ブログトップ

海の上のピアニスト

sea1900.exblog.jp

力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

ゆがみ

秋葉原の事件の事を、知人と話していた。

私は両親の会見を直接TVで観た訳ではないけれど、ここまで親が出てこなければ成らないのだろうか?と私は思っている。
25歳にもなって、ましてや親元から離れて暮らしていた犯人の心理状況を親が知るはずも無いだろう。
 この話を子供のいない中年の男性2人に言うと、『親に責任がある。』と断言するのだった。
彼らは「40、50歳にもなれば親の責任は無いけれど、まだ25歳くらいじゃね!」と笑う。
だったら、親は自分が70歳を過ぎても、子供の事をいつも考えなければならない事になるわけでこれは変だ。



知人の友人の子供が、この事件の時、偶然同じ場所に居合わせていたそうだ。
そして、被害者を携帯で撮ったのだという。
おそらくは、何枚何十枚という被害者の写真が携帯やPCから世界中に発信されただろう。

ほとんど、何の感情も持ち合わせないで、興味本位の行動としか思えない。
『常識』や『良識』『思いやり』等の語彙が古典的に思えていく。
しかし、日常をPCや携帯なしでは生きていけない彼らにとっては、特別な行為ではないのだ。
写真を流す行為は、日常茶飯事なのだから、被写体がけが人であっても、ごく普通の人間であっても関係なし。

今日発売の週刊文春に、

青森県一の進学校から「8年負けっ放しの人生」とあるが、
誰が「負けっぱなし」と決め付けるのだろうか?

偏差値の高い大学を卒業して、有名企業に入れば勝組なのだろうか?

『勝った』と思えて優越感に浸った事が逆転する事もあるだろう。
要は考え方次第なのだけれど。


偏差値教育の落とし穴だって、一つや二つじゃないけれど、

まだまだ無邪気な小さな子供を見ると、
犯罪に巻き込まれないで生きていって欲しい。とだけ思うこのごろだ。
[PR]
by sea1900 | 2008-06-12 21:59 | 現在