ブログトップ

海の上のピアニスト

sea1900.exblog.jp

力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

「メゾン・ド・ヒミコ」から「ダメよ!」

さっき、akaboshi さんの所にコメントを書いていて思ったのは、
死の床にある人間が、死を目前にした時に、何を思うかという事
だった。
死を迎えた事のない人にとって、それはあくまでも、思考の世界
だけど、例えば、自分が精神的に弱くなった時に、ほろっと本心
を出してしまう事がある。
私はいつでも、言いたい事を言っているように思うが、当然ながら
やはり言わない事もある。しかし、もしも、これで人生が終わるのだと
知ったらば、愛する者には、やんわりと言いたい。
ヒミコのように、それを短い一言として表現出来たら、最高だと思う。
一言に隠された意味は深くて大きく、意味を凝縮しているから、
言葉の響きが真に迫ってくれるだろう。

ヒミコはベッドの中のシーンがほとんどだったが、なぜ、存在感があるのか?
それは、言葉一言の持つ意味が、表面的な物に留まらずに、放たれている
からではないだろうか?
ふと、聞き逃してしまうような言葉にも、ヒミコの人生を重ねた時に、見え隠れ
しているのだと思った。
そして、「だめよ!」が春彦への嫉妬であったら、とても可愛い人だと思え、
ヒミコへの親近感が湧いた。

春彦には、若さゆえの未熟さや、自分の事が解らない所もあるが、死を目前に
した恋人の変わり果てる姿には、やはり、悲しみと絶望しかなかったのでは
ないだろうか?
ルビィについても、息はしていても、実際には、死んでいるのだから、生きて
いる事が表なら、死んだ事は裏でもあり、生死を一貫して愛を描いていたと思う。

近い愛、遠い愛、はかない愛と生きている事は、愛に囲まれている。
「メゾン・ド・ヒミコ」から発信された物は、永く心に留まるだろう。


→同意できたら、クリック御願いします。
[PR]
by sea1900 | 2005-10-22 10:25 | 映画