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海の上のピアニスト

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白バラの祈り



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第2次世界大戦時、ヒトラー政権の中、"白バラ"と呼ばれた学生たちの反政府運動に参加したゾフィー・ショルが逮捕されてから取り調べを受け、処刑されるまでの壮絶な6日間を描いた実話に基づいた作品。

前々から、素晴らしい作品だと聞いてはいたが、最後にはゾフィーが助からずに、死を迎えると知っていた。ラストへの時間を、ゾフィー(ユリア・イェンチ)と、ゲシュタホの尋問官モーア(アレクサンダー・ヘルト)が、如何演じるのかに、一番興味があった。

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ロビーで販売されている、白バラの関連書籍を観てみると
白バラは散らず  ドイツの良心 ショル兄弟
白バラ        反ナチ抵抗運動の学生たち
白バラの声     ショル兄弟の手紙
等から、ゾフィー役のユリア・イェンチがゾフィーの雰囲気に、とても、似ていた。
ドイツ人らしいがっちりとした顔のライン、骨格。

かつて、1982年には、『白バラは死なず』や、『最後の5日間』と言う映画も作られているが、今回の作品とは、視点が違うらしい。

1980年代までは、アクセス出来なかった資料を今回の作品では出来るように成った事が大きいようだ。

兄のハンスと共に、危険を顧みずに、郵送するビラの残りを彼らの通うミュンヒェン大学構内の数箇所に、ビラを積み置きしていった。
息のつまるシーンで、最後にゾフィーは階上からビラをバラ撒いた時、終業のベルが鳴り、多くの学生達が溢れ出した。

階上からビラが散るシーンは、ラストで飛行機から飛ぶビラとダブり、次のステップを意味していたのだと思う。

最初は、無実を装いながらも、逃げ切れない事が解り、ゾフィーとモーアは言葉に因って、自分を表す。ゾフィーは哲学専攻の一学生に過ぎなかったのだが、恐怖の中に見つけ出した、ゆるぎない信念に目覚めて、最後の時間を強く生きる。

ゾフィーの心の成長の過程とも言える。しかし、成長したからと言っても、その先には、希望が無い訳で、成長した自分を生かす術もない。如何考えても、悲劇的だ。

また、ゾフィーとモーアの精神的な駆け引きに、息を呑んでしまう。
ゾフィーの強さが、モーアの心に一撃を食らわすのが、痛快だ!

ユリア・イェンチの真っすぐな眼差しは、ゆがんだナチス政権下に於いては、『正しい事を正しい』と、当たり前の事が言えなかったドイツ人の中で、自分の信念を貫き通した強さを持っている。



『ヒトラー最後の12日』で、最後に元、ヒトラーの秘書は、その後、、『若いからと言って、知らなかった事は罪だった』と、語っている。
元秘書と、ゾフィーは同じ年齢だった。現実を知っていたゾフィーと,何も知らなかった元秘書。
このコントラストが、同じドイツでごく、普通の事だったのだ。

「太陽は輝き続ける」と、最後の言葉を残したゾフィーが観た、最後の空は、まぶしい輝きだったはず。
ゾフィーがうめくシーンは,全ての感情を言葉にならないうめきで、表している。
心のどよめきと、生きられない無念さが交錯していて、一番感動した。
あれ程の強さを持っていても、ゾフィーは感情を爆発しなければ成らない切羽つまったシーンで、ゾフィーの本心でもある。

『泣く』事が簡単な感情表現ならば、『うめく』事は、出来る限りの表現だった。

現在のドイツはゾフィーらの、勇気や信念、そして愛国心に因って作られていると思うと、すごい歴史を持っている国だと思う。

ゾフィーらに、死刑を宣告した「人民法廷」の裁判長、ローランド・フライスラー(アンドレ・ヘンニック)は、1942年から、フライスラーの死んだ1945年の間に2295人の死刑を執行している。しかし、ベルリンの空襲で死亡している。

戦争と言う狂気の産物が、フライスラーだとしたら、ゾフィーは戦争の狂気の単なる犠牲者だと語るには、余りにも虚しい。多くの犠牲の上に成り立つドイツと言う国に、愛すべきドイツ人が生きていた事に、光を感じる。
そして、愛すべき人達に、太陽は輝き続けるのだと言える。

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映画館内には、60歳過ぎのご年配に方が多かった。
そして、最後のエンドロールが終わるまで、席を立たない人がほとんどで、とても
感慨深く、生きる事を、再確認しなければいけない!と思わせてくれた。

<生きる事>は、<死ぬ事>で、このつながりは、永久な物だと思う。
生きる事を大切にすれば、死ぬ事も大切だ。
いつか終る、我が人生にも、潔い時を迎えたいと思う。     


映画を観終わった後で、暗い気持にならずに、活力を得た様な気持に捕われた。
処刑直前のゾフィーの顔が、こわばってもいないで、60年以上経た今日の現代を遠い眼で、見ていたのではないだろうかとさえ、思ってしまった。    
  
 そして、太陽は輝き続けている、現在もゾフィーが言ったように。。。。 sea




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by sea1900 | 2006-03-04 01:19 | 映画