ブログトップ

海の上のピアニスト

sea1900.exblog.jp

力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

神戸


今日は完全に風邪で、ダウン。
ダウンと言っても、咳が酷いだけで、考えたら、今までに風邪で発熱して
動けなかったのは一日だけしかない健康優良児の大人版。

11時頃まで寝ていたので、久々に頭がすっきりしている。

昼に来た友人に、おでんの残りを食べてもらい、りんごを出して、それから何か・・
と思い、さつま芋を蒸篭で蒸して、コープの自然に近い甘さの湯で小豆を温めて
さつま芋に掛けて出して勧めた。

何でも食べるのが好きな友人は、サッと食べていた。

それで、薩摩小豆は、北海道出身の友人に作ってもらった、かぼちゃアンの
コピー風で、北海道の食べ物について、話していた。


食べ物と言えば、忘れられない思い出は、神戸にある。


ところで、私と神戸との関係は、大昔に、同級生の男子が神戸の大学に
通った事から始まっている。

彼は大学時代に、神戸の町で暮したので、その良さを会う度に聞いていたので
神戸三宮や、元町のイメージが私に焼きついていたのだった。


そして、偶然に仲良くなった主婦が神戸出身だったので、その後、彼女の実家に
遊びに行く事になった。

彼女の父親は、外国航路の大きな船のコック長で、一度出航すると何ヶ月も帰って
来ないし、急に連絡が入ると、<あと何日後に、横浜に着く。>などと言う物で、
母親が、友人と弟を連れて、指定された港に向かうのだったと言っていた。

彼女Mには、美味しい料理をさんざん作ってもらい食べさせて貰ったし、当時、
美味しい料理、れも値段の高い店には、よく連れて行って貰った。

考えると、私は年上の人との相性が良いらしい。

それでも、今思い出して一番美味しかったのが、豚のバラ肉の煮込みとたこ焼き、
お好み焼で、たこ焼きは明石焼だっし、たこ焼きは、当時この町に、第一号店の
たこ焼き屋を作りたいと言い出した人に、教えたのがMで、その店は開店してから
20年間程、よく流行っていた。

かっぱ橋まで、道具を買いに付き合ったのもMだった。

豚の角煮は、ラフテーとは違う作りで、洋風の味付けをしていて、麦芽糖を隠し味に
使うと言う凝った物だったし、当時でも冷凍庫にスープストックや手作りの
ホワイトソースを寝かしていた。

味覚については、Mはかなり敏感だったので、私は結構楽しませてもらう事が出来た。


それで思うのは、味覚というのは、先天的にもあって、努力して料理の味付けが
上手になるものではないとよく、解った。

感覚的と言うのか、鼻が利くというのか、
気づいたのだった。


Mは、父親に料理を教わる時間もなく育っていたけれど、作り出すという
手腕は、遺伝したのだろうと思う。

そういえば、最近私が作る煮物は、母親の味に似てきている。
母からは一度も教わっていないのに、なぜだろうか?

それは、味覚がインプットされているからだろう。
作り方を教わるのではなくて、その人の味を、食べる事で、教わっていたのだった。

そして、これは、一番大切な事だった。

テクニック的な事だけでは、何事も解決への糸口とはならないで、
その本筋が大切だと言う事になると思う。



                   
→美味しいものが好きな方は、クリック御願いします。
[PR]
by sea1900 | 2006-01-11 14:33 | 人間