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海の上のピアニスト

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力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

14歳

昨年の11月頃からどうしても気になっていた事があった。
そして、それは昨日のクライマックスを迎えて、私の脳から吹っ切れたのだった。


知人の家に行く度に見かける裏どおりに面した家の、狭い庭につながれた犬の事だった。

リード1m分の自由しかなくて、散歩に連れて行ってもらう気配さえないし、周りは一面便だらけ。壊れた小さな木製の犬小屋は、既に壊れかけていて、正にホームレス状態。軒のある場所ならまだ良いけれど、家の壁の隅っこだから、冬は陽の当たらない寒さが小さめの犬の体温を下げる。

3年くらい前には、この犬小屋に中で子犬を生んだようで、少し経つと身の自由な子犬達は、母親にじゃれ付いていたのだった。

1mの自由の中での子育ては、やはり哀れで可愛そうでならなかったが、まだ、この時が温かい時期だったので良かった。

2週間ほど前の土砂降りの日、犬は壊れた犬小屋に入る事も出来ずに、全身びしょぬれになっていて、この時ほど、<何とかしなければ成らない!>と思ったのだった。


そして、ごく最近になって、犬小屋が犬のリードの範囲から遠くに動いてしまい、入る事も出来ずに、寒い朝を迎えたのだった。

昨日、この家の女主人にドアホン越しに、「犬を譲ってください。」
と頼んでみたが、答えはno!で、<番犬にしているから上げられない。>という。
そして、初めてこの犬の年齢を聞いたのだった。

『14歳』うめずかずおの漫画じゃないけれど、もっと若そうに見えても『14歳』を迎えた老犬だったのだ。
この際、譲ってもらえれば何歳でも構わないし、せめて余生をNOリードで、私の住む家の庭で自由にさせてあげたかったし、家の中では冷暖房で快適に過ごさせたかったのだ。

昨日犬を譲ってもらえたならば、まずは虫下しを飲ませ、シャンプーをして、おいしい物でも食べさせ、3日位したら獣医の所へ連れて行って、フィラリアの検査を含む健康診断を受けさせたいと思っていたが、この犬の状況が変わる事はなかった。
勿論、私の時間やお金がかかる事になったとしても、救えないよりも良い。


動物を飼うなら、「それなりの思いやりをもって可愛がらないといけない!」なんて、今更言うのはあほ臭いが、「今にバチがあたるぞ!」


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そして、私はアフリカの黒人差別を思い出した。

昨年受講したアフリカについての講座を思い出すと・・・・・

白人達はアフリカの人を人間として扱わなかった。と言うよりも人間として思っていなかった。
という一節があったが、人間として思う気持ちがあったなら、奴隷として利用するなんてあり得なかったわけだ。

アフリカは日本からは実際に遠くて、存在さえ遠のいている。

しかし、2回目の天安門事件の原因が、実はアフリカからの留学生の待遇に原因を発していた事を知る人は少ないのではないだろうか?
世界は繋がっていて、微妙な関係を保っている事を思わなければ成らないと思いながら、この辺の事をここにまとめてみたいと思いながら、何日も経ってしまった。


犬を生き物として接する事も出来ない人間を見ると、その家の子供達の将来さえ、危ぶまれてくる。この辺も切れない糸で繋がっている事実なのだと思う。
<命の大切さ>の授業を受けたとしても、家に帰れば汚くて触る事も出来ない犬を見て、一体どんな愛情を感じるかと思うのだ。






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by sea1900 | 2007-01-19 01:43 | 現在