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海の上のピアニスト

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力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

2005年 06月 03日 ( 1 )

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シンプルな設定、シンプルな音楽、登場人物も少なく、経費も時代物のようには係らず、とにかく、シンプルisbestの映画だと思った。しかし、この作品から得る物は多く、すばらしかった。
決して美人ではないヒラリー・スワンクだが、目と笑った時の大きな口がいい!活き活きしている!とにかく、表情がいいのだ。クリント・イーストウッドは190CMを越す長身と言うが、マギー(ヒラリー)も170CM位はある。この二人の父と娘の愛が主流になり、物語は進む。
 前半はボクシングシーンがほとんどだが、ヒラリーの動きの良さを観る事に成る。。『ボーイズ・ドント・クライ』でも感じたが、運動神経はかなり良いと思う。
 家族の愛に恵まれず孤独なマギーが子供の頃の思い出にある、たった一人のマギーの理解者だった父を、フランキー(クリント)の中に見出していくあたりがいい。慢性的な貧困の中で暮らす母に家をプレゼントするが、「家よりもお金が欲しい!」と言われた時のマギーの悲しみ、自分の気持ちを受け入れる事の無い母に絶望する表情も上手い。しかし、母親は太りすぎている。慢性的な怠け者だと思わせてくれる。きっと、心の中も惰性に負けて、怠け者なのだ。

 後半の30分は、体の自由を奪われてからのマギーになる。相変わらずの頑固なマギーだ。母親が弁護士を連れて病院に来る。自分に有利なようにサインさせようと、口しか自由にならないマギーの口にペンをくわえさせるが、マギーがペンを吐き出すシーンが、観ていて、気分良かった。勿論、この時程、自分には家族がいない事を再確認したと思う。母に愛されたくて、試合を褒めて貰いたくて、聞き出そうとするあたりが切ない!一言「がんばったね。」と言ってもらえたら、どんなにうれしいだろう。この一言でマギーは救われたのに、、現実は淋しい。

 フランキーは実の娘に送っても返される手紙に傷つく。毎日、教会のミサに行く理由の一つだろう。彼もまた愛に恵まれない。マギーとフランキーは段々と本当の親子になる。最後に『モ・クシュラ』(ゲール語で私の愛しい人と言う意味)の意味を聞いたマギーの眼から一筋の喜びの涙が流れた。愛されている!と解かり、幸せを噛みしめた涙なのだ。このシーンが素晴らしい。
 私は涙が止まらなかった。
 この作品は、ボクシング映画ではなく、ボクシングに救いを求めた3人の話なのだ。それも、品よく、まとまっている。ガソリンスタンドで偶然に出会う、犬をなでている少女は、クリントの一番幼い娘のモーガン・イーストウッドだそうだ。『モ・クシュラ』この意味を表しているのだと思う。
 色彩的には、グリーンのガウンが綺麗だった。青や赤でなく、この静かな穏やかなグリーンが良かった。そして、70歳を過ぎてもまだまだ、理知的で素敵なクリントのように、歳を重ねて生きたいと思った。私にとって、10年に1本の名作となった。
 

 
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by sea1900 | 2005-06-03 16:44 | 映画