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海の上のピアニスト

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力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

味覚というセンス




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池袋のパルコ8階の、天婦羅やで食べた天丼が美味しかったので、
昨晩は、友人3人の為に、天丼ではなく親子丼を作った。
天丼を作らないのが、sea流で、簡単な親子丼にしたと言うわけだ。

鶏肉はいつもなら、胸肉のブロックを使うのだが、から揚げ用の
細かく切れている物を使用した。油はほとんどなくて皮がしっかりと付いている。

最近、どんぶり物の極意が少し、つかめたような気がしているので、
自信満々なのだが、タレとのからみの具合が、美味しさを左右すると
思っている。

肉を更に、火の通りが良いように、細かくした。
料理の本には、よく<一口大>という表現が用いられるが、この<一口大>
には、語弊を生じるといつも思う。
適当に自由でいいという意味ではあるのだけれど。
口のサイズも違えば、一口で噛み切れるサイズも人それぞれだ。

前に、TVで横浜市戸塚区に住むアグネスチャンが、自宅で中華料理を作る
シーンを見た事があるが、ブロッコリーを塩炒めする時に、日本人では
考えない大きさのままで、炒めていた。
フォークとナイフが必要なサイズで、大皿に載せると,豪快だった。
豪快なのも、気持がいいけれど、食べにくそうだった。
彼女は、いくら日本に住んでいて、日本人と結婚していても、所詮は、
外国人なのだ。これは、知人もそうで、染み付いた味覚が、一生を左右すると
いう物と同じだと思える。


ところで、簡単な親子丼にも、難点がある。
3人のゲストの内、2人は、鳥の皮も脂肪も大嫌いで、1人は、それらを
かき集めて団子にしても食べたいと言う男性。
肉が細かくなってから、この事を思い出したので、脂肪はほとんど
なかったけれど、皮を取る作業をするには、遅すぎた。

と言う訳で、皮の団子は作らずに、同じ肉のバランスのオン・パレードと
なった。彼らは、楽しそうに食べて、片付けして帰っていった。

そういえば、知人の奥さん(現在40歳位)は、料理の研究に眼がない。
本を買い揃え、色んな料理にチャレンジする。この努力には、脱帽だが、
お味の方は、ほめられない物で、何を作っても、美味しいと感じる事が
出来ないのだ。例えば、サラダ一つを取ってみても、見た目はきれいなのに、
ブロッコリーが硬すぎたり、思ったよりも、お味に魅力がない。
センスの必要性は、何事にもあるのだけれど、磨いても光らない先天的な
曇りはどうにも成らないと、悪いけれど、思ってしまう。

と言っておいて、私が上手とは言っていない。
ただ、食べる人の顔色を見ると、その人にとっての味が解るという話だ。


親子丼、皮も残らなかったので、美味しかったんじゃないかな!



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by sea1900 | 2005-10-21 08:35 | 食べる