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海の上のピアニスト

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力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

『ホテル・ルワンダ』

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ルワンダと言う国は、ケニア、タンザニア、コンゴなどに囲まれた中央アフリカの小さな国だ。
何時からなのだろう?
太陽の恵み多いアフリカの国が、飢餓や近隣諸国との紛争、貧困と言う響きに変わってしまったのは?

1994年、ルワンダの首都キガリ。ベルギー系の高級な4つ星ホテル、ミル・コリン・ホテルの支配人・ポール(ドン・チードル)は家族思いの男で、もしもの事があっても、自分達の家族だけは助かりたいと願って、ルワンダ政府軍のビジムング将軍にも、日頃からプレゼントを欠かさないでいた。一般的な市民という事で、政治的な背景は無い。

ルワンダには、民族的根拠が無い、区別が存在していて、それは、フツ族とツチ族と別けられていた。これは、かつてベルギー人が自分達のご都合主義で、区別しただけの物だ。


私は何年か前になるが、NHK『なぜ、隣人を殺したか~ルワンダ虐殺を煽動するラジオ放送』を観た事があった。画面には、家族や友人を、フツ族・ツチ族という区別だけで、あっけなく殺された一般人の姿を描いていた。ラジオの影響は、まるでヒットラーの演説のようだった。でも、ラジオの声の煽動は、たやすく、人を陥れた。

<正直、これは何だろう?この背景は何処にあったのだろうか?>という感想をもたらしてくれた。但し、遠いアフリカの国の出来事だと思うと、その内に、現実からは遠ざかってしまった。

永年続いていた民族間の争いが、大虐殺に発展し、100日間で100万人もの一般人が虐殺された。子供は根絶と言う理由で、殺された。

アメリカ、ヨーロッパ、国連までがこの国の、この事態を黙殺し、ルワンダを見殺しにする。しかし、ポールは、行き場の無い人達を、勿論フツ族、ツチ族の区別なく1200人もホテルにかくまい救った。
その行為は、ユダヤ人を救った杉原千畝であり、オスカー・シンドラーでもある。
但し、あくまでも結果論であって、ポールを頼りに集まる人々を見ていて、ポールの中で、何かが変わって行くのだった。それは、人間として人間をいとおしむ愛だと思う。
人間は、窮地に陥った時にこそ、その人の本心が試されるし、どんな人間なのかが解るのだと思う。そう考えると、本当の『勇気』を持ち続けられたポールは、まれに見る勇者だろう。

ポールがホテルマンとして養われた話術と機転が、役立った事は言うまでも無いが、ドン・チードルの真っすぐな心と、演技力が素晴らしかった。そして、この作品を特別な物にしている事は、言うまでも無い事実だ。

カメラマンのダグリッシュ(ホアキン・フェニックス)は外国人達が優先的に帰国する雨の中で、傘を向けられると、「傘なんか恥かしくて、させない」と言う。
人間として、人間を助けられない悲劇でもある。助けられない無念さが、良く現れているシーンで、インパクト大だった。
ホアキン・フェニックスの姿は、この映画を見た人の多数ともダブるだろう。傘がさせないと言う表現も良い。

中国から安く輸入した古代からある武器商人の姿をここでも見る事に成った。安く輸入して、その5倍の値段で売る商売をする同じルワンダ人。人の不幸を元手に自分だけ利駅を求めるなんて、地獄に落としたい!
その後で、ナタで殺される人の姿を遠くに見るが、こういう風につながるのだと思うと、吐き気がした。

最初は、贅沢な生活をしていたポールは、平和維持軍のオリバー大佐(ニック・ノルディ)の口から「君が信じてる西側の超大国は、<君らは、ゴミ>で、救う価値がないと思っている。君は頭が良く、スタッフの信望も厚いが、このホテルのオーナーにはなれない。黒人だからだ。君らは<ニガー>以下の、アフリカ人だ。だから軍は撤退する。虐殺を止めもしない。」と言う、言葉に世界中から見捨てられ、誰にも頼る事の出来ない現実を受け入れて、ポールは大きく変わる。実は、オリバー大佐も見事に変わって行くのだった。
人間としての成長は、観ていてすがすがしいし、素晴らしいヒーローの誕生だった。
この作品がポールの勇ましい行為を語っていると共に、<善が悪に勝った>と言う普遍的な
話でもあり、ホッと出来た。
間違いがまかり通るならば、人は何を信じたら良いのだろう?

外国人が去った後のホテルでは、水道も止められ、プールの水が使われる。
そんな中にあっても、子供達は踊り、可愛い声で歌う。ここが良い。音楽とかダンスとか、心豊かなシーンは、見ていても、悲惨な現実を少しの間、平和な気持にしてくれる。やはり、リズム感が違う。
こんな所を見ると、大人は『守ってやらなければ成らない!』と、更に勇気を奮い起こす物だ。

生きる事しか考えない子供の純粋な心に、悲惨な現実を植えつけるのは、如何してなのか?
憎しみを植えつけるのは、誰の仕業なのか?

内乱や戦争の犠牲者は、常に弱い者だし、軍人ではなくて、一般市民なのだ。

全編を緊張感がみなぎり、気を緩める間が無くて、あっという間に2時間が過ぎた。既に観ていた知人は、立ち見だったが、そんな事はどうでも良かったし、気に成らなかったと言う。

それ程の作品が、今の日本では『社会派映画はあまりヒットしない』のが現状で、要するに日本での上映は成功しないだろうと、関係者の間では言われ、日本での公開は危ぶまれたが、7人の人達が、日本公開を求める署名を、ネット上で開始し、その盛り上がりに配給会社が眼を付けたという経緯がある。ネットの上手な活用方法だと思う。無責任な2チャンネルとは違う。

社会派の映画は、今の平和な日本に於いては、正に<対岸の火事>と言えるのだろう。
しかし、世界の情勢や動きを知ら無くて良いはずは無い。
知らない事は、罪なのだと思う。それは、人間として人間を思う基本的な思いやりだと思う。

あまりヒットしないと思われていたのに、こんなにも大ヒットしたのは、政治的な物、感情的な物、実話である事、単なる社会派の映画と言う枠を超えて、人の心にちゃんと息づいている良心をクローズUPしている点が大きいのだと思う。

実物の人、ポール・ルセサバギナ氏は、特別顧問として参加している。

以下は彼の発言集だ。(シカゴ・トリビューン2004年12月22日付けより)
●私は自分の仕事をやっただけです。ああいう状況に対峙した時、考える暇がない時は幸運なのかもしれません。自分に課せられたことをやるだけですから。
●トロント国際映画祭で映画を初めて大スクリーンでみたとき、とても感動しました。
あるジャーナリストに言ったことを覚えています。これは自分の人生で最良の夜だと。なぜなら、94年の大虐殺以来、私がずっと伝えたかったことが、やっと伝えられたから。
●自分たちが殺されることはわかっていた。でも、『こんなこと許さない』と言わないで、臆病者のまま死にたくはなかったのです。
●大虐殺のことを考えたり、話したりすると、何日か眠れなくなるし、悪夢にうなされることもあります。でも、ルワンダで起きていることを知っていた人はみんなそうですから。


ルワンダの歴史に触れると・・・・
第一次大戦後、国際連盟は、ルワンダを戦利品としてベルギーに与えた。
国家としてまとまっていたルワンダを分裂させる為にベルギーが利用したのは、フツ族とツチ族の容姿の差。黒い肌に平らな鼻と厚い唇、そして四角い顎を持つフツ族に対し、薄めの肌に細い鼻、薄い唇に尖った顎と、よりヨーロッパ人に近い容姿のツチ族をベルギーは、経済的にも教育的にも優遇。1933~34年には、全てのルワンダ人をフツ族、ツチ族、そしてトゥワ族に分類し、人種が記されたIDカードまで発行する。
ほとんどのフツ族とツチ族は、それでもまだ良好な関係を保っていたが、小学生にまで人種差別の思想が叩き込まれていくうちに、かつて統一されていた国家は急激に崩壊して行った。

1950年頃からは、更に反乱もあり、収拾が付かなくなって行った。


戦利品が国だと言う事実は、昔からある話で、弱肉強食の事実は、如何考えても愚かな産物だと思う。
歴史からの流れが、100日間に100万人が殺されたと言う事実を作ったが、その事実をこういう作品にして、全世界の人に知らせたという功績は、素晴らしい。

映画のサウンドトラックを聞きながら、これを書いていたが、また、感動が甦った。
しかし、映画のエンドロールに流れた子供達の歌う『チルドレン・ファウンド』の訳が無い。
確か、映画の中では、国に平和が何時来るか?と言う様な事だったと思うが。

多くの要素を含む映画と言うのは、観ていて、実り多い。
映画を観てから、世界の現実を知っても良いし、逆でも良い。

遠くの国での出来事だと思えば、それでも済むだろう。
しかし、同じ地球に住む人間に起こった事だと思うと、心が揺さぶられる。

知らないって、罪なのだと思う。
例え、何も出来なくても、何も語る事が出来なくても・・・・・・

知らなくてはいけない!

ポール氏は、現在ベルギーで事業家として暮している。
失われた人間の命が戻る事は無いが、きっと、子供達と言うかけがえの無い財産が、
この国を平和にと、導いてくれる事を祈る。。。。。。

心豊かになれる事は素晴らしい、映画は素晴らしい!   
sea






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by sea1900 | 2006-03-09 14:13 | 映画