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海の上のピアニスト

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横浜の空襲





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祖母は、横浜の伊勢崎町で、衣料品店を営んでいた。
前に書いた『鍋かぶり』のおばさんだ。

横浜の空襲は、凄まじくて火が空から降ってきて、
逃げる場所を探せない状態だったそうだ。

叔母は、この時まだ子供で、赤ん坊の弟を背負って、
逃げたが、川に行くと、死体の山で、川の水は、お湯だったそうだ。

幸い、祖母も叔母も(弟は戦後に病死した。)怪我も無く、戦後を迎えた。

戦後、何年もして、この時の話になると、叔母と祖母は大喧嘩となり、
叔母は、出て行ってしまうのだった。

叔母は子供だったから、余計に、その地獄が頭の中に沁み込んでいるのだ。
そして、60年たった今も、心の大きな部分を占めている。

60年と一口に言っても、産まれたばかりの赤ちゃんが、
しわの隠せない時を迎えるのだから、永い時間だね!

私の父は、しみじみと語る。
 一番、大変な時代に、産まれたんだ。
 空襲も大変だけど、国内にいた人は、まだ良いんだ!
 南洋に行った人は、一番、大変だったんだろう。
 食う物が無いんだからな。
 戦争を体験した人、それも、兵隊は、大変だったんだ。

 だから、人間が違うんだ、今の人とは違うんだ!
 重みも違うし、命も違うんだ。と。
 
 
 

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by sea1900 | 2005-08-15 15:12 | 過去