ブログトップ

海の上のピアニスト

sea1900.exblog.jp

力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

『 バルトの楽園 』

d0063550_21305495.jpg


1914年、第一次世界大戦で中国の青島(チンタオ)攻略の際、敗れたドイツ兵4700人は、捕虜として日本に送られた。
1917年全国に12箇所に散らばった収容所は、6箇所に統合され、徳島県鳴門市にある坂東捕虜収容所に移送された。
捕虜収容所は、所長によって随分と雰囲気も違い、松江所長の大らかさは、捕虜達の気持ちを解き施し、収容所内で、ビールを飲む事も、印刷物を作り出す事も、音楽を楽しむ事も自由だった。
自由を与える事は、捕虜達を信頼している事にも繋がり、こうして、人と人の心が繋がっていくのだった。
それは、かつて、戦場で、敵と見方として戦ったという、苦い思い出を遠い過去として、どんなに苦しい時でも、生き抜かなければ成らない事を教えられるのだった。

時折、挿入される松江の子供時代。
それは、明治維新の時の会津藩の出来事で、悲惨な物だけれど、その中でも、残された人々は、かすかな光を求めて、生き延びる事だけを思ったと言う事実が、松江を支えていた。

ドイツ軍少将には、ブルーノ・ガンツが扮し、他のドイツ人も個性派が揃い、良かった。
ブルーノ・ガンツは、最後に松江の事を『友』と言う。
松江役の松平健のひげに隠された父親の姿には、日本の父を思う。
そして、松江の妻役は、高島礼子が扮し、美しい和服姿だった。

1932年生まれの出目昌伸監督は、戦争中は少年だったけれど、戦争の記憶のある人間だ。

チンタオで戦死したドイツ兵の娘として、映画『さゆり』で、さゆりの子供時代を演じた、大後寿々花ちゃんが、ブルーのコンタクトレンズを入れて演じているが、存在感があって、上手い。

決して戦争映画ではなく、人と人とのコンタクトの話で、ベートーヴェンも大きな役割を果たしていた。当時、日本人には、なじみの無いベートーヴェンの第9は、収容所が2年10ヶ月続いた最後に、お別れの演奏会として演じられた。
一つの歌で、みんなの心がまとまり、それぞれの心に去来する物をかみ締めながら、戦後の人生へ向かうのだが、怖いだけの軍人の中にも、松江という人間味のある人がいた事実には、驚かされたのだった。
正に、日本の誇る戦中史でもあると思う。

3億円をかけて再現したと言う収容所や、桜の花や、農家の風景は、日本の良さを思うには十分だった。

ドイツ人の捕虜を、人間として扱ったこの映画は、見た後もさわやかで、監督は、日本をとても愛しているのだと思えた。

意外にも知られていない話を、映画にして教えてくれた監督に、感謝したい。



→クリック御願いします。
[PR]
by sea1900 | 2006-06-26 22:19 | 映画