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海の上のピアニスト

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力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

アリとキリギリス

親戚の子供に、「贅沢をしていると、<アリとキリギリス>のキリギリスになっちゃうから、怖いよ!」と言ったら、
「だけど、最後には、アリに食べ物を貰えたんだから、大丈夫だよ!」と、答えたのだった。

私が子供の頃、読んだ本では、キリギリスは寒さの中で、死んでしまい、アリは、雪の中でも家の中で、暖かくして、美味しい物を食べて幸せそうにしていると言う話だった。

それで、気に成って、20代の知り合い3人に聞いたら、その内の2人は、親戚の子供と同じ事を言うのだった。
アリが哀れなキリギリスに、食べ物をあげるというラストで、めでたし、めでたし!助け合いましょう!的な内容だった。

おそらくは、こう言った内容の方が、今の子供達には良いのだろう。
しかし、反対に考えれば、現状に危機感を感じないで生きてしまいそうだ。そして、非常事態には、助けられて当然の様に、思ってしまう。
この辺のバランスは、とても大切で、人を助ける事も必要ならば、自分の事や、近い将来をしっかりと考えなければ成らない事も、話に織り込まなければならないと思う。

ここ6年位前から、私の住んでいる町では、中学2年生が夏休み期間中に、3日間から5日間の職場体験をしている。
自分の興味のある職場を選んで、軽い体験をするのだが、これも、ニートを減らす為の一つの教育なのだそうだ。
図書館や、市役所、美容室、スーパー、病院等に分かれての体験だが、中学生なので、ほとんど子供。それで、遊び気分だ。
しかし、当人達の体験後の感想文を読ませてもらうと、それなりに面白かった事もあった。


現在、親戚の中学生の通っている市内の中学校は、10年位前は、市内で一番乱れていたが、最近では先生達の目も厳しくて、静かな学校に成っている。
けれど、1年生で、既に不登校の生徒が3人いるし、2,3年生では、もっと多い。
義務教育期間は、一日も登校しなくても、卒業証書は貰えるが、<学校に行く>という行為が身に付いていない為に、高校に例え、彼らが入学したとしても、通う事が出来なくなる可能性が非常に高い。
それで、ニートという形に崩れる可能性も、非常に高いのだと思う。


キリギリスが一方的に、助けを受ける姿は、アリのやさしさだけに甘えただけで、教訓的な意味も何も無いのだと思う。
ウ~~ン、難しい。。。。。




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by sea1900 | 2006-08-10 23:18 | 現在