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海の上のピアニスト

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力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

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千の風になって

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

あの大きな空を
吹きわたっています

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨日の朝、冷たくなっていたパグの晴美を今日は火葬してもらい、家の庭に落ち着かせた。
昨年から何匹かの犬を土に返し続けたが、晴美は特別な犬だったので、
私にとっては、思いいれが大きく、悲しみも深い。
しかし、この歌のように、風になっていつも吹き渡っていてくれるかと思うだけで、心休まる物だ。


晴美という名前は、ひたすら明るい気がしたので付けたが、名前通りの性格だった。
土に返し、線香に火をつけた時、それまでは静かな温かい一日だったのに、さっと風が吹いたような気がした。
晴美が食べ物の香りではなく、線香の香りに乗ったのかと思うと意外。



そして今、少し前に買っておいたイタリアワインTorciano2000CARMIGNANOをしたためながら、晴美がおこちゃまだった頃を思い出している。
このワインは、後味がすっきりしていて、やや熟成している。

如何して犬は可愛いのかと思うと、犬の知能は最大でも成犬で2,3歳しかないから、余計愛おしくなるのだろう。
2,3歳の子供に私の10年間を支えて貰ったと思うと、更に感謝したい気持ちになる。


キースのケルン・コンサートのピアノの音色が何ともぴったりの夜を迎えた。






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by sea1900 | 2007-01-28 18:33 | 現在
昨夜9時から、前から宣伝していた番組「グーグル革命の衝撃▽あなたの人生を検索が変える」を観た。
グーグルが検索サイトとして急激な発展を遂げ現在世界一位。
グーグルが利用される回数は、一日10億回とも言われ、多くの人が買い物をするにも、何か調べるにも検索結果を参考にしている。
そして、企業にとっては、自分の会社が検索順位の上位に載らなければ意味がなくなる。
小さな会社が突然それまでの売り上げの何十倍に急成長したり、逆に上位にランキングされていた会社が突然、検索されなくなったりと、変化が起こっている。

急に検索されなくなくなった会社は倒産の危機にあうことになったが、グーグルはその訳を明かさない。
また、中国で、<天安門事件>をグーグルで検索したとしても何も出てこないそうで、明らかに操作されている事が言えるのだ。

グーグルのスタッフの夢は、<グーグルの世界><グーグルの政治><グーグル王国>などと、グルグル続いていたが、夢だけならば構わないけれど、<グーグル独裁>を連想してしまう。

私達が検索する事と同時に、私達の情報もグーグルに集約されている現実を思うと、SF映画のようで、この先にあるものはよからぬ世界なのではないか?という懸念が生まれてしまい、アーミッシュの方がよほど、まともなのではないかと思えた。

キャッシュやカードのない買い物も既にアメリカでは可能で、それだけ自分の情報をグーグルに流している故の出来事ともいえるし、それ故の犯罪がこれから増えない事を望むだけだ。
<便利さ>とは、逆手に取られると、別の<不便さ>を生み出すだけになる。

全体的に一つの警告のように感じてならない番組だった。







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by sea1900 | 2007-01-22 22:41 | 現在
今朝、最近になって下痢続きのパグを隣町の女医さんに診てもらおうと連れて行った。

1週間位前には、近くの一般的な獣医に診て貰い、大した事はないからと言われ、投薬で下痢は止まったものの、また再開してしまったのだ。

それに、このパグの主治医はあくまでもこの女医さんなのだから、やはり診て貰いたかった。

5,6年も前になるが、パグが脊椎損傷で下半身不随になった時には、レーザー光線治療(弱い光線をつぼに当てるだけ)をボランティアで施してくれた赤ひげ先生でもある。
営利目的の獣医師が多い中で、医者本来の姿を保つ事にプライドを持って生きる姿をみると、何とも嬉しい気持ちになるのは私だけではないから、この先生のファンは多い。

脱水症状もあるので点滴もお願いして、20分位の間、時々動き出すパグを私は抑えていた。

そして、先生に この間の言うなれば虐待されている犬の事を話し始めた。

イギリスでは短い紐で繋がれている犬がいると、すぐに<虐待>として訴えられるのに、日本では普通の事として問題にもならない。犬を飼う歴史が違うのだが、ヨーロッパのように、犬と共存する事が自然に出来る国はうらやましい物だ。


犬の世話が出来ないのならば、出来る人にゆだねれば良いと思うけれど、虐待する人はどうも手放さないようだ。
人間の場合も同じで、自分の子供を虐待する親は、子供を手放して施設にでもお願いすれば良いと思うが、決して子供を手放さないそうなのだ。

不思議な心理だと思う。(とほほほ・・・・・)
ぞっとする話でもある。


先生はその辺の心理のセミナーを今日の午後に受講する予定だったので、また訪ねた時に聞いてみたいと思う。






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by sea1900 | 2007-01-20 23:46 | 現在
昨年の11月頃からどうしても気になっていた事があった。
そして、それは昨日のクライマックスを迎えて、私の脳から吹っ切れたのだった。


知人の家に行く度に見かける裏どおりに面した家の、狭い庭につながれた犬の事だった。

リード1m分の自由しかなくて、散歩に連れて行ってもらう気配さえないし、周りは一面便だらけ。壊れた小さな木製の犬小屋は、既に壊れかけていて、正にホームレス状態。軒のある場所ならまだ良いけれど、家の壁の隅っこだから、冬は陽の当たらない寒さが小さめの犬の体温を下げる。

3年くらい前には、この犬小屋に中で子犬を生んだようで、少し経つと身の自由な子犬達は、母親にじゃれ付いていたのだった。

1mの自由の中での子育ては、やはり哀れで可愛そうでならなかったが、まだ、この時が温かい時期だったので良かった。

2週間ほど前の土砂降りの日、犬は壊れた犬小屋に入る事も出来ずに、全身びしょぬれになっていて、この時ほど、<何とかしなければ成らない!>と思ったのだった。


そして、ごく最近になって、犬小屋が犬のリードの範囲から遠くに動いてしまい、入る事も出来ずに、寒い朝を迎えたのだった。

昨日、この家の女主人にドアホン越しに、「犬を譲ってください。」
と頼んでみたが、答えはno!で、<番犬にしているから上げられない。>という。
そして、初めてこの犬の年齢を聞いたのだった。

『14歳』うめずかずおの漫画じゃないけれど、もっと若そうに見えても『14歳』を迎えた老犬だったのだ。
この際、譲ってもらえれば何歳でも構わないし、せめて余生をNOリードで、私の住む家の庭で自由にさせてあげたかったし、家の中では冷暖房で快適に過ごさせたかったのだ。

昨日犬を譲ってもらえたならば、まずは虫下しを飲ませ、シャンプーをして、おいしい物でも食べさせ、3日位したら獣医の所へ連れて行って、フィラリアの検査を含む健康診断を受けさせたいと思っていたが、この犬の状況が変わる事はなかった。
勿論、私の時間やお金がかかる事になったとしても、救えないよりも良い。


動物を飼うなら、「それなりの思いやりをもって可愛がらないといけない!」なんて、今更言うのはあほ臭いが、「今にバチがあたるぞ!」


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そして、私はアフリカの黒人差別を思い出した。

昨年受講したアフリカについての講座を思い出すと・・・・・

白人達はアフリカの人を人間として扱わなかった。と言うよりも人間として思っていなかった。
という一節があったが、人間として思う気持ちがあったなら、奴隷として利用するなんてあり得なかったわけだ。

アフリカは日本からは実際に遠くて、存在さえ遠のいている。

しかし、2回目の天安門事件の原因が、実はアフリカからの留学生の待遇に原因を発していた事を知る人は少ないのではないだろうか?
世界は繋がっていて、微妙な関係を保っている事を思わなければ成らないと思いながら、この辺の事をここにまとめてみたいと思いながら、何日も経ってしまった。


犬を生き物として接する事も出来ない人間を見ると、その家の子供達の将来さえ、危ぶまれてくる。この辺も切れない糸で繋がっている事実なのだと思う。
<命の大切さ>の授業を受けたとしても、家に帰れば汚くて触る事も出来ない犬を見て、一体どんな愛情を感じるかと思うのだ。






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by sea1900 | 2007-01-19 01:43 | 現在
<魚が出てきた日>と言う映画があったけれど、こちらは<毛布が出てきた日>だった。

胃と十二指腸にまたがって毛布もきれっぱしがあり、手術で取り除いたラブラドールは、おとといの夜の手術から眼が覚めて、点滴を受けている。

とりあえず、手術の麻酔からの死は免れたので、ほっとした。
生きていく事に危険がまとわり着いているという事実をかみ締めさせられた事件だった。

ちなみに、この犬の名前は<アリス>で、名付け親は私。
名付け親になると、犬への愛情が増す物だと再確認した。





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by sea1900 | 2007-01-13 01:51 | 現在
昨日、友人のラブラドールのメス犬が事件を起こした。

犬小屋の中に敷いてある毛布を口から吐き出したのだった。
という事は、胃の中に入ってしまった場違いな毛布もある訳で、すぐに獣医の下でレントゲンを撮ったが、よくわからず、朝入院したのだった。

今日の夜8時頃、獣医師から「手術を始めます。」との連絡を貰ったそうで、その後の事はまだ解らない。


この犬は毛布を今までに食べる事がなかったのに、一体どうしたのだろうか?


室内犬が丸めてあったストッキングや靴下を飲み込んでしまい、開腹してみると、消化器系に張り付いて取れなくなっている事があって、そんな時は部分的にカットするしかないそうだ。
靴下類ならば、人の臭いが刺激になって口に入れる事も考えられるが、自分しか使わない毛布を口に入れるなんて、余程暇だったのだろう。

ところで、この獣医師はよく夜手術するが、疲れてミスが無い事を祈るだけだ。

毛布を食べる犬は、大型犬に多く見られ、私のチワワやパグ達にはあり得ない事だ。
この辺は、顎の力と比例しているのだろうか?

ペットがいると、楽しい事も多いのだが、事件も多くて、刺激的な毎日なのだ。







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by sea1900 | 2007-01-10 23:59 | 現在
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写真は2004年11月に撮影された、凍った海を大行進するアデリーペンギン

過去・現在・未来・・・・・・
2007年はただ平和な年であって欲しいと思う。

                        sea1900
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by sea1900 | 2007-01-01 00:00 | 現在
『オ・グラン・モゴル』での仕事がやっと終わったと思ったら、Xマスイブの夜だった。
久しぶりに一眼レフを出して写真撮り。

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                              全長70CM
『孫にも衣装』と同じで、<人形にも衣装>
全て装飾の中でこそ、こういう人形は輝く。


人形本体の出来は悪くて、欠点だらけだった。
しかし、その欠点も、今思うと自分の履歴のようだ。

どうして人形を作り始めたかというと、おそらくは気分転換の一つとして考えたからだった。
自分の時間の余裕が有り余る訳ではないけれど、時間をひねり出してみたかったのだと思う。

初めての人形はフランス人形で、名は『マリー・アントワネット』
マリーにとって、自らに課せられた責務は余りにも重くて、国王としての力量を持たない夫を一人で支えていかなければ成らなかったのだから、悲劇の王妃だった。


人形は20代の楽しい頃を想像して作った物。
何も知らない平和な時代のマリー・アントワネット。
知らない事は罪だとも言えるが、幸せだとも言える。。。。。
(顔に皺の無い時代)








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by sea1900 | 2006-12-25 01:52 | 現在

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今週はどういうわけか人形作りに燃えていて、それと並行して出来上がっているマリー・アントワネットの人形のドレス作りを始めている。

さながら、『オ・グラン・モゴル』
王妃マリー・アントワネットの御用達デザイナーのマダム・ベルタンのお店の様だ。

人形のドレスと言っても、時代考証を繰り返しながらの作業なので、楽しいと言えば楽しいけれど、進みも遅い。

そんな訳で、『オ・グラン・モゴル』は年内無休なり。。。。。









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by sea1900 | 2006-12-20 21:19 | 現在
デパスとは精神安定剤で、イブは鎮痛剤。
20代の友人は頭痛が酷くて、医師から貰っていたデパスを生理前の一週間、イライラを防ぎたくて毎日飲用していた。それも規定以上の量だった。副作用によって段々効き辛くなるという。
そして、おとといの夜、この2種類の薬をほとんど同時に飲用したのだった。

その後、私はそんな事を知らなくて用事があって、仕事の話をしていたのだが、どうも様子がおかしい。
泥酔状態の様で、目つきも異常だ。
動きも普通ではなくて、やっとこ歩いているようだった。
それは、自分の身体ではないようで、脳からの指令が末端まで届いていないのだった。

そして、昨日は一日眠り、さっき帰宅したのだった。
帰宅と言っても、新幹線を使う距離なので、駅まで送って行った。

<毒を以って、毒を制す>と言うくらいだから、薬とは恐ろしい物だ。
しかし、薬がなければ現在の人間は生きてはいけないだろうから、あくまでも使い方と、自己の管理や免疫力を高める努力をするしかないと思う。

知人の薬剤師は昔私に言った。
「薬なんか、自分は絶対飲まないよ!」と。



今年は病気とか、死とかが私の周りにはたくさん訪れたが、そんな年回りだったのかと思う。








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by sea1900 | 2006-12-17 16:08 | 現在