ブログトップ

海の上のピアニスト

sea1900.exblog.jp

力を入れすぎないblog  それなりに暮す毎日

哀しみの末路

今日、新宿で「メゾン・ド・ヒミコ」を観た。
この作品については、また書くとして、実は、一緒に観た友人Kの事
なのだけれど、哀しみというシリーズの映画は、幾つか在るけれど、
今、思うと彼女の人生は、哀しみの末路だった。

すでに離婚していて、娘と暮らしている。
そういう経過はよくある話なのだが、ある新興宗教にはまっていた。


映画の後、昼ごはんを食べながら、その話が始まってしまった。
<しまった~!まずい!>
宗教が生きる糧となったいるので、彼女にしてみれば、その教えの
話をするのは、当たり前なのだろうけど、参った!


この手の信者は、話し始めると、長い!
とにかく、話をやめないのだ。

武蔵野館の地下一階の、カプリチョーザだったから、人が一杯で
彼女の声が小さいのをいい事に、聞いたフリもしていたけれど、
もう、彼女は勧誘員と化していた。

何年か前にも、仲の良かった友人が、私を勧誘しようと勧誘員を
呼んでいた事があって、ひたすら不愉快だった。
それ以来、この友人とは、絶交状態だ。
宗教にはまった人とは、付き合わない主義なのだ。
とにかく、一言目には、勧誘が始まるからだ。

私は、宗教には絶対にはいらない自信がある。
神様にすがる気は、さらさらない。
自分の人生は、自分で考えて、人事ではなく、
生きて行くのが、一番後悔しないだろう。



Kは、自分の親からも、元夫からも愛情を受けられなかったという、
負い目を感じて、宗教に救いを求めている。
哀しみの末路は、年に1万円から8万円の強制カンパのある
宗教だったのだ。
この金額だって、可笑しいと感じないのだろうか?
寄付するのに、金額の設定がある事は、矛盾すると思う。

もう、Kとは会えないと思った。
Kはすでに、友人ではなくて、単なる宗教の勧誘員なのだから。

彼女との話を3時に、やっと切って澁谷に向かった。
とても、銀座による時間がなくなってしまった。
澁谷の人間の波が、この話を忘れさせてくれた。


こうして、私は気の合った友人を一人、失ったのだ。







→都会の無機質感を感じる事のある方は、クリックお願いします。
[PR]
by sea1900 | 2005-10-09 00:31 | 人間