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海の上のピアニスト

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「透体脱落」を観る

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Interview part1より


田中泯 さん

Min Tanaka

1945年、東京生まれ。学生時代からクラシックバレエとモダンダンスを
学び、モダンダンサーとして活動した後、73年から一人だけの活動に入る。


ただ「いる」だけの
踊りを目指して


「僕の中にマグマがあって、
踊らないと自分が
分裂しそうな気がするんです」。
舞踏家の田中泯さんは
インタビュー中、そう漏らした。
その言葉を聞いてイメージされるのは、
激しいパフォーマンスだろうか。
それとも優雅な舞いだろうか。
舞台に立った田中さんの姿は、
「ただ、いま・いる」ことに
尽くしているように思える。
尽くして生きる踊り。
田中さんにとっての踊り、
そして身体について尋ねました。


そして、Interviewの記事は続いている。


今日、私は、三軒茶屋のパブリックシアターで、「透体脱落」を観た。

この劇場は、泯さんの踊りに似合っていたと思う。

泯さんの登場は、一階の後ろからだった。
黒いコートに身を包み、一本の細い棒を持ちながら、階段をゆっくりと
体を後方にそらしてその姿勢を保ちながら、舞台に進んだ。

音楽はスネアと時計の秒針のみのシンプルな響きで、最後まで、変わる事
はない。

舞台には、土があり、古布の様な幕もあった。
古布が消えると、段々と大きな犬小屋や、ぶら下がる為の鉄棒、ススキなど
がセットされている。


泥さんの踊りは、昔TVで観た事があって、これは動きを重視していたので、
これから、泯さんは、踊り狂うのかと思っていて、すぐにでも走り始める
のだろうと信じて疑わなかったが、その期待と私の偏見はすぐに、打破られた。

スネアの音は、と言うよりも打楽器の音は、他の楽器の響きよりも、ぐっと
全身に響き渡り、心臓に伝わる。これが良いところでもある。

楽器の元祖が、泯さんを土と共に、原始にバックさせている。

踊りは、全身の筋肉を無駄なく使い、緊張と興奮、静が入り乱れて、
不思議な空間を作り出していた。
鍛えられた筋肉は、鉄棒にぶら下がっていた2分間位の間にも、
動じる事がなく、裸の上半身は、呼吸を整えた姿勢を保ち、乱れない。


精神統一と、すごい集中力が泯さんを、静の美へと導いている。


「メゾン・ド・ヒミコ」での、泯さんとは、全く違う踊りに生きる姿を見せ付けられる。

踊りは、元々、自由な動きから発達しているのに、バレエやハワイアンなどを
観ると、一つのポーズが意味する事柄が決まっていて、どうもパターンから
入ってしまう。

人と同じ形や動きでは、泯さんのようには表現できない。
<個性>とは、自分との戦いを生み、自分に挑戦してくるもの。
自分らしさを維持する喜びは、犠牲の上になりたつもの。
私はそう思う。




泯さんは、自分の全身の筋肉を使う事で、無常の喜びを得ているのだろう。

観客は、平均年齢が高くて、40代以上の人が多かった。
目立ったのは、50代や60代で、泯さんの踊りを酔うように見つめていた。


人は土から生まれ、土に返る。

それを繰返す事が歴史となった。

ロビーでは、野菜の販売がなされていて、古米などもあった。
大地に根ざした思いは、人に安らぎや、気力、覇気を、与えてくれるのだと
思えた。

大地とは、つまずいたり、転んだときに、ふと、優しく包み込んでくれるもの
だと思う。
そんな大きさを「透体脱落」に重ねた。




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by sea1900 | 2005-11-27 00:08 | 人間