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海の上のピアニスト

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タケシの『暴力』という名の意味

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アトリエで、泯さんの話から、映画の話になった。
岩波ホールの映画が好きという事では一致する。

先生も私0型で、だからという事は無いけれど、
「タケシの映画を観たいとは思わない」と、意見の一致。

ただし、私は、少しは観ようと思っている。

そういえば、昔、映画館で『その男、凶暴につき』を見た。
スカッとした、暴力映画でも在った。

なぜ、その時、私はスカッとしたのかは、もう覚えていない。
思った事をその通りに進めていたからだったようにも思う。

思った事をそのまま実現出来るとしたら、本人はストレスが無いだろう。
しかし、他の人に、ストレスは移行するはず。

ジコチューな事柄は、暴力という言葉に吸収されている。

タケシと言う人は、言葉で表現するとしたら、正直な人ではないだろうか?

私は、今こうしてキーを叩くが、サンスイのステレオからは、音楽が常に
流れ出ている。
曲によっても、気分が変わるので、今はヨーヨーマのチェロ曲なのだが、
『映画監督 自作を歩く 50人』の、タケシを読むと、

『HANA-BI』
『その男、凶暴につき』
『あの夏、いちばん静かな海』

について、書いてあり、
最後の、『あの夏、いちばん静かな海』では、恋物語に潜む死という”暴力”
と書いてある。

暴力については、タケシの潜在意識に含まれる部分も大きな影響を及ぼ
しているはずだろう。

暴力の中に、見え隠れする本音を、分析と言う部類ではなくて
探ると言う言葉の元で、手探りしたいと思った。


『DOLL’S』は、観たくて観た映画だった。
恋と言う名の『暴力』だったようにも思う。
人形浄瑠璃のようだったが・・・・




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by sea1900 | 2005-11-18 01:39 | 人間