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海の上のピアニスト

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宗教と友人




d0063550_1314829.jpg今日の夕方には、市内でクラス会がある。
一度は断ったのだけど、3日前の夜の電話に誘われて
やっぱり、行こう!と考え直した。


高校は女子高だったが、進学の勉強で面白い思い出も
ない。ただ、女ばかりだったので、楽な時があった。






私がいたクラスは51人もいたけれど、前回の会では
過半数しか集まらなかったという。
私は今まで、参加した事がなかった。

昔に帰る話は好きではないのだ。
それが大きな理由。


51人の内、2人は熱心な宗教の信者になっている。
一人は、創価学会、もう一人は創価学会の枝分かれの様な宗教だ。

創価学会の枝分かれみたいな宗教の虜になった元、友人からは
クラスメートにこの時の名簿から、宗教のご案内が送られていた。

それで、今日会うと、宗教の勧誘をするんじゃないかと思っている。
信者は時と場所を考えずに、いつでもチャンスと考えているからなのだ。

知人の所の長男が(現在22歳位)小3から登校拒否で、当時しつこく
宗教の勧誘があり、断ると「そんな心がけだから、こんな事になるんだ!」
とはき捨てていったのは、この宗教だ。


宗教はしつこい勧誘で信者の獲得をしている。
明日が、見ものだ。


私はどんなに仲が良くても、宗教に入ってしまった友人とは
その関係を切る。
すでに、同じ次元ではないと思うから、付き合えないと思っている。

身の回りに母親が「エホバ」の熱心な信者に成っている友人がいる。
本人は母親に薦められても信者にはならなかった。
今までに、母親の宗教の事では随分と苦労したらしい。
エホバは何でもダメダメダメ!で、年賀状もいけないのだそうだ。

お祝い事もいけないし、ご存知と思うが輸血もいけないのだ。

ところが、友人の友人の医師の家では、エホバの信者を家政婦として
働いてもらっている。
それは、エホバの信者が正直で、ウソを付かないし、泥棒をしないから、
家の中にいれても心配が無い。という理由からだった。


宗教の教えのよさを上手く考えた結果だった。

しかし、宗教に入る人はどこか弱いと思うし、そうでなければ、
とてもそんな教えに自分の人生を賭けられないだろう。


信じる者は救われたのだろうか?




→クリック、オネガイシマス。
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by sea1900 | 2005-09-24 01:02 | 現在