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海の上のピアニスト

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力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

カテゴリ:過去( 37 )

アイリッシュダンス『ラグース』を見た。昨日の事。d0063550_14363523.jpg

アイリッシュ・ダンスの歴史は、イングランド支配と深い関わりがある。16世紀にイングランドの支配が始まると、アイルランドの伝統的文化活動が一切禁じられてしまった。この厳しい統制は約400年も続いたが、皮肉にも逆境の中でアイリッシュ・ダンスの原型が生まれ、発展する事となった。民族楽器の演奏が禁止されてから伝統的なアイルランド音楽の旋律は家の中で密かに歌い継がれ、またそのリズムは暖炉の火が静かに燃える前で足を踏み鳴らす事(タップ)によって、親から子へと伝えられて来た。最初は1つのステップに対して2つのステップで応えるシンプルな踊りから始まったが、年を経て、複雑なリズムパターンを伴う芸術性を有した舞踊へと進化して行った。

1800年代後半、イングランドからの支配が解かれると、アイルランド復興運動が起こりアイルランド人は彼ら独自の文化の建て直しを図った。長きに渡る抑圧から解放され、その反動からステップ・ダンスは爆発的な進化と広がりを見せて行く。   ・・・・・抜粋・・・・・・

   *   *   *


上半身の表現が無く、何処までも直立不動の姿勢なのに、足の動きは機械のように、細かく動いていた。タップダンスのようでもあって、アルゼンチンタンゴの足の動きとは、全く違っていて、アルゼンチンタンゴの足の動きが、美脚を作るのに、最適だとしたら、アイリッシュダンスのそれは、早いリズムを養うのには、最適としたい。

7人の女性と3人の男性の踊りは、優雅を感じる物ではなくて、『強靭な意志の力・不屈』を感じさせるステップで、素早い。
それにしても、女性の脚はきれいだったが、体が細身だと、子供っぽい感じがした。やはり、適度な肉付きが無いと、美しくない。
踊りとして比べると、私はアルゼンチンタンゴの方が、遥かに美しいと思う。
国も違えば、歴史も違うし、風土や気候も違うのだから、ダンスも違うという、ごく、当たり前の事しかいえないけれど、アイリッシュダンスには、優雅さは無い。
美しさの種類が違うのだ。

映画『リトル・ダンサー』の中で、アイリッシュダンス教室のシーンがあったけれど、アイルランドでは、日本人が盆踊りを踊るような物なのだろう。
『ラグース』の衣装は、地味で、男性の上下が黒の衣装からは、アイルランドIRAを連想してしまう。


午前中には、『プルートで朝食を』を見たので、アイルランド続きと成った日だった。



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by sea1900 | 2006-07-06 22:24 | 過去

この間書いた、「お池の鯉」の続きです。
思い出したら、出張してきてくれた都内の鯉屋さんが、ある時、ふと、立ち寄った事があった。

鯉屋さんは、都内の開業医の息子で、大学時代からペットの魚に夢中になり、やがてプロになった人だった。彼は身長183cm位はあって、体重は100KGを越えていたかもしれない。縦・横とも大きくて、石塚さんの様だった。そして、この時は、お友達と一緒で、私はこの2人を見て、心の中で、笑いが止まらなかった。なぜなら、お友達は鯉屋さんを一回り大きくした体格だったからだ。標準体型よりも、遥かに大きく育った2人は、まるで双子の様で、力士よりは細いけれど、体長40CM位の錦鯉の前では、小学生の男の子のように、はしゃいでいたし、2人から観ると、錦鯉は大きな金魚の様なサイズだったのだと思った。

類は類を呼んだのだろうか?
体格の事で、笑っちゃいけないのだけど。

それで、この時に私にグアムだったか、ハワイだったかのお土産のTシャッを持って着てくれたのだけれど、これがでかくて、袋状態なので、何年経っても着られない。

錦鯉を飼っていた当時は、今思うと、水を見てゆったりとした気分を味わっていたのだった。
ペットと言うのは、人に何かを与えてくれるが、犬や猫では決して味わえない大きな時間の流れや自然を錦鯉は何もしないで、ただ泳いで見せてくれていた。

そういえば、名前をつけていた。
三色(さんじき)

オレンジ
日の丸


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by sea1900 | 2006-05-03 19:16 | 過去

かつて、私は錦鯉を飼う趣味があって、それは約10年間も続いたのだった。お金も随分とつぎ込んだと思う。本当は、海水魚を大きな水槽で飼いたかったのだけれど、海水魚は塩加減が難しくて、塩と言っても、調合してある便利な物が売られているのだけれど、やはり、飼っていた友人は、それでも大変だと言っていたのを思い出して、大きなお魚は、派手な錦鯉に限ると思い、飼い始めたのだった。
まずは、グラスファイバーで作られた大きな池を鯉屋さんにセットして貰い、これが、畳2畳弱の大きさで、ポンプや浄化層もセットして、錦鯉を何匹も買い続けて、楽しんだ。
錦鯉の月刊誌を見て、色彩の鮮やかさや、模様の面白さに、自然の美を見出したのだった。
錦鯉と言うと、何百万円もする高価な鯉を連想するけれど、実は、子供を3匹で5000円とか、1匹1000円とかで買って、餌を工夫して綺麗な色に仕上げたりした。確かに1000万円もする鯉は美しい。左右対称の身体に、美しい色彩を持ち、泳ぐ姿は、上品で美しい。
餌は、犬の高級な餌よりも、遥かに高価で、5KGで5000円とかを、良く使った。
また、乾燥えびは色挙げには、欠かせない物で、おやつの様に食べさせたのだった。

そのうちに、私は鯉に飽きてしまい、友人が世話をしてくれた。友人は、私を乗り越えて、更に鯉にのめり込んで、錦鯉に本場、新潟のおじや市にも出かけて、何を買ってきたかと言うと、鯉用の網だった。それは、この辺のペットのお魚屋では、売られていない頑丈な物で、この網で、鯉を池から吊り上げるのではなくて、鯉を見るために、水面に浮かせる為に使った。

さて、偶然ながら、近くにおじや市出身の女性がいて、錦鯉の話が出ると、盛り上がった。
農家ともなると、どこの家でも、錦鯉を飼っていて、勿論全国的に有名なプロもいるのだけれど、この女性の家では、朝食の味噌汁に、あれっ、赤い物が・・・・・と、錦鯉が実に成っている事が良くあるのだそうだ。
真鯉は良くても、錦鯉はまずそうだ。それに、シマウマじゃないけれど、切っても切っても、表面と同じ模様だったら、と思うと、金太郎飴のようで、とても食えたモンじゃないと思う。
それでも、タンパク元だと思えば、食べないのよりも良いかもしれない。

そして、ある時、鯉が病気になり、犬や猫と如何違うのかと言うと、同じ水の中にいるので、すぐに感染してしまい、あっという間に、死んでしまうのだった。それでも、その頃は、水槽を2つ並べていたので、片方に非難させて、薬をまいたりもした。偶然に知り合った、都内の鯉屋さんが、出帳してくれて、鯉に薬を注射してくれたり、アドバイスを頂いたりもしたけれど、この時には、半数位が死んでしまった。
だけど、錦鯉には気の毒だが、犬の様に呼び名も無いので、例え、死んでしまっても、ペット・ロスまでは、ならなくて、悲しさが軽く済むので、気が楽だった。

それからは、友人の熱が急に冷めて行き、残りの鯉を親戚に一つの池ごと、あげてしまった。
親戚は、とても綺麗好きで、今でもとてもきれいにして,飼い続けてくれている。
そして、家に残った池は、水を入れたままで、そのままにしていた。
でも、蚊の発生源になると良くないので、水を抜いて、池をひっくり返す事にしたのだった。

それは、おとといから始まり、暇な時にポンプを使ってやるので、まだ、半分の水が入っている。

こうして、私の錦鯉への思い出は段々と薄れて来ている。
これからは、飼う事のない錦鯉。
健康に生きたら、70年も80年も生き続けるのだから、すごいと思うけれど、結構難しいと、付け加えておきたい。

都内の鯉屋さんからは、今でもダイレクトメールが届いている。
この方は、石塚さんのように、縦、横ともダイナミックなお体だ。趣味で飼い始めたゴールデン・レトリーバーは、当時6匹位はいたのだけれど、犬と言うよりも、羊の様なお顔をしていて、実におっとりした犬だった。

時々、思い出す話でした。。。。。





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by sea1900 | 2006-04-30 23:33 | 過去

何でも、一芸に秀でた人は、確かに変人の部分がある。

俳優・女優が撮影となると、それまでの雑談をサッと止めて、役に集中する姿を見て驚いた知人は、あるプロデューサーに聞いたそうだ。「あれは、なんですか?」と。
すると、プロデューサー曰く、「みんな、きちがいなんだよ!」

確かに、一つのきちがいに違いない。

昨日、アトリエで、きちがいの様な変人<楳図かずお>の話をした。

原宿を歩いている姿を見かけたというTさんに、「楳図かずおは小柄でしたか?」と聞くと、「背は低くはないけれど、とにかく細い体だった。」と言う。
Tさんの友人は昔、彼の漫画を読む時に、少女漫画ならまだしも、彼の描く少年漫画は、すごく怖いので、怖いシーンを糊付けして、開かないようにしていたそうだ。
子供には刺激が強すぎる漫画なので、解るけれど、糊付けには、恐れ入った!

それで、誰か、半魚人を知らないかと聞いて見ると、年上の男性が知っていた。
大昔、少年マガジンに連載していたので、読んでいたらしい。
地球上の陸が海に変わり、人間は生きて行く事が出来なくなるので、人間を魚に変えるという話で、手の指と指の間に、水かきを作ったり、うろこを生やしたりと、不気味な漫画が描かれている。そして、最後には、手術された人間は海に帰って行ったそうだ。

やっと、知っている人に出会えたので、ラストが解りすっきりしたが、、現在では手に入らない「半魚人」を、もしも、読む事が出来たら、私にも、糊が必要だろう。小学校の時に理科で、魚の解剖をしたが、それよりもはるかに残酷なのだ。
Iさん曰く、吉祥寺の楳図かずおの事務所に、原稿を取りに来た若い人が、彼の漫画を描く姿がおかしいとケチをつけてから、楳図かずおは、筆を折ってしまったそうだ。
それ以来、何も描いていないと言う。<ああ、もったいない>

漫画については、上半身の動きに下半身が追いつかないような、バランスの悪さを見る時があるが、それも一つの味なのだと思えてしまう。
ストーリーのアイデアが、斬新と言うか、残酷と言うのか、大人用の恐怖漫画になっている。

恐怖漫画を描きながら、彼は人間の姿に対して、暗喩を込めていたのだろうか?





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by sea1900 | 2006-04-11 00:59 | 過去

Fashionと言えば、やはり服飾史を知らないと、面白くないだろう。
マリー・アントワネットの人形を作ろうと考えたのは、実は、当時のドレスを再現してみたかったと言う思いもあったからだ。
現在の自由な服装と、縁も無かった18世紀はパニエとコルセットの着装が義務ずけられていて
パニエは、ドレスのスカート部分の形作る物で、コルセットは細いウエストを演出する為のファンデーションなのだけれど、これらの形も歴史と共に、変化している。
18世紀後半には、ロココ文化は衰退へと向かい、宮廷での過剰なまでの人工美と、それとは対照的な自然への憧憬と快適性を求める衣服の登場を迎える。
マリー・アントワネットは横に張ったパニエを用いたが、この形も、段々と後ろにボリュームを置いた形へと変化する。
昨夜から、朝にかけては、人形のパニエをゴースと針金で形作り、スカートを縫って、様子を見てみた。こういう作業は、昼間よりも、夜が向いている。と言うよりも、集中出来るのだ。
歴史映画を観ていても、当時の服装は楽しいが、同時に数々の疑問が湧いてくるので、服飾史の本で、チェックするが、解決できない事も多い。

    

昔、私が好きなデザイナーは、三宅一生だった。現在のプリーツ・プリーツがどんなに売り上げを伸ばそうとも、一生の使う布の魅力にはかなわないだろう。布選びに凝りに凝っているので、ハンカチまで、皆一生で統一した事もあった。

また、着こなせないけれど、芸術を感じるのは、コム・デ・ギャルソンで、男のように!と、颯爽としたデザインに憧れた。
2年ほど前に、コム・デ・ギャルソンのデザイナーの川久保れいさんと、彼女を取り巻くパタンナーの姿をTVで見たが、他のデザイナーブランドとは、違っていて、川久保さんが、例えば「今度は、丸いのがいい!」と一言いうと、パタンナーの11人がそれぞれのイメージで、パターン作りをする。要するに、一人のデザイナーの書いたデッサンを基に、パタンナーがパターンを作るのではなくて、川久保さんの言葉から連想できるデザインをパターンで、表現しているのだった。
結果を観てから、それに従った答えを出すという、従来の流れは、既に過去の物なのだろうと思うと、これは素晴らしい発想で、且つ、大胆な構成でも在ると思える。
だから、デザイナー兼、パタンナーの素晴らしさは作品の自由さに現れていた。

パターンを作りながらでないと、解らない所は実際、多くて、手の出ない服等も、出来上がってしまうのだ。
紙上の形と、立体で表現された形の違いは、大きい。

実際に人が着る服も良いが、舞台衣装や、服と言う可能性に、最大の可能性をかけた芸術性の高い服は、正に見せる為に存在していて、日本の服飾史のページを飾るのに、相応しいと思う。






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by sea1900 | 2006-04-03 00:02 | 過去

今日は銀座線の三越前駅からすぐにある、三井記念美術館で企画されている
「三井家のおひなさま」を見た。
おひなさまの何処が面白いかと言うと、やはり、時代や、時間の流れが良く解る事だと思う。

美術館は新しくて、まず、7階、展示会場へのエレベーターが、クラシックで良い。
木を贅沢にたくさん使い、大理石とのコントラストも美しい。

北三井家10代・高棟夫人(1869~1946)三井苞子氏のおひなさまを中心に、お道具や様々の関連品が置かれていて、すっかり、雅の世界に浸った。

一番、迫力のあるのは、やはり、段飾りで、親類やお友達からの、お祝いの子供の人形や、その他の人形も、全部まとまって、段上に置いてあり、この段飾りを飾っても自然と思われるのは、20畳位の広さの部屋だと思う。
段飾り様の雛人形は、北三井家十一代/高公夫人(1901~1976)の物で、十代高棟夫人の物と違うのは、五人囃子ではなくて、五人楽人で、楽人は武器を持たないで、全員が楽器を持っていると言うところだった。

道具類の精巧さは、言うまでも無く、小さな箪笥には、鍵穴まで付いている。
すごろく・将棋・碁盤が、小さく作られていたり、楽器は、琴・三味線・胡弓がある。この時代には、既に胡弓があったと思うと不思議な感じもする。

一番上のお内裏様とおひなさまの、それぞれの脇には、根津美術館での「とらやのおひなさま」とは、また違い、(とらやのお内裏様とおひなさまの脇には、それぞれに稚児がいたのだが)
張子で作ったような犬の人形が置いてあった。
犬の人形は、「犬筥」(いぬばこ)と言う名前だそうだ。


ネームカードも、読みにくく、ルビが無いと読めない漢字がほとんどだった。
3人官女は5人居て、ひざを付いて、花だか木だったかを、持っている2人が加わっている。
何人居ても構わないのだろう。3人とは誰が決めたのだろうか?
五人囃子の下段には、3人の何と言う役職なのか、解らないが、3人のおじさん達が、鍋を囲んで宴会をしているではないか!(こんな所で)
3人の表情は、本当に楽しそうで、人形作者の粋を感じられる物だった。粋というよりも、遊び心とでも言った方が、ぴったりする。

随身(矢を背負っているガードマン)の姿は、なぜか思い出せないが、全体的に楽しくて、幸せを呼んでいる。
観に来ていたのは、中年以降の女性が多く、20代の若い女性は、江戸時代のおひなさまの顔を見て、気味悪がっていた。。。。。歴史にまでは、到底関心が行かないようだった。

有職雛とは、公家の装束を考証した物で、享保雛とは、江戸時代の中期・享保の頃を中心に流行した能面顔のおひなさまの事で、能面顔と言うよりも、おひなさまの顔は、フィギュアスケートの真央ちゃんに似ている。享保雛は、明治時代まで、作られていたそうだ。


果たして、三井家の女性達は、段上からお人形を降ろして、遊んだのだろうか?




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by sea1900 | 2006-03-25 23:52 | 過去
 さっき、政治家の家には・・・と書いて、思い出したのが、鳩山邦夫氏の事、
そして、エミリ夫人の事だった。
<私とは、何の面識もありません。>


同級生Nは、英語が得意だったので、中学はアメリカンスクールに通った。
田舎のこの町で高校時代を送り、青山大の英文科を出て、職にも就かないで
すぐに結婚してしまった。

高校の時には、英語は県で一番だったと思う。
美人では無いが、すごくおしゃれで、センスが良かった。

これで幸せならば、そういう人生も良いと思う。
Nの親しい友人は、結婚後のNに会いに、福島県の田舎に行ったら、あんなに
おしゃれだったNが、綿入れのハンテンなんか着て、出迎えてくれたと言う。


Nはエミリさんとは、少しだけ縁があった。
アメリカンスクールを介しての知人という事なんだけれど。


Nが3年の時のクラスは、6クラスの中でも、派手で、ハキハキした子が多い、
目立つクラスだった。

私大に進学希望のクラスは、国立に進学希望のクラスとは、雰囲気が全く異なり、
自由できままだった。

私はこのクラスに友人が多かったので、(どうも、自分のクラスの人間は、、真面目
過ぎて、窮屈だったのだ。)放課後に、よく行った。


さて、先生達もこのクラスの自由な雰囲気を飲み込んでいて、G先生という当時、
40代の女の先生が(G先生も当時は、かなり進歩的な考えを持っていて)

「もしも、変な男に追いかけられて、レイプされそうになったら、殺されるよりも
良いのだから、その方が得だよ!」

と、授業中に話したそうだ。

それで、純粋な気持の生徒達は、唖然として、その中でも、Nが立ち上がり、
G先生と話し合いが始まったそうだ。
Nは、「そうだったら、私は死んだ方が良いです!」と激論が続いたそうだ。

G先生は当時、3人の子持ちだったから、考え方も違うと思う。

でも、授業中にこんな話しを持出す先生も先生だが、きっと、このクラスの雰囲気に
先生も話し易かったのだと,今にしては思える。

私が年中、友人に会いに行っていたように、気楽な雰囲気があったのだろう。
<大学はどこかに受かれば、それで良い。>という気楽さは、大きい。

必死な抵抗も無いから、それなりに楽しめるのだろう。

単に、明るい子ばかりだったとも思う。


ちなみに、私のクラスでは、G先生は英語を教えていて、予習が間に合わなかった
私は、教科書の下に、参考書を重ねていたら、それが見付かってしまい、
G先生の逆鱗に触れ、かなり言われた。

Nのクラスでは、自由な自分の姿を見せて、活き活きとしていたG先生も、
我がクラスでは、勉強の事しか最後まで、話さなかった。

淋しい限りだと思う。


Nのクラスからは、日本ではすごいニットデザイナーも生まれたし、全体的に
活気がある人が多い。未婚の母になった友人もいる。

Nと仲の良かったMは、大学入学直後、ヌードモデルとしてプレイボーイを飾った。
但し、素人モデルとして。(この話しは、関係ないけれど)

何かやりだすような活気がこのクラスには、みなぎっていたのだった。

成績よりも、性格が人生を決めて行く!

勿論そうだけれど、思い出しても、、結果論から言っても、本当だと思う。






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by sea1900 | 2006-01-30 01:59 | 過去
かつて、私にはドッグショーに夢中だった時代があった。

え~~~と、一昔前ですが。。。

地方展や、日本で一番大きなFCIのショーにも、出掛けていた。

最初、飼ったちわわが面白くて、繁殖していき、ドッグショーで、タイトルが
取れる犬を作出したかったのだ。

ドッグショーというのは、元々が大金持ちの娯楽なのだけれど、日本では、
娯楽では止まらずに、プロが仕事として行っている。

勿論、出したければ、誰でも出す事は出来る。
しかし、優勝を目指した場合、プロの手を借りる事は必要となる。

約、10年間をかけて、私はこの世界については解ったと言えるかも知れない。

これ以前に、チワワを飼い始めた時に、トリマーの必要性を感じて、都内の
美容学校にも通い、技術を学んだ。

チワワと言う犬種は、メキシコでは神聖化されていたり、中国を経て伝わったと言う説
もあって、未だに、どういう過程の犬なのかは、解らない。

中国人はテンソクが好きだから、犬も小さくしたという節は、何だかこじ付けの様に
思えるけれど、不思議な犬だと思う。

ところが、繁殖ともなると、良い犬が良い子犬を産むとは限らないし、大型犬の様に
何匹も産めないで、2,3匹だったりする事が多い。

空振りと言って、交配しても、妊娠しない事もあるし、お金(交配料)ばかりが動いた。

その内に、パグが面白くなり、子犬の時から、光り輝いていたメスの、南がチャンピオン
になった。南は犬雑誌にも載った。
ハンドラーは、プロの友人に頼み、彼のセンスにも因って、南は、見事な歩様を見せたの
だった。

(歩様の美しさや確かさは、骨格の美しさであって、確かさに繋がる。
健康さを見分けるポイントでもある。
人間でも同じ事が言えるが、歩く姿の美しい人は、体のひずみが少ないはずで、
内臓にも負担がないと思える。)


この場合、ハンドラー料は、友人なので無料だったが、プロのハンドラーだと、
1ハンドラーで、10万円にもなる人がいる。

例えば、私の様に私がシャンプーして、お化粧出来て、友人のプロがハンドリング
してくれるならば、大してお金も係らない。

ところが、自分の犬をドッグショーで勝負したい場合には、それなりの犬でなければ
話しにもならず、素地のある犬を紹介によって飼い求めると、ペット店の何倍もするし、
その犬を、子供の時からハンドラーの元に預けれると、管理料だけでも年間60万円
は下らない。

ショーに出るようになると、ショー用のトリミングや、お化粧代も係り、交通費や
経費の請求が、月に何十万円も係るのは、常識だ。

犬のお化粧とは、化粧用のチョークを使い、例えば、クリーム色のパグならば
口の周りが黒いので、その黒を綺麗に塗ったり、サモエドやピレニーズと言う白い
犬に白いパウダーを振り掛けて、更に白く綺麗に見せたりする、ドッグショーにおいては
当たり前の事を言っている。

昔は、ポメラニアンの尾の先が、頭に着かなければスタンダードに、より近くないので
尾の骨を手術して曲げて、それらしく見せる等に作り上げる事もあったようだ。

とんだ、犬迷惑な話だ。

この当時、ドッグショーにのめり込んでしまい、何千万円も借金してしまう人が
出ていたが、このように計算してみると、決して話しがオーバーでない事が良く解る。


知人のおばさんは、シーズーを1年半預けて、チャンピオンに仕上げてもらったが
お値段にして300万円係り、もうへそくりが底を着いたので、諦めて終わりにした。

それでも、メス犬との交配料で稼ぎまくり、元金は回収出来たようだった。


日本では、ドッグショーの裏にはお金の流れが、必ずあり、素人の趣味の世界とは
行かない。
ここが、好きでないので、段々遠のいてしまった。


或る時、wowwowで、アメリカでのドッグショーの様子を見た。

会場には、日本の様に、ペット犬を連れては、入れない。
処どころに積まれた干草は、オス犬がオシッコを掛ける為の物だった。
広い空き地の様な所で、開催されていて、伸び伸びとしたムードだけれど、
肝心な事は忘れていないのだ。

アメリカでチャンピオンになった犬を、日本に輸出する業者もいるが、
アメリカ人やオーストラリア人などは、私の知る範囲では、本当に素晴らしい
と思える犬を人に売る事はしない。

有名なブリーダーはプライドも高いので,日本人が買いたいといった所で
簡単には、自分の宝を手放さないのが、一般的。

何でも、お金で済むと思うのは、日本人の愚かさだし、恥かしい考え方だ。
ある犬種に取り付かれた男性は、財産のほとんどをつぎ込んでイギリスの
老舗のブリーダーのおばさんと、何年もかけて仲良しになり、最後には、
犬舎号(OO家の様な名字)まで、頂いた。

あくまでも、その犬種が大好きだったから、出来た事で、流行の犬種を追ったりする
人間には不可能だ。
より、人間らしく、プライドを持った生き方が良いと思う。



歴史が、歴史が違うんです。きっと!と思うしかない犬の世界。
4月1,2日には、東京ビッグサイトで、FCIインターナショナルドッグショーが
開催される。

こういう会場を歩くと、ウンチやオシッコが必ずあるので、踏まないように注意あそばせ!
出陳者が始末しない事もありました。





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by sea1900 | 2006-01-26 00:35 | 過去

ヒロさんに書いたコメントよりも、深刻な消したい過去は、

5年位前の事で、親戚の幼稚園児に、「歯をみがこ~!歯をみがこ~!」と言って
洗面所に連れて行き、歯磨きを手伝ったんです。

小さな子はもたもたしてるから、面倒に思える時があって、
「ハーイ!歯ブラシにネリネリをつけました~」と、楽しそうに言って、ブラシを渡しました。

少しすると、白い泡がたっぷり立ってきて、
「石鹸だ~」と言われたのです。

ハ~イ!

私は顔を洗うクリームソープを歯ブラシに,たっぷりと付けてしまっていたのです。

その場は、とりあえず誤魔化して、「大丈夫!お口の中も石鹸で良く洗いました。
さあっ、綺麗になりました!」と言って、もみ消し工作成功?だったと思っていました。


これで、終わりだと思っていたこの話には、続きがあって、
最近大きくなったこの子が、この話しを今日の法事の時に、暴露して下さいました。

子供って、何て記憶が良いんでしょ!!!
(頭、良いのも考え物!)

勿論、私は「エッ、そんな事やったんだ~!ダメじゃない!気をつけないと。」と、子供のせいにしましたけど・・・・・


(早く、忘れてくれ~)
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by sea1900 | 2006-01-23 00:33 | 過去
少し前の事、近くの町の公園に出かけたら、チューリップの花畑がにぎやかで
色別の花壇がたくさんありました。

春の花というのは、当然ながらきれいなのに、何か違和感が・・・・・

一つの花壇の広さは、畳8畳もあったと思うけれど、花が違うんです。

花が。。。。。チューリップの花が、茎に2個から3個、くっ付いているのです。

何だか、気持悪くなってしまい、新種だったのかは別として、


咲いた,咲いた、、チューリップの花が、並んだ~並んだ~赤、白、黄色~

これが、

咲いた、咲いた、チューリップの花が、あたま3つ、並んではなす~

と、宇宙人が花に変身していて、地球侵略を考えているように思えた物です。

チューリップのイメージが今でも、悪いのはこんな思い出が在ったからなのでした。
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by sea1900 | 2006-01-14 00:11 | 過去