちは当然だし、兄が弟との縁にすがりたいのも当然だと思う。
そこで、救世主のように現れる由美子(沢尻エリカ)の強さが良い。弟を温かく見守りながら、<逃げてはいけない。>という教訓的な一言を示す。

<そんな事、わかっちゃいるけど、止められない!>というのが現実。
セリフの少ない兄、玉山鉄二のラストの演技は素晴らしくて、感情を抑えながらの精一杯の表情にもらい泣きしてしまった。
殺人に至った経過は、もう如何だって良いと思う。
一つの事件を通して見つめ合う事に成った兄、弟、由美子の心の軌跡は、本当に生きる事に一生懸命な時に初めて発揮された結果だったと思う。
加害者も、また、被害者であって、加害者の家族も被害者だと言う事を再確認の思いで見た映画だった。

また、由美子が弟の勤める会社の会長に当てた手紙を思うと、それは<癒し><許容>という意味だった。


弟が兄の事で、もがき苦しみながら生きる事を強要され、犯罪者の弟というレッテルを貼られる事は、どうしても仕方の無い事だろう。
血の繋がりの強さは、時として、一生逃げられないしがらみとなるので、仕方無い事だけれど、それなりの良さもあるはず。

「手紙」は、兄から被害者の家族にも、6年間届けられていた。
被害者の息子は、ある時、これは加害者の般若心経なのだと気づいたと言うシーンがある。そして、もう許そうと思ったと言う。

弟はその言葉に涙しか出なかったのだが、兄の心情が弟に乗り移ったようで、やはり他人には流せない涙なのだ。
家族にしがらみ、兄弟のしがらみ、そんな事を思うとそれが人間としての基本なのではないかとも思えるし、しがらみがあってこそ、その良さがクローズアップされるのだと思った。

このストーリーの中には、<手紙>が人と人の心を繋ぎ、それが生き物の様に息づいている。
だから、重い内容ながら、暗くならずに、自然体で現実を受け入れる事の出来る余裕を残していたのだった。

そして、小さな幸せをありがたいと思える作品に仕上がっていた。

食う、寝る、仕事する、愛し合う・・・・・・
そんな単純な事の繰り返しが、何て素敵なんだと思えてしまった。

生きていく事は、決して複雑な事じゃなくて、こんなにシンプルなのに、如何して難しくなってしまうんだろうか?

最後に流れる歌は、小田和正の
『あなたに会えて、本当に良かった・・・・』

ストーリー全体にあったかいものがこみ上げて来て、本当に良かった・・・・
ここで、ぐっと泣かせてくれた。
良い映画って、ラストのイメージが大切なんじゃないかな!



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by sea1900 | 2006-11-04 00:03 | 映画
<アフリカについての話は、まだまだ続くのですが,今日は別の話です。>

今日は、近くのシネコンで映画を見てから、前売り券の紹介を見ていました。
前売り券に、おまけが付いていて『武士の一分』には、圧縮されている小さなタオルが付いていて、これが圧縮されて、小さくなっているのですが、たった1分で解凍出来ると書かれています。

厳密には、<一分で使えるタオル>です。
正に、武士の一分!
誰が考えたのか、シャレにも成りません。

昔なら、グリコのおまけ~じゃあ無くて、刀のキーホルダーとか、そんな物が考えられたのに、時代の流れなのでしょうね~。


ところで、年末に封切られる『大奥』の前売り券には、A4サイズの油とり紙がおまけなのだそうです。
暇そうにしていた従業員の女子に、
「何枚位入っているのでしょうか?」と聞くと、まだ透明の袋に入ったままの油とり紙を出してくれました。
これが、レポート用紙のサイズで、20枚はありそうなのです。

「これってさ、顔を上に向けて、紙を一枚乗せて油を吸わせるんですショ!お面が出来そうだね~!」と言って、真似をしてみせました。どうも、ブギーマンのようで。(私は超ミーハーなのです。でも、いつかはソーラー族になりたいと思っているのです。ソーラー族って言うのは、ソーラー電池じゃありません。ミファソラ・・・・・のミーファーよりも一レベル上って事です。)

もしかしたら、A4サイズを細かく切って使うのかも知れない・・・・と、今になって思ったのでした。


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by sea1900 | 2006-10-31 21:27 | 映画

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ドリュー・バリモアと聞けば、やっぱり明るくて活発なイメージがあって、アメリカの良さそのものだと思う。ヨーロッパの奥深い映画は、活性剤にはなるけれど、アメリカのラブ・コメの楽しさは、格別で、大いに笑える。(が、笑っていたのは、私の他に2人だけだった)
レッドソックスを知らなくても、十分についていけるし、ラストシーンも可笑しいし、アメリカ的だと思う。


コメディなのだから、作り手も、観客には大いに笑ってほしいんじゃないかと思うけれど、日本人は、のりが悪くて、あまり笑わない。見ていて、面白くても表現するのが下手だと思う。

苦虫をかみ締めたような顔をしていては、喜怒哀楽の内の喜・楽を受け入れる事さえ、難しいのかな?
地元のシネコンで映画を見ていた時、友人が笑い声を挙げたら、80歳位の男性が「映画は静かに見るもんだ!」と、怒鳴られた事があったが、笑い声をうるさいと言われるのは、お門違いだ。
この時は、2人で違う席に、蛇の様に暗闇の中を移動したのだった。

ところが、今度は若い男性の話し声が聞こえてきたのに、Mr.80は、気に留めない様子だった。おそらくは、女性には注意し易かったという事だったのだ。
全く、変な話なのだ。

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by sea1900 | 2006-10-25 23:44 | 映画
映画館で思うのは、映画を見る姿勢です。

スタート前の10分間のコマーシャルタイムには、話をしていても構わないと思う私は、土曜日の朝、『ワールド・トレード・センター』が始まる前に、一緒に行った友人とニューヨークの話をしていた。友人はニューヨークの観光スポットには詳しい方なので、一言、二言の会話だったのに、近くに座っていた老人が「静かに見なさい!」と、のこぎりを引く様な声を張り上げたのです。
友人は、私よりも数段気が強く、昔なら言い返す位の事はしたのに、この日は静かに、「あっちに行こう!」と言って、私を空いている席へと、促したのです。

私達が新しい席に着いてまもなく、今度は若いお兄ちゃん達の大きな笑い声が、老人のすぐ近くで起こったのに、老人は何も言わない。
友人は、「私達が女だと思って、軽く見てるよ!その証拠に、男には、何も言わないんだから・・・・」と、憤慨。
確かに女は物を言われやすくて、損をする事が多い。
これは、とても不愉快な事だ。




本編に入ると、私なら大笑いしてしまう場面にも、ほとんどの人が黙っているけれど、面白くないのかな~!と、思ってしまう。
<笑わない人間達>なのだろうか?
それとも、難聴なのだろうか?

最近では、隣にいた20歳位の女子が、本編が始まっても、メールを打つのを止めなかったが携帯の光が私の方に来ないように、角度を考えていた。
それで、私はうるさい訳でもないし、迷惑を被った訳でもない。
こんな事は、老人の言葉に比べたら、如何って事は無かったのだ。








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by sea1900 | 2006-10-10 01:04 | 映画

   
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・・・・・・Wikipediaより・・・・・・・
森山良子が、ライブで共演したBEGINと意気投合し、沖縄の曲を依頼した。BEGINから送られたデモテープのタイトルに書いてあった「涙そうそう」は沖縄の言葉で「涙がぽろぽろこぼれ落ちる」という意味であると聞き、森山が若くしてこの世を去った兄を想う歌詞をつけた。
     
   *    *    *

<涙そうそう>の曲にあわせたストーリーを考えて、映画化した物だと聞いていたので、大した期待はしていなかった。
ただ、妻夫木君の可愛らしさを見てみたかったのだ。

長澤まさみは、最初から明るいと言うよりも、はしゃぎ過ぎていて、喜怒哀楽の表現が物足りない。喜楽だけしか頭には無いのではないか?そろそろ、本格的な演技の勉強をしてほしい物だ。

むしろ、麻生久美子の控えめな演技に好感が持てたのだった。
ストーリーは至って単純だし、ぐっと泣けるかな?と思っていたけれど、それは甘かった。
妻夫木君の、ばさっとした髪の毛が天然で、人柄の良さも伝わるけれど、

「ねえ、にーにー!カオルの大学の学費も、工面したのかな~?最後まで苦労のし通しで、昭和初期の話みたいだね~」

映画ではなくて、これを韓国がドラマ化したら、上手くいくんじゃないかと思う。
泣かせるのは、韓国ドラマの得意技だから・・・
但し、沖縄ロケだけは良かった。

薗田エイサーを見ていると、沖縄に魅せられて、三味線を習い、エイサーの衣装を買い揃えて、機会があれば踊っているという昔の友人の事を思い出した。
沖縄の海は世界の美しい7つの海に数えられている。
もっと、海に関したストーリーの方が良かったといえるだろう。

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by sea1900 | 2006-10-09 00:27 | 映画
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オリバー・ストーン監督は、1946年生まれでベトナム戦争の帰還兵だ。
帰還してからの10年間は、幻聴や頭痛に悩まされたと言う。そして、作品はと言うと、ベトナム戦争が人間に与えた影響を描いた作品が多い。

『7月4日に生まれて』や『プラトーン』で見せた、アカデミー賞受賞という社会派の作品に対して、今回の映画は、アメリカ社会をごく普通に支えている普通の家族の愛を描いている。

監督は、「あの日、アメリカが一つになり、世界が支えてくれたことを忘れてはいけない。」と語り世界を支えているのは、ごく普通に生きている人である事も伝えている。
バラバラだった人の心を、一つの線で繋げ、自らの危険に身を置いても、人を助ける姿勢には、人間本来の姿を再確認出来て、ホッとするものが込み上げたのだった。

監督が家族愛を描こうとしたのは、加齢のせいなのだろうか?


9・11の後、ニューヨークでは、救助隊に無料で食事を提供したレストランがある一方で、飲料水を求めてきた救助隊に、請求書を突きつけたスタバーはその後で、勿論非難を浴びた。
これらの事実だって、こんな事でもない限り、表面には現れなかっただろう。

また、3,4年経ったこの日に、ゴルフに出かけようとした夫を止めようと、喧嘩になり、離婚に至った芸能人もいた。ニューヨークに住んでいれば、この日を安息日として大切に思う事は当たり前だろう。

そして、消え去ったビルの中で働いた災害救助犬は、その後,全頭が失明している。
それ程、すごい粉塵だったと言う事だ。

9.11は、アメリカ人にとっては、安息日であり、心を一つにする日なのだ。
荒廃してしまった現在のアメリカが、古き良き時代のアメリカに戻ったように、9.11はスタートの日となった。
それ故、この映画は、メモリーとしての価値はあると思う。


ニコラス・ケイジの眼だけの演技は、説得力があって、それは俳優としての幅を広げた結果だろう。
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それにしても、左から、ウィル・ヒメノ役のマイケル・ペーニャ。
         次はウィル・ヒメノ御本人。
         ジョン・マクローソン役のニコラス・ケイジ。
         御本人のジョン・マクローソン。
と、よく似ている。

撮影にもリアルさを優先させたと言うが、俳優も似ていた。




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by sea1900 | 2006-10-08 01:30 | 映画
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この映画は、2001年9月11日の事件を描いたものだが、やはり、犠牲者の家族の反対もあり、ニューヨークではロケが出来ずに、ロサンゼルスでセットを作って撮影されたそうだ。

2749名が死亡。
その国籍は87の国に及ぶ。
343名は消防士。
湾岸職員の犠牲者は84名、うち37名は警察官。
ニューヨーク市警察の警官は23名。
救出された者は20名だった。


こんなテロップを読むと、本当に大惨事だった事が想像出来る。

映画は、救出された20名のうちの、18人目と19人目だった2人の警察官に焦点を当てている。
救出に向かい、被害者となり、地下の瓦礫の下で、救出を待つだけしか出来なかった2人の心に去来するのは、家族への愛だけで、それが生きる希を抱かせたのだった。
それまでは、くたびれた夫婦だったのに、ジョン(ニコラス・ケイジ)が、瓦礫の下で思うのは、愛する妻だった。
この辺の表現は出勤前の3時29分のシーンに、良く現れていて、1人で起きて出かけている。


実在のジョン・マクローリンとウィル・ヒメノは、救出された後の手術の回数がすさまじい。
そして、その後は現役を退いているそうだ。

よくある救出劇の映画のようだが、オリバー・ストーン監督が家族愛に焦点を絞っていて、不幸の中で出遭った、人間同士の愛に気づかせていた。



つづく・・・・


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by sea1900 | 2006-10-07 17:47 | 映画


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また、どっぷりと浸かっていました。
韓国ドラマ『復活』です。合計24話で、3日間で24時間の長丁場を難なく、クリア~!

韓国ドラマの定番は、イジメ、孤児、貧乏、すれ違い、嫉妬、妬み、不治の病、会社の存続、幼馴染、友情、面白い人、2人の男に愛される女、そして、締めは、キムチと決まっています。

いつものパターンだと解っていても、やめられない!止まらない!

韓国人の友人が、前に前編を貸してくれたのですが、後編が発売中止となり、別の会社で発売されたDVD6枚(全編)を金曜日の夜から見始め、やっとさっき終わりました。

まず、眼が疲れ、脳みそが疲れ、コーヒーの飲み過ぎで胃が荒れてくるのが解りながらも、
途中ではやめられなくなる面白さには、頭をたれるしか無いのです。

見ている内に、ハングルのイントネーションに慣れてしまい、単語の意味が少しは解るように成るけれど、日本人には考えられない色彩センスには、いつも、驚きの連続です。

例えば、白いYシャツに黄色のネクタイ、黒のジャケット。同じく白いYシャツに、ショッキングピンクのネクタイを見ると、「こんな格好じゃあ、復活出来ないぞ!」と声が出そうに成ってしまいました。


      *     *     *
さて、『復活』は、刑事事件が絡んでいて、政治家や、大企業の会長、やくざとの癒着なども加わった話でした。
韓国物では、やくざのご登場となると、日本のやくざよりも、遥かに迫力があって、不気味です。


『復讐』する事では、問題は解決しないし、更なる悲劇を生むのだったら、昔の『あだ討ち』と同じになってしまうので、繰り返すだけですが、『復活』と成ると、明るい未来が心に描かれるから、前向きでした。



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by sea1900 | 2006-10-02 01:02 | 映画

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韓国映画『イルマーレ』のハリウッドリメイク版と聞いていたので、急いで見る気持ちも無かったのだが、キアヌ・リーブスとサンドラ・ブロック主演なので、その名に惹かれて、シネコンへ!

シカゴの建築は有名で、何箇所かの見せ場があり、韓国版とは全く雰囲気が違った。
やはり、原作が同じでも、別物として考えたい。
2年先2006年を生きているサンドラ・ブロックと、2年後の時代を生きているキアヌの時間差を超えた愛が、最後にはアメリカ映画らしい<ハッピー・エンド>に成るので、やれやれ!
いい女と、いい男の運命的な出会いの無い<出会い>は、現代の、PCの上での会話のような物だと思う。
少し、ファンタジーだと思うと、納得出来る所もあるけれど、女性には受けるようなお話だ。
現実の生活から、考えると<夢>があると思う。
男と女の出会いなんて、思っている程、上手くは行かない。
これが<運命的な出会い?>と思っても、<運命の人じゃなかった!!!>と言う場合が実に多いと思う。
だからこそ、こういう映画を見ると、<サンドラと代わってあげたい!>と、思ってしまうのだろう。




ジャック(犬)の名演にはチェスの駒も動くし(見た人だけが解るところ)アメリカっぽいユーモアだった。
ポール・マッカートニーの歌も合うし、韓国版よりも明るい『イルマーレ』だと思った。



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by sea1900 | 2006-09-28 16:59 | 映画