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海の上のピアニスト

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力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

2005年 08月 08日 ( 3 )



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彫刻家のヘミは、人形のモデルになるため、森の奥深くにある美術館を訪れる。招かれたのは、写真家のホンと学生のソニョン、球体関節人形を離さない少女ヨンハと、飛び入りで参加した男性モデルのテスン。館内は、不気味なほどに精巧で美しい人形に埋め尽くされていた。早速、全員の写真撮影が始まるが、突然、ヨンハが何かに怯え気絶してしまう。その夜、ヨンハの人形が、目が飛び出て首を切られた無残な姿で見つかった。それは、悲劇の始まりに過ぎなかった…。
 2004年、韓国のホラー映画。

昨夜に続いて、今夜は、レイトショーで、これを観に行って、帰ってきた処。
若いカップルばかりで、お化け屋敷を楽しんでいる感じだった。

最初は、マネキン人形ばかりが出てきて、これが、最後には、
動き出すんじゃないかと思っていた。
ドロドロとした韓国映画やドラマの中で、至って、簡単に話しが進み、
あっと言う展開になる。

わざわざ、映画にしなくても、ドラマで充分だと思う。
ミナ役のこの写真の女優の顔が可愛くて、印象的だが、
今思うと、他の俳優の顔が浮かばない。

刑事は、2回も殺されるから、悲劇的だった。

やっぱり、人形は捨てられない物なのだ。
人形供養に出さなくてはならないのだ!と改めて、
思い知らされた映画だった。

たまに、ヒャーとびっくりして、椅子から落ちそうになっていたのは、
私だけだったみたいだ!!

どうも、韓国映画は、韓国ドラマに負けていると思う。
    (ブラザーフットは、良かったけれど・・・)




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by sea1900 | 2005-08-08 23:47 | 映画
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曲は変わって、同じフジコヘミングのピアノでも、
リストから2001年のカーネギーホールでのライブへと変わった。


私は、花が好きなのに、花の名前を覚えない。
草月流の師範の資格は持っていて、花を生ける事は、好きだ。

ところが、花の名前を覚えないと言うのは、それだけのレベルでしかない。

花を生けるテクニックだけが、一人歩きをしている様な物だ。

10年間、毎週習っていれば、生ける事は上手になるから、
師範になるのは、大した事ではないのだが、
それでも、10年の歳月の間には、自分なりの葛藤が生まれる。

私は、昔から、欲しい物を聞かれると、「花!」と答えている。
花の命は、短くて、せいぜい1週間だ。

物は増やしたくないので、その時だけの命の花は、より、尊い物に思える。
そして、生きている!物が持つ生命力を感じると、人は癒される。

草月流の自由化した物が、写真の彼の花になる。

従来の誰もが持つ、生け花のイメージからは、
違った花のオブジェがそこにある。

フィーリングから生けているようで、そうではないのだ。
綿密な計算もされている。

都内の教室に、足を伸ばしたいと思った事もあった。
しかし、一回で、¥15000はちょっと、高いのでやめた。

その分、安い花を自由に生けている方を取った。

花やの知人が言った。
東京では、何気ない野の花の様な花が売れて、
田舎では、買わないと手に入らないような花が、よく売れるそうだ。




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by sea1900 | 2005-08-08 01:12 | 自然




d0063550_0164070.jpgブログアクセスが累計320万件!!と言うブログで、
この作者は、今年亡くなっている。

<死ぬ事よりも、忘れられる事は怖い!>と言っていた奥山氏の、
このブログを最初から読んでみようか?と思うこの頃。

しかし、ラストが死と言うのも、疲れるし、重い。

知人から借りている、韓国ドラマも主役が、死にそうなので、
最初の1から、なかなか先を見ようとは、思えない。

心に余裕が無ければ、とても、観ている事が苦痛になる。

しかし、音楽は、心満たされていると、聴きたくない。
孤独な時の方が、安らぎが欲しいのか?

今、流れているのは、フジコヘミングのピアノだ。
この曲が聞きたい時は、私は普通の精神常態だ。


奥山氏は、ライターだったから、自分の証を書く事に求め、
本という形を、喜んだのだろう。

私の祖父は、宮大工だったので、今もこの町に、
祖父の作った文化財に指定されている、神社や、
西洋風の建物が残っている。

昔、父は、それがうらやましい!と言った事があった。
父は、宮大工にはならなかったので、
自分の仕事が形には、残らなかったからだ。

女性は、子供という存在があり、これが、自分の残せる物だという念がある。
それで、こういう風には、考えないのだろうか?
それとも、現実に追われていて、そんな事には、興味がないのか?

仕事に対する考えの違いもあるだろう。

私は、自分の荷物をスーツケース3個にまとめて、物を持たない生活に、
憧れているだけだ。
何も残したくないし、私の死後は、忘れてもらって構わない!

生きている今、心に残る映画を1本でも多く、観ていたいとだけ思っている。



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by sea1900 | 2005-08-08 00:13 | 現在