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海の上のピアニスト

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「炎上」


炎の激しさ、白黒映像で追求   58年度作品<大覚寺境内>

「炎上」(1958年)は、私の映画人生の中で、一つのけじめともいえる
大切な作品である。映画作りとはこういうものか、ということが、この作品
でようやく少し掴めたような気がしたからだ。

原作はもちろん、三島由紀夫さんの「金閣寺」。当初、私は映画化に反対
だった。文学としては第一級の名作だが、絶対美の追求というテーマが
映画にするには観念的過ぎるし、三島さん独特の絢爛たる美文に引きず
られて、単調な視覚化になってしまうと思ったのである。
然し、三島さんが小説を書くために取材をされた制作ノートを読ませてもら
って、映画化の糸口を得た。

大学ノート4冊に鉛筆で、国宝を燃やした実在の若い僧侶の生い立ちや、
その家族のことや、それらを取り囲む暗い風土のことなどが、ビッシリと
書き込まれてあった。

これをベースにシナリオを書く事にした。
ある若者の青春の苦悩、コンプレックス,願望など、金閣寺を燃やすに至る
心情を客観的に描くことに作品のテーマを絞った。

シナリオが完成し、主演の若い僧侶に市川雷蔵君が決まり、着々と撮影準備
にかかっていたところ、思わぬところから「待った」がかかった。

金閣寺の老師が映画化をやめてほしいというのである。
会社を通じて、何度も交渉したがOKが出ないので、私は直接、老師に合う
ことにした。

晴れた日だったと思う。
池のほとりに金ぴかの金閣が陽光に輝いていた。
私が通されたのは、広い庫裡で、そこに老師と副司が待っていた。

「三島さんが書かれたのはあくまで小説であって、事実と相反していることが
多い。寺が燃えたのはわたしの罪だと思っているから、全国行脚をしたりも
した。そういう自分なりの事実を曲げられたくない。」と老師。

「では、本が出版された時、なぜ抗議しなかったのですか」と私が聞くと、
「小説として書かれるぶんには浸透力が弱いからいいが、映画は全国公開で
世間への影響も大きい。」と一歩も譲らない。

双方、粘りに粘った押し問答の末に、私が「題名を変えましょう」と咄嗟に
妥協案を出すと、老師は「それなら結構です」とアッサリ承諾した。

題名と共に、寺の名称も”驟閣寺(しゅうかくじ)”と変更した。
京都・大覚寺の大沢の池のほとりに驟閣の建物をロケ・セットで建てたが、
映像上の理由から、これを2層とした(本物の金閣は3層)。

内部は大映京都撮影所のセットである。
クライマックスで炎上する驟閣は、大覚寺に建てたものの3分の2くらいの
サイズで嵐山の河原に建て、燃やした。

小さなミニチュアで撮影すると、火力が弱くてリアリティーが出ないからである。
私は炎の色があかあかと出るとかえってつまらないと思い、会社の反対を押し
切ってモノクロで撮った。
白黒の美しさを追求したかった。

                        市川 崑     映画監督50人より
        
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by sea1900 | 2005-11-23 02:53 | 映画