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海の上のピアニスト

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人形

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人形作りは今日で3回目になった。
マリー・アントワネットは、全長55cmの仕上がり予定です。

今日は、発泡スチロールの型が完成して、その上に一度目の粘土を
貼り付けるというよりも、伸ばして付けた。

型は思っていたよりも細身で、こうでないといけないそうだ。

粘土は自分で練り合わせた物で、手で捏ねる。

これから、来週の月曜日までに更にこの上を2回、粘土を付ける。

これは、宿題と成った。

工程が、また、楽しい物だ。

出来上がりは急がない。

初め、先生は忙しそうだったので、私は、声をかけなかったが、
その内に、又、映画の話になった。

他の生徒は猫の話を盛んにしていた。
 
映画は今朝、「死に花」を観て、面白かった事を話すと、先生はそうは
思わなかった事。


昔のビデオ「金閣寺」を観て、その時代の良さが素晴らしい事。
しっとりとした良さや、人間が上品だという事について、話した。

先生とは、丁寧に話すと楽しくて、不思議な情感を感じるし、
私はその情感を心の中で、楽しんでいる。

きっと、生きる事にアートのある人はそうなのだろう。

これは、よく友人のリザとの会話に出てくる事なのだけれど、
成る程とうなずける。


Lさんは、原作「金閣寺」とビデオで、先生はビデオで、金閣寺を感じた。
私は今週中にビデオを観て、12月には、本物の「金閣寺」を観に行く予定だ。

「12月中旬には、京都の金閣寺を見てきますよ」と、私。
「寒いよ、寒いよ!」と体をこごめて寒そうにした先生は、可愛かった。


ところで、人形が自分を反映して、作者に似てくるというのは、
物を作る人にとっては、同様の事が言える。

人形に於いて、作者が反映される事は、それだけの自分の魂を入れる事
にも成る。だから、そうなるまでには、時間もかかるだろう。

また、見限りという、「時」を逃しては成らない事。
これ以上、いじっても、もう変わらないという瞬間を見つける事は、
人形作りだけに言える事ではないけれど、その瞬間をキャッチする
タイミングは、その人の勘から来るのだろう。

私は、洋服作りと生け花では、それらを経験済みで、この話については
良く飲み込めた。

それから、先生とは、「出会いの運命」について不思議に思うという事を
話した。

なんだか、いつも楽しい話をしている。
私は、こういう話が好きなので、ゆったりとした空間を感じる。


その人間が持つ余裕は、空間という大切な物を産んでいる。

形ある物は、壊れやすいが、形ない物は、永遠に壊れないで、
存在し続ける。と、私は思う。





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by sea1900 | 2005-11-22 00:01 | 現在