『アメリカ、家族のいる風景』
世界的な成功だった『パリ・テキサス』から、早20年。
ヴィム・ヴェンダース監督とサム・シェパードに依る脚本の待望の最新作
かつては西部劇のスターだったが、今や落ちぶれたハワード・スペンス(サム・シェパード)。
彼は約30年間も帰る事の無かった故郷に、ロケ現場から逃出して帰る。
逃出す途中で、着ていたウエスタンシャツやブーツ、ついでに乗っていた馬も、牧場の老人のシャツと交換して、列車とレンタカーを乗り継ぐ。
ユタ州、モアブ。古き良き時代のアメリカの姿は、馬に乗るハワードの姿が良く似合っている。
母親の住むネバタ州エルコは、これまた、田舎。
色とりどりのバラの花を抱えた母と墓地に行くと、綺麗に飾られた花は、全て造花だと、母が語る。
そして、母から自分には子供がいた事を知らされ、モンタナ州ビュートに向かう。そこは、彼がスターダムへとのし上がるきっかけと成ったデビュー作を、撮影した町だった。
撮影中に関係を持った地元のウエイトレス、ドリーン(ジェシカ・ラング)にバーで、会い、ステージで歌っているアール(ガブリエル・マン)を、貴方の息子だと知らせた。
青い骨壷を抱えた、アールと同じ年頃のスカイ(サラ・ポーリー)は、静かにハワードを追う。
何故ならば、スカイもハワードの子供だからだ。
アールの恋人アンバー(フェアルーザ・バーク)の存在感も面白い。
アールは父親の出現がショックで、自分の2階の部屋から、何もかも下の田舎道に、投げ捨てるのだけれど、投げ捨てられたソファは、この後、重要な場所となっていた。
ハワードは無責任で、若い時はどうしようも無い男だったのに、歳をとり、孤独感も抱えている。子供と言う存在が、彼の中にまばゆい光を放った事は、事実であるけれど、今までの20年以上の空白を、簡単には取り戻せないのだ。アールの完全なる拒絶は、彼をこのソファに座らせる事になった。
ハワードは、失われた時間が、すぐにでも、取り戻せると考え、ドリーンにプロポーズするが、かえって、彼女の今までの彼への無責任さや、いい加減さと言った思いを思い出させて、怒りをかう事になる。
ハワードは、撮影中に逃出しているので、撮影が困難となり、相手役の若い女優は「代役とは、キスが出来ない。ハワードでなければ・・・」と言っている。
私立探偵サター(ティム・ロス)は、撮影にハワードを連れ戻す為に彼を追っている。
時間との戦いがひしひしと伝わる中で、スカイは暖かくハワードへの、今までの思いを語る。父の写真を見て、自分に似ていないかと思い、一枚の古い写真を指でなってみたり、思いにふけったりしたと言う。
サラ・ポーリーの優しい表情が映えている。
この作品に登場する女性は、母親、ドリーン、スカイ、アンバー、共演の若い女優と皆が大地に足をしっかりと付けて生きている。そして、美しい。
ハワードは決して主役ではなくて、あくまでもエキストラなのだ。
自分では主役だと信じて疑わない彼の人生は、実は、女性達の強く、逞しい普通の生き方を知る事によって、大きな転換を迎える。
失われた時を取り戻そうとあせるハワードだが、時、既に遅し!
自分が人生で、最も大切にするべきだった、家族と言う愛の形を失ってしまったと知った時、それは逆にアールとスカイの人生も変えてしまう。
ただ、娘スカイの静かで優しい愛に出会い、乗ってきた車をアールに託し、ハワードは元の撮影現場に戻り、何事も無かった様に,また馬に乗っている。
そして、アール・スカイ・アンバーの3人は楽しそうに、ハワードから譲られた車の中で、歌を歌いながら楽しそうにドライブをしている。
『パリ・テキサス』では味わえなかったラストの幸福感は、20年経た結果のサム・シェパードとヴィム・ヴェンダースの、人生感の変化ではないだろうか?
深く熟成したワインの様に、味わいにまろやかさが出て、観ていて、『血のつながりって,こう言う事!』と、思わされた。
歳を重ねると、それまでに見えなかった物が見えて来て、また、新しい人生が始まるのだと思う。歳成りの考えや想いが、例え、一時的な混乱を招いたとしても、許せるではないか。
キャストでは、何と言っても、実生活でもサム・シェパードのパートナーである、ジェシカ・ラングの明るい強さが良い。例え、未婚でも母親に成り、お金では買えない満足感と幸福感を得た実感が、ひしひしと伝わる。<生きている人間>であり、逞しい。
スカイ役のサラ・ポーリーの素直な感覚は、同じ歳頃の男よりも、大人だと思える。
アール役のガブリエル・マンはやって来た事実を、すぐには受け入れられないで、まるで子供の様なのだが、これが面白い。
私立探偵サター役のティム・ロスは、ハワードに手錠を掛けて、車に乗せ、撮影現場に戻る時に、「外の世界は怖い!」と言うが、このセリフがやけに頭に残っている。
『外の世界』とは、サターは、世の中を指して言っていたが、含みがあったのかと考えてしまう。
自分の生きている世界の他の世界と解釈するならば、成る程!と想う。
『パリ・テキサス』でも重要な砂漠は、ここでも生きていた。
ヴェンダースは、ドイツで育ち、中央ヨーロッパでは、全てが狭くて洗練されているけれど、壮大な大地が生み出す原風景に、特別な思いをはせていた。
観た後で、暗くもならず、明るくもならずに、ただ、現実を想う事の出来る、ややもすると寂しい話かも知れない。
人の人生は、思っているよりも、そんなに悪くはないし、良くもない!
ただ、愛を持って生きる事が出来れば、それで十分に満ち足りる物だと思う。
人は人を求めて生きていく。
そんな当たり前と思える事が、とても大切なんだと思えた。
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