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海の上のピアニスト

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力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

カテゴリ:映画( 228 )

これは『昼顔』から『夜顔』を観た人にしか解らない内容。

そして、これが『昼顔』から38年後のセヴリーヌと彼女の今は亡き夫の友人ユッソンの姿だと思うと、それだけでは無い。
「私はかつての私ではないのよ!」
「あなたが敬虔な信者になったのですか!あなたが!」
何年経った所で、ユッソンにとっては、セヴリーヌは『昼顔』なのだ。
背徳、欲望、そう言ったものから『倒錯した愛の世界』に浸ったセヴリーヌ。
『昼顔』の解釈の仕方を、続編『夜顔』では、こう作ったけれど、最後の解釈はあなたにお任せします。とオリヴェイラ監督が笑っている様な仕上がりだ。
 『昼顔』でも幻想的なシーンがあって、どこまでが現実なのか、どれが幻想なのか解り辛いところもあった。
 食卓の蝋燭の減り方が自然で、セットのレストランが本物の老舗の店に思える。
その中での2人の会話の行方は少なく、ユッソンはあの箱を取り出すが、これは完全にブニュエルへのオマージュ。
 セヴリーヌが機嫌を損ねて立ち去ったドアには、鶏が現れる。が、これは幻想。
昼顔では、セヴリーヌはユッソンにそそのかされて昼間だけの高級娼婦に成るが、夜の娼婦が現実的だとするならば、昼の娼婦は現実的ではない。つまりは、全てが『幻想』だったかもしれないという示唆。
ブニュエルは、『幻想』は、ブルジョアジーの特権であり、それによって民衆支配を促す元凶である。という。
全ては『幻想』という想定ならば、納得できそうだった。
レストランのシーンには、凝縮された美しさがあって、ヨーロッパ映画の良さを思う存分楽しめる作品でもある。



参考に、
――映画<昼顔>の結末は、私には、ちょっと納得のいきかねる節があった。
  戦後いちはやく、堀口大学の無削除版の原作の翻訳を読んだが、そこでは、たしかセヴリーヌが情夫マルセルをけしかけて、夫ピエールをピストルで撃たせるのではなかっただろうか。
   少なくとも、そのほうが夫婦愛のサド=マゾヒズム状況に関する、論理的一貫性を保ち得たはずであろう。
   そのほうが、セヴリーヌは夫の失明の責任を、よりひしひしと身内に感じること出来たはずであろう。
   しかし、ブニュエルには、どうやら結末に曖昧なものを残しておく、ミスティフイカシオン(韜晦)の趣味があるように見受けられる。
  平凡なインテリの亭主を失明させ、廃人同様にしてしまうという筋立ては、ブニュエルにとって、生理的快感ともいうべき、一つの世界の完成につながる満足感をもたらすものだったに違いない。

     ・・・・・・・・・・・・澁澤龍彦・・・
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by sea1900 | 2008-07-31 00:41 | 映画
イギリス映画の良さは、決して派手ではなく、マホガニーのイギリス家具が何年もの間使われるような実直さにあると思う。
 
 孫の病気の為に大金を工面しなければならなくなり、初老のおばあちゃんマギーは風俗業界に入り、天性の『やわらかい手』で、売春はしないでお金を稼ぐというストーリーなのだけれど、そのプロセスの中には、風俗店経営者の移民ゆえの話や、性に対するユーモアも織り込まれていて、きめ細やかな演出がにくい。

平凡にこのまま歳をとっていくしかないと思えるマギーにとって、この事実は彼女自身の大きなターニングポイントとなり、次の人生を切り開いていく事になる。
 元々マギーは強い女性だったと思うが、世間体を考慮して自分を押さえ込んで生きてきたのだろう。ところが、人のうわさや評判を気にせず、自分自身を信じて生きる事に徹する姿に変化した時のマギーの姿には、面白い程スッとした爽やかさを感じる。

シンプルなストーリーを背景に、確かな演技力のマリアンヌ・フェイスフルの自らの再生とダブったような重厚感がすばらしくて、歳をとる意味が見えてくるような作品だと思った。

どんな状況にあっても、マギーの自分自身を失わずに前向きに進む姿には、周りの人を幸せに導くパワーを感じて、心に残るとても力強い映画に仕上がっていた。


 
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by sea1900 | 2008-06-06 22:33 | 映画
キム・ギドク監督の『絶対の愛』を、昨日の早朝に観た。
そして、その重さと疲れに一日を過ごす事と成ってしまったのだ。

キム・ギドク監督の一筋縄ではいかない話の展開には、最初は新鮮さや面白さを感じる方も多いと思うけれど、終盤は救いのない暗さや絶望感のあり地獄に突き落とされてしまう。

その絶望感に浸った時のヒロインの狂気を表す事が、キム・ギドク監督にしか出来ないのだと思う。

美容整形大国の韓国という背景は、簡単に自分を変える事が出来るチャンスを与えてくれる訳で、日本人から観ると、まだまだ他人事だろう。
 お国柄というのは不思議な物で、実際、韓国では小学生にも美容整形をさせる親もいるようだ。

ごく普通の若いカップルが、交際2年も過ぎると自然にぶつかる壁に、ヒロインは美容整形をして、名前も変えて彼の前に現るが、彼の心の中に生きている元の自分に嫉妬し、悩んでいく。

『絶対の愛』という幻を追い求めたゆえに、逃げ場がなくなり、『狂気』に走るヒロインの姿には、めいっぱいに生きる女の精気さえ感じてしまう。

『愛の限界』を見極められなかった罪なんかあるはずもないし、結果としてこうなっただけの事だと思うけれど、非情な残酷な話だ。

人間の奥底にある残酷さを、これでもかと監督は生活の中に持ち出して、
最後には、観た人に判断をゆだねている。
 

非情に面白い映画でもあるし、重い。
正直な人間にしか作れない映画でもあると思うし、人間の頭脳と心のバランスを常に考えている作品だと思った。

商業ベースの韓国ドラマに対して、しっかりとした主張のあるキム・ギドク監督の映画の面白さを観る結果となったが、作品の中に度々映し出されるペミクミ彫刻公園の面白さはとても新鮮で、独特のセクシーさが良い。
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by sea1900 | 2008-05-26 00:41 | 映画
荒涼なるヨークシャー地方を舞台に苦しい恋愛を描いた『嵐が丘』は、何度も映画化されているが、ヒースクリフ役をレイフ・ファインズ、キャシー役をジュリエット・ビノシュが演じているのでどんな作品だろうかと思った。

今までのこの映画は、キャシー亡き後、キャシーの亡霊にヒースクリフが翻弄されるケースだったが、今回の作品は、原作にかなり忠実でありキャシー亡き後の18年後も描かれている。

前者を幽霊で締めくくった作品とするならば、後者はより現実的だと言える。

18年後、彼らの2代目の話しに及び、ヒースクリフの『愛』から発した『憎しみ』が彼の性格を歪めて、憎む事でキャシーを想っている姿に変化している。
『愛』あれば『憎しみ』が生まれ、それにしがみつきナルシスト街道まっしぐらのヒースクリフを演じるレイフ・ファインズには、狂気を感じる。
元々、ナルシーなのかレイフはとにかく上手い。
そして、気性の激しいキャシーを演じるジュリエット。
美しいだけならば話にならない役だと思う。
コケティッシュな魅力とでも言うのだろうか?

ヨークシャー地方に風を送り込んでいるのは、坂本龍一の曲だ。
木管楽器の緩やかさが哀愁さえ運んでいる。
弦楽器は伸びやかさを奏でているとすれば、木管楽器が要でもあってキュツと絞めている。

見事と言うしかない素晴らしさだ。そして、これが暗い曲ではないから更に良い。
何処となく『東洋』を感じてしまう。

作家エミリー・ブロンテは1818-1848で30歳でこの作品が世の人に受け入れられない内に亡くなっている。
もがき苦しむような辛い作品なのに、悩みぬき何よりも力強い。
この力強さは、ヨークシャー地方の荒涼なる自然と並行して、更に力強くなっている。

今、坂本龍一のUF(映画音楽)を聞いているが、映画そのものが思い出される事よりも、ヨークシャー地方という土地を想像してしまう。
それは『風と共に去りぬ』で、南部の大地が描かれていたように、不動なのは人の心ではなくて大地なのだと語ったようなもの。

最初に大地があって、最後に残るのは大地なのだという風に思える。








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by sea1900 | 2007-11-27 23:01 | 映画
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何年か前に見た香港映画『インファナル・アフェア』のリメイク版だと聞いていたので、どうも気が進まなかったが、見てみると『インファナル・アフェア』とは別物だった。

監督も舞台も脚本も違うのだから当たり前だと思うけれど、何といっても、マフィアのボス役の怪優ジャック・ニコルソンが凄い。
この人の私生活もこういう風なのだろうとダブらせてしまう迫力だ。
どこまでも悪、どこまでも狂っているという怖さは、マフィアの奥の深い怖さに通じているのだろう。

同じ時期に警察官になった2人、レオナルド・ディカプリオとマッド・ディモンは、それぞれが2重の生活をする運命だった。
レオは育った環境が悪かったために警官になったが、その育ちを逆に上司に利用され、警察のスパイとしてマフィアに潜入する。一方、マッドは優秀だがジャックが育ての親で、警察の情報をマフィアに流す為に警官になった。
2人ともねずみ(スパイ)なのだ。

2人を束ねるジャック・ニコルソンの狂気のまなざしは、レオの正体を最後まで知らなかったのだろうか?気が付いていて静観していたとも思えてしまう。
マーク・ウォルバークの意地悪な台詞は凄まじい物があって、助演男優賞の候補に名前が挙がった事だけはあると思う。


表裏一体とならない2人の運命にヒヤヒヤさせられながら、2人が同時に一人の精神科医師を愛するのは行き過ぎていたが、この辺はご愛嬌だと思う事にした。
精神科の医師にしては、人を外見で判断し易くキャリアの欠落を感じた。
結局は理論だけでは精神科は難しいという事だろう。


人は外見で人を判断しやすいしその方が簡単だが、これは危険だと警告しているようだ。


つづく・・・・






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by sea1900 | 2007-03-02 16:52 | 映画
全部門受賞リスト

■作品賞
「ディパーテッド(The Departed)」

■監督賞
マーティン・スコセッシ(Martin Scorsese) 「ディパーテッド(The Departed)」

■主演男優賞
フォレスト・ウィテカー(Forest Whitaker) 「ラストキング・オブ・スコットランド(The Last King of Scotland)」

■主演女優賞
ヘレン・ミレン(Helen Mirren)「クィーン(The Queen)」

■助演男優賞
アラン・アーキン(Alan Arkin)「リトル・ミス・サンシャイン(Little Miss Sunshine)」

■助演女優賞
ジェニファー・ハドソン(Jennifer Hudson)「ドリームガールズ(Dreamgirls)」

■脚本賞
マイケル・アーント(Michael Arndt)「リトル・ミス・サンシャイン(Little Miss Sunshine)」

■脚色賞
「ディパーテッド(The Departed)」

■長編アニメ映画賞
「ハッピーフィート(Happy Feet)」

■短編アニメ映画賞
「ザ・デニッシュ・ポエット(The Danish Poet)」

■外国語映画賞
「善き人のためのソナタ(The Lives of Others)」(ドイツ)

■長編ドキュメンタリー賞
「不都合な真実(An Inconvenient Truth)」

■短編ドキュメンタリー賞
「ザ・ブラッド・オブ・インズー・ディストリクト(The Blood Of Yingzhou District)」

■短編実写映画賞
「ウエスト・バンク・ストーリー(West Bank Story)」

■視覚効果賞
「パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト(Pirates Of The Caribbean: Dead Man's Chest)」

■美術賞
「パンズ・ラビリンス(Pan's Labyrinth)」

■衣装デザイン賞
ミレーナ・キャノネロ(Milena Canonero)「マリー・アントワネット(Marie Antoinette)」

■メイクアップ賞
「パンズ・ラビリンス(Pan's Labyrinth)」

■撮影賞
ギレルモ・ナヴァロ(Guillermo Navarro)「パンズ・ラビリンス(Pan's Labyrinth)」

■編集賞
セルマ・スクーンメイカー(Thelma Schoonmaker)「ディパーテッド(The Departed)」

■作曲賞
グスタヴォ・サンタオラヤ(Gustavo Santaolalla)「バベル(Babel)」

■音響編集賞
「硫黄島からの手紙(Letters From Iwo Jima)」

■歌曲賞
"I Need to Wake Up" 「不都合な真実(An Inconvenient Truth)」

■録音賞
「ドリームガールズ(Dreamgirls)」

■名誉賞
エンニオ・モリコーネ

昨日は朝からそわそわして『アカデミー賞』の授賞式に臨んだ。
勿論、TVの前での話。

上の受賞作品の中で、私が見たのは『リトル・ミス・サンシャイン』と『ドリームガールズ』だけなので、比較する事は出来ないけれど、気が付いた事を挙げたい。

助演女優賞のジェニファー・ハドソンは演技が光ると言うよりも、歌声と何者にも負けない風情の体に圧倒される。演技はメリル・ストリーブが受賞するのにふさわしいと思った。
助演男優賞のアラン・アーキンの爆発するようなパワーは面白かったし、この人でなければこのおかしさは表せないと思ったので受賞は納得。



女優達のドレスUPした姿は美しいけれど、自分に似合っているかどうかが問題だと思う。
ペネロペ・クルスのシックさが良かった。


一番問題なのは、WOWWOWで進行を務めた小林真央とキムタクだった。
映画を見ている真央ちゃんはまだ良いとして、ダンスチームのパロディに気が付かないキムタクにはがっかりさせられる。
映画も見ていない様子がありありとしてくだらない話ばかりしていて、映画への情熱を感じられない。
バラエティ番組ではなく、年に一度の生中継なのだから適任者にするべきだと思った。





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by sea1900 | 2007-02-27 14:47 | 映画
最近見た映画は、

リトル・ミス サンシャイン
墨攻
世界最速のインディアン


DVDでは、
ウォーク・ザ・ライン
ヴェラ・ドレイク

買ったDVDは、
ハムレット ¥290


アカデミー脚本賞にノミネートされている、<リトル・ミス・サンシャイン>の面白さは格別だったから<墨攻>は既に記憶から消された。
<世界最速のインディアン>は、一年以上前から楽しみにしていた映画だ。

アンソニー・ポプキンスのイメージが、それまでの『暗い』『不気味』『変人』と言うイメージから時速310km以上でぶっ飛んで『明るい』『楽しい』『良い人』と言うホンワカ~としたイメージに180度変わってしまった。

<ウオーク・ザ・ライン>は劇場で見逃してしまった映画で、リース・ウイザー・スプーンのファンとしては後悔していた。
思っていたよりも良かったのは、ホアキン・フェニックスの存在感や音楽映画だった事だ。
リバー・フェニックスの死後、ホアキンは素晴らしい俳優になったと思う。

<ヴェラ・ドレイク>は、何といっても素晴らしい作品だ。
安直な答えの見つからない道徳的ジレンマについての問題提起している。
家族の愛情や法律、倫理、良心を上手く重ねていた。
人間がより良く暮らす事の出来る様に<法律>があるが、
その法律によって、黒白と決めることの出来ない事柄が決められてしまう事に意味があるのだろうか?








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by sea1900 | 2007-02-18 23:14 | 映画
実在のクリス・ガードナー(1954年生まれ)はガードナー役のウィル・スミスよりも肉付きの良い体格で、ウィルよりも視線が強いようだ。
アメリカのサクセスストーリーとして見ると、こういう話はたまにあるのだろうが、そこにまだ小さな子供をつれているから、父親と息子の愛情物語になっている。

現在億万長者になったクリス・ガードナーが投資会社へ転職した当時の思い出が原作だ。
しかし、あくまでも映画ではサクセスストーリーと愛情話を絡ませているのだが、前者が前面にあり、子供はオマケのように感じられた。

ウィル・スミス親子の演技は良かったけれど、ストーリーのメリハリがなくて、最初から最後までハイテンションだった。
それは、仕方ないかな?と思うが・・・・・
クリスの心情を映しているようで、夕方並んで順番待ちをしなければならないあわただしさや、研修生20人中1番でなければ雇用されない事や6ヶ月間で結果が出るという時間との絡みを並行させているようだった。


「メディアの中には私の人生を、無一文から大金持ちになった出世物語として描くものもある。」
と、クリスは言う。「そこが重要なパートではないのにね。大事なのは、私が子供のために尽くしたということだ。人の親ならみんな同じ思いを共有しているはずだよ 我が子のための存在でありたい、とね」

子供がいたからこそ、クリスは頑張れたと言える話だ。

クリスは元々頭が良かったので、自分の人生の中で、チャンスを逃さなかった話だとも思うが、ミシンより大きいサイズの骨密度計量の機械を盗まれ、いつも走って取り戻すスピーディな展開が面白い。

アメリカ映画の面白さが十分楽しめる映画だった。






→押してワン!
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by sea1900 | 2007-01-31 16:52 | 映画
ソフィア・コッポラ監督は、マリー・アントワネットの眼からみた世界を描きたかったそうで、事実、大仰な歴史時代劇にはならず、14歳で輿入れしたマリーの若さやそれが幼さとも重なった女性の生き様を描いていた。<popで軽やかな青春映画>とあるが、確かに軽い。

ソフィアの手にかかると、仮面舞踏会もディスコののりだし、これならば、もっと全体をファンタジーでくくってしまった方が良かったのでは?とも思う。
その点が中途半端な出来に成っている。

今でもフランス国民は、<マリー・アントワネットの処刑は正しかった!>と言う考えが根強いそうだ。しかし、私は昨年読んだ本を思い出すと、フランスが財政難に陥ったのは、マリーの浪費だけではなく、ヴェルサイユ宮殿の莫大な建設費、先王からの戦に関わる支出、ルイ16世のアメリカ独立戦争への援助、などが主な理由だったようで、マリーやルイ16世、その他の貴族達を処刑した事は、眼に見える敵として認知させただけの事だったと思う。

そういう意味を思うと、マリーは世界中から愛され、世界中から憎まれた王妃だが、運命にもてあそばれた唯の一女性だったという事には他ならない。
政略結婚を否定する事の出来なかった時代だから、全ては与えられた運命の中でしか生きられないのだ。

色彩、音楽についてはおしゃれで、モダンで良い。
<マカロン>パリに行ったら、食べてみよう。
ヴェルサイユ宮殿の中が見られるので、視覚的にはお勧め。






→押して~
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by sea1900 | 2007-01-27 00:19 | 映画
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ソフィア・コッポラ監督の昔の作品<バージン・スーサイズ>でもキルスティン・ダンストが光を放っていたが、歴史映画として捕らえていない今回の<マリー・アントワネット>でも、キルスティン・ダンストのチャーミングさが輝いていた。

ソフィア監督のお気に入りのキルスティンに演じさせたソフィア監督の描く<マリー・アントワネット>は、一人の女性の孤独や喜びと言った現代にも通じる姿を描いている。
但し、場所がヴェルサイユ宮殿だった事が唯一の違いだ。

何処の国にでもある政略結婚は、ハプスブルグ家に生まれたマリーを、ブルボン家に嫁がせる。マリーの母親マリア・テレジアは如何してマリーを選んだかと言うと、王太子ルイの年齢に、マリーが合うからという理由だった。
初めてフランスに入ったマリーはフランスの国色であるブルーのドレスに身を包んだが、その後は、ほとんどピンクのドレスしか着なかったと言われている。


つづく・・・・






→押して~
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by sea1900 | 2007-01-24 17:58 | 映画