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海の上のピアニスト

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メゾン・ド・ヒミコー⑧

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卑弥呼と田中泯

ヒミコの和服のガウン姿が、美しい。
立っているだけで、他を圧倒する存在感がある。

和服をガウンにした場合、羽織る人の姿勢の良さと体のラインで、
その姿の美しさが、決定される。

田中泯の鍛えられた体の美しさに、絹がしなやかにまとわり付いて
優雅な流れを作り出している。

この時に和服の柄は、白地に紫色系のモダンな感じだった。
どちらかと言うと、洋風だ。

後半の和服は、シックな和風の模様で、夏の終わりを感じさせてくれた。
色彩の奥深い所に、ヒミコの人生の終焉を重ねた。

ヒミコは、自分と母を捨てた事について聞きただす沙織に
一言「あなたが好きよ」と投げかける。
「あなたが好きよ。」
この言葉は、沙織だけに留まらずに、観客の私達にも放たれていて、
全ての人間に向けて、厳かに響いている。

この作品の、人間へのメッセージだと、私は受け取りたい。


ヒミコが妻子を捨てて、自分の進むべき道へと向かったのが、20年前。
一つを選ぶ事は、一つを捨てる事になる。
ヒミコにとっては、「正義」を貫く事が、一番大切だった。
「正義」とは、人それぞれに意義も違うけれど、
真剣に、生きる事なのではないだろうか?

ヒミコにとっては、その時が正義に生きる時だったのだ。
ヒミコは、勇気と共に、壁を壊して向かった。

自分の心、ウソは付けないからだ。
心に疾しさがないから、勇気が出た。
ただ、それだけの事だった。

それだけの事の代償が、こうして沙織との20年ぶりの
再会となった。

ヒミコは壁の向こうに行き、母もその後を追って行った。
そして、残された沙織は、24歳という若さながら、
海からの潮風に当たりながら、風に力を少しだけ借りて、
壁の向こうに行けた。

でも、振り返ってみたら、壁なんかなかったのだ。
全ては、自己防衛からのつまらない幻だったのだ。

憎しみは、憎しみという像を作り上げ、優しさは、優しい風を送る。

想像の中で、自分が埋もれて生きる事は、幸福ではない。
人は、形はどうあれ、幸せに成りたいのだし、
その権利を持っている。

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犬堂監督は、こう語っている。

ものをつくる上でよくいわれること、
「大勢の人間の意見が入ると、中途半端なモノが出来あがる。」
ある意味、正解の言葉。
しかし、『ヒミコ』は中途半端なモノにならず、傑作となった。
その理由は、自己を押し通すわけではなく、つくる人々がお互いの
壁の向こう側を見ようとした結果だろう。

何て良い表現だろうか。

この映画については、賛否両論の意見があるだろう。
しかし、私は批判してどうなるのだろうか?と思う。
なぜなら、この作品は傑作中の傑作だからだ。
そして、ファンタジーでもあるのだから。

細かい所よりも、この作品の持つ暖かな空気が、最高だ。
空も空気も、メゾン・ド・ヒミコに住む人の心も、
とてもきれいだったから、見終わった後の幸福感がすばらしかった。

最後に、

武蔵野館は、昨日の午前中、混んではいなかった。
見終わった後、帰る人の感動のため息を聞いた。
10年に一本の傑作だと思う。

淀川氏がこの作品を見たら、日本映画のレベルアップを
喜んでくれるだろう!
宇野千代さんが、見たら、ヒミコの粋を喜んで、くれただろう。
長澤節さんが、見たら、全てがきれいだと、色彩についても
ほめてくれただろう。

素晴らしい映画に出会えて、私は、何てラッキーなんだろうか!


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by sea1900 | 2005-10-10 00:29 | 映画