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海の上のピアニスト

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力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

2005年 08月 12日 ( 5 )


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今日の昼食に、バーベキューに誘われていたが、
行くと、女性は、手伝いをする事になり、疲れるな~!と思ったので、
私は、キャンセルした。


友人は24歳の男性で、肉が大好きだ。
彼に美味しかったのか、聞いて見た。

すると、意外な事が解った。

何と、そこで焼いた肉は、鹿の肉だったのだ。
たくさんあって、足も骨付きで、原型で出てきたそうだ。

「それを誰が食べたの?」と聞くと、皆で分けて食べたんだそうだ。

「脂っこくて、スペアリブのような味で、肉に弾力があって、
がんばらないと噛み切れなかった。でも、とにかく美味しかった。」
とも加えていた。

そのバーベキューに参加した男性が、持参した肉だという。
しかし、猟は解禁の時期なんだろうか?

ほとんど、男ばかりのバーベキューだったそうだ。
私は、PCを叩いていて、正解だったようだ。



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by sea1900 | 2005-08-12 23:14 | 食べる
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ワンガリ・マータイさん、(64)は、アフリカ女性として、
初のノーベル平和賞を受賞した方で、ケニアの環境副大臣だ。

ワンガリさんについては、色々なブログでも紹介されていて、
ご存知の方も多い事だろう。

ワンガリさんが、来日して感銘を受けた言葉は、『もったいない』
「日本の方々には、この言葉を大切にしていただきたいのです。」
と語っている。

日本人が、ごみ削減、再使用、再利用の精神を、
日常生活の中からエピソードをあげて、絵と文で説明している。

この言葉は、英語には見当たらないそうだ。

さっと、立ち読みした。

今の日本には、物が溢れていて、電気も水もお金があれば、
使いたい放題だ。
しかし、物を大切にする事は、他人を思う気持ちにも繋がり、
地球を大切にする事に繋がっている。


例えば、水。
私の家に泊めた20歳位の男子は、風呂には入らず、
いつもシャワーだけで済ましていた。
それでも構わないけれど、シャワーを一度も止める事なく、
30分出しっぱなし!

私は怒った。水がもったいないからだ。
水の苦労をした事がないから、解らないのだろう。
しかし、この日本で、水の苦労をするようになったら、お終いなのだ。

彼の母親は言った。
「何でも、自由にさせて下さいな!」
それが、優しさだと言うのだ。

はき違えもいいところだ。
こんな年配者がいる事自体、私は、不思議でもある。

『もったいない』事が良く分かると、物も増えなくなり、
家の中もすっきりするだろう。


さっき、本屋で絵本のコーナーで、『 もったいないばあさん』を見つけた。
これは、日本の物だ。


ワンガリさんが、はつらつと、若々しく見えて、とても64歳とは思えない。
一筋の光りを見つけると、人は生き生きするのだろうし、
歳をとらないのではないか?と思う。

しかし、外国の人に、日本の良さを発見して頂いて、
嬉しい出来事でもあった。

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by sea1900 | 2005-08-12 15:46 | 現在


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50年以上も前に、一人の男が行った性意識調査、
アメリカの生物学者アルフレッド・キンゼイを描いた映画だ。

生物学者のキンゼイが大規模なSEX調査をする事になったのは、
大学生の為の結婚講座を受け持った為だ。

学生の性の悩みに答える為には、一般市民の性の実態を、
知る必要があると気づいたのだ。
元々、彼が研究していたのは、タマバチの採集分類。
何千というタマバチを分類して彼が得た結論は、一匹として、
同じ物がないという事。

そこから導き出されたのが、<他と違う事こそが、生物の基本>
と言う彼の信念だ。

人間には、多数派と少数派がいるだけで、ノーマルとアブノーマルには、
分けられないし、同性愛も異常ではないと主張したのだ。

アメリカの保守的な社会に皆と違っていても構わないというレポートを、
発表したのだから、与えた衝撃の大きさが想像できる。

男性版は、ベストセラーになったが、女性版を出版した時は、
逆にバッシングの嵐にさらされた。

現代の私達が、ごく当たり前と思っている考えも、市民権を得るためには、
先人の努力と苦労があったのだ。
                        (LUCIより)


キンゼイをリーアム・ニーソンが演じている。
最近、彼が主役の<マイケル・コリンズ>を見た。

主役に成りきれる俳優・女優とそうではない彼らがいる。
リーアムは、存在感があり、演技派だと思うので、
是非、観ようと思う。

さっき書いた『エデンの彼方へ』もそうだが、同じ時代だ。
ノーマルとアブノーマルの区別は、
そう区別した方が都合の良い人間によって、創られている。

本当は、この言葉だって、存在しないのが現実だと思う。
それぞれが、自由だから、無理に、枠を作ることはない。
枠で区切って、安心するのは、小心を隠すためではないだろうか・・・・


しかし、そうする人間が圧倒的に多い。
その中で、真剣に考える人間もいる事が、私を嬉しくさせてくれる。



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by sea1900 | 2005-08-12 14:43 | 映画
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<33歳の人>が紹介してくれたブログ、
<フツーに生きているゲイの日常>を読んでみた。
70%位に目を通した。
なかなか、知的な方なので、好感が持てる。

そして、私は、ゲイがタブー視されていた時代の映画が思い出された。

それは、ジュリアン・ムーア主演の『 エデンの彼方へ』だった。

ブルジョア家庭に於ける、アメリカ荒廃の縮図なのか?


1957年、コネティカット州ハートフォドの新設郊外。
ニューイングランドの紅葉に彩られた風景のなかで、典型的なWASPである宣伝担当の重役夫妻の、一見、世間もうらやむ暮らしぶりが映画の表面を構成する。
 アメリカで最も洗練され、奴隷解放運動や反戦運動の発祥の地として「アメリカの良心」の在りかともいわれてきたニューイングランド、特にそこの秋は視覚的にもこの国の「天国」もしくは「楽園」を寓意している。
 ところが、実はこの夫は隠れ同性愛者で、男性とキスする夫を目撃した妻は悩み、そして黒人の庭師と情を通わせる。


1970年代になって、全米医学会が同性愛を病気の項目から外すまで、
同性愛は恐ろしい病気とみなされていた。
と同時に、白人と黒人、特に、白人女性と黒人男性の愛は、
同性愛以上に恐ろしい病気とみなされていた。

ジュリアン・ムーアは、上品な奥様役が似合う女優だ。
特に、整った顔とは思えないのに、その雰囲気が、そう思わせる。
彼女のドレス全てが、この時代を象徴しているようだった。

デニス・クエイドは、自分がゲイと気づくまでに、
葛藤があり、それがじれったくも在った。

この映画を若い年代の人が見たら、この面白さが解らないと思う。
あくまでも、最後のシーンを見て、答えが解った!と思う程度で終わってしまう。


この映画の脚本・監督のトッド・ヘインズはゲイの過激派で、
メロドラマの形の中に、同姓愛を表現している。
何とも、奥深い作品を、静かな時代、静かな風景、
秋の見事な色彩に織り込ませた、
素晴らしい仕上がりだった。


私は、同性愛は、単なる嗜好であって、他人がとやかく言う物ではないと思っている。
人間性だけしか見ない私にとって、それは、単に、表面的な部分でしかない。

例えば、親戚付き合いや近所の付き合いなどに、縛られて生きるのは、
まっぴらごめんなのだ。
自分の時間が一番大切で、個人主義を通している。

若い人と話す機会も多いが、おばちゃん的などうでもいい話や、
結婚を迫るような話題などは、
失礼だし、面白さには欠けるので、自分からは話さない。

それよりも、PCの事や、映画の話題、演劇の事、面白いお笑いの事、
旅行先での面白い話などの方が遥かに有益だ。
ワクワクできる良さばかりだ。

何年も前に、週一の初心者向けのPC教室に、
72歳のおばさん(おばあちゃんなんて言い方はやめよう!)が来ていて、
熱心だった。
彼女曰く、「 近くのおばさん達は、井戸端会議に情熱を注ぐが、
その輪には入らないで、PCでも覚えた方が、よほど、楽しい」
最もな事だった。
自分がしたい事をしないで、どうするのだ!!!

同性愛も同じ事!他人がとやかく言うスジではない。

私は、最近では、最低限の墓参りはする事にしている。
前は、厄介な親戚付き合いの一環だと思っていたのだ。


しかし、ヤクザの大きな墓があるので、ちょっと覗いたり出来る楽しみを見つけたのだった。

(なんだか、支離滅裂になってしまいました。失礼!!!)




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by sea1900 | 2005-08-12 11:24 | 映画
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私が行くシネコンは3つ在るが、最近行くシネコンは、
大体すいている。
ここの劇場は10あって、きれいだけれど、この間の『人形霊』の時に、
よ~く見たら、スクリーンがカーブしていなかった。
という事は、端の席に座ってしまうと、見えにくくなってしまう。

それと、ここのトイレだけは、携帯(私は、ボーダフォン)が使える。
通路と劇場内は、使えなかった。

通路が広くて良いと思ったのもつかの間で、人の姿を見ないと、
なぜか不気味なのだ。

要するに、とても暗いシネコンだ。
車で5分は、魅力的なので、一人でもレイトショーに行くぞ!
と思っていた事もあったのに、怖すぎるので、不可能!!!

一人,取り残されたら、迷路でもある通路。
そして、誰もいなくなったら、と思うと、ガランとしたお化け屋敷のようだ。

今朝、映画を観る友人から電話があり、このシネコンの感想を言うと、
彼女も同様だと言っていた。

今度、行った時には、見取り図を頭に叩き込もうと思った。
それと、非常口を確認しなければならない。

この間のレイトショーの後、まだ、10時前だったのに、
受付の人間は誰も居なくて、男の従業員が3人しかいなかった。

急いで、駐車場まで行き、人が誰も居ない道を走った。

田舎は良いけど、人が少ない映画館なんて、淋しい物だ。



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by sea1900 | 2005-08-12 01:06 | 現在