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海の上のピアニスト

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力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

多摩美大に行く

今日は、八王子の多摩美大で、四谷シモンの講演会があったので、友人達と出かけたのだった。
この時期に行われるオープンキャンパスの中の、一つの催しで、キャンパス内では、色々な催しが開催されていた。

ドールフォーラムジャパンの小川さん(女性)と、四谷シモンのトークショーの様な形となり、お二人の人形への思い入れが印象的で、後半は、生き人形や歴史ある色々な人形の写真を見せ、その背景にある物の話になった。

例えば、一松人形の元は、佐賀人形で、雛人形もそうだが、仏師が製作のルーツにあるという。
仏師は、体型をくまなく分析している訳だから、より、人間に似て作れると思うが、まずは、鋭い観察と、レベルの高い技術、そして製作への集中力は元より、人形への思い入れが大切だろう。
暫く前だが、私は、プロの人形制作者とメールのやり取りをしていて、黒人の体型について、私が「ヒップが盛り上がっているのは、骨盤の位置が日本人よりも、後ろに傾いているからだと、何かで読んだ事がありますよ。・・・・」
と言うと、「人種別の体型の図解が無いので、欲しい所です。」と返事があった。
段々、リアルの追求になると、勉強しなければならない。


表現と言う話では、
役者は、瞬間に表現出来る喜びがあるが、役者としての種を持ち合わせていないと、いけないし、真似は出来ても、本当の役者には成れない。
まして、歌手となると、更に難しいだろうという話に成った。

フランスでは、踊り→歌→演技
その後、絵や美術系の物となるそうだ。

人形作りを考えると、如何して、作り手に人形が似ているのだろうか?と考えると、四谷シモンは、本来、人間は自分の姿からは逃げられないという結論に達したようだ。

私は、この点を考えると、製作者の自己顕示欲を考えてしまう。
認められたい、愛されたいという根本的な欲求から来るのではないかと思っている。


人形というと、気持ち悪がる人も多いが、半分は愛らしい姿で、半分は気持ち悪い姿を持っているのが人形という物なのだそうだ。

たかが人形、されど、人形。
私は時間のかかる人形作りをしているが、それは、これからの人生において、直感とひらめきだけの芸術には、飽きてしまったからだった。
自己へ向ける目を、じっくりと味わってみたかったからだと言える。

結局は、作る喜びに没頭していたいのかも知れない。もしかしたら、そういう自分を好きなのかもしれない。
四谷シモンは、人形を作り上げる喜びと、そうやって学ぶ事の楽しさが、御自分にとって、最大の報酬である事をご存知のはずだ。

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都内のキャンパスに比べて、何て、空気がきれいなのだろうか。
八王子は、昔、友人を尋ねて真夏の暑い中を歩いた思い出があった。
もう、その友人は亡き人となってしまい、もう、戻らない夏だったのに、
その頃に戻ったような気分だった。


     




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by sea1900 | 2006-07-22 23:39 | 現在